木材の湿度応答を活用した自己調整型建材の開発

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木材の湿度応答とは

木材は繊維飽和点を境にして水分含有率が変化すると細胞壁が膨潤・収縮し、寸法が動的に変わります。
この性質を「湿度応答」または「ハイグロモルフィズム」と呼びます。
他の建材では得がたい高い吸放湿性能を持ち、木材自身が周辺環境に対して受動的に働く点が特徴です。

木材細胞壁の親水性構造

セルロースミクロフィブリルとヘミセルロース、リグニンで構成される細胞壁は多孔質で親水性を示します。
水分子が内部に侵入すると水素結合が増え、分子レベルで体積が膨張します。
含水率が下がれば結合が切れて収縮し、物理的な動きを生み出します。
このサイクルは半永久的に繰り返され、外部エネルギーを必要としません。

吸放湿性能による寸法変化

木材は一般に湿度90%から30%へ移行すると約0.3〜0.5%の寸法差が生じます。
幅5cmの板材なら最大で0.25mm程度ですが、層状配置や繊維方向を変えることで曲げやねじれなど大きな変形を引き出すことが可能です。
この現象を建材設計に応用すれば、外気湿度の変動だけで窓の開閉や通気量の自律調整が実現します。

自己調整型建材の概念

自己調整型建材とは、外部動力やセンサーを使わずに環境変化へ応答し、建物の熱・湿度・通風を自律制御する材料を指します。
木材の湿度応答はまさに受動的環境制御の鍵であり、サステナブル建築の重要テーマです。

受動的環境制御の重要性

建築・住宅部門の一次エネルギー消費は世界全体の約30%に達します。
冷暖房負荷を低減する受動的手法が求められ、材料自体に機能を持たせるコンセプトが注目されています。
電気・機械システムの設置やメンテナンスを最小化できるため、長期的なコスト削減と環境負荷低減が両立します。

木材をベースにしたハイグロモルフ機構

ハイグロモルフ機構では、含水率差が異なるラミネートを組み合わせ、湿度変化に伴う不均一膨潤で曲げ変形を誘発します。
紙で作るバイメタルの湿度版と言えばイメージしやすいです。
樹種、繊維方向、厚み比を最適化することでターゲットの変位角度や反応スピードを自在に設計できます。

開発のアプローチ

ラミネート構造による曲げ変形

代表的手法は異方向に繊維を配した2〜3層の板材をホットプレスで圧着する方法です。
高湿度時に片面が大きく膨潤し、低湿度時に反転するため、水平材をルーバー枠に取り付ければ自動で開閉します。
シミュレーションには有限要素法を用い、膨潤係数をパラメータとする応力解析で最適形状を導出します。

CNC加工と3Dプリント技術の融合

近年ではCNCルーターで曲面スリットを刻んだ単板を折り紙状に変形させる研究も進みます。
さらに、木粉入りバイオPLAフィラメントを利用したFDM 3Dプリントでは、プリント方向と積層ピッチを変えることで局所的な吸放湿差を作り出し、複雑な変形を得られます。
これにより小ロットでも高精度にカスタマイズでき、ファサードデザインの自由度が向上します。

コーティングと耐久性の最適化

裸木のままでは紫外線や降雨による劣化が問題となるため、透湿性を維持しつつ耐候性を高めるコーティングが必要です。
シリコーン変性アクリルや無機ハイブリッド塗料をマイクロメートルレベルで施し、透湿率800g/m²・24h以上を確保します。
塗膜が湿度応答を阻害しないか、加速耐候試験で5000時間以上の性能維持を確認することが実用化への鍵です。

期待される効果

エネルギー消費の削減

自己調整型ルーバーを南面開口部に設置したシミュレーションでは、年間冷房負荷を最大15%、暖房負荷を7%削減できるとの報告があります。
省エネ法のBEI指標向上に寄与し、ZEBやZEH取得を目指すプロジェクトで高評価を得られます。

室内快適性の向上

過乾燥期には木材が水分を放出し、湿度50%前後を自律調整するため、肌や喉の乾燥を抑えられます。
また、高湿度期には吸湿と同時にルーバーが開閉して通風を促すため、蒸し暑さを緩和しカビ発生リスクも低減します。

カーボンニュートラルへの貢献

木材は成長過程でCO₂を固定し、建材として使用することで炭素を長期貯蔵します。
さらに、自己調整機能によりHVAC機器の稼働時間を減らすため、運用時CO₂排出も削減できます。
ライフサイクル全体でのカーボンフットプリントを算出すると、同機能を持つ金属・樹脂系アクチュエータより30〜50%低い値が得られると試算されています。

実用化事例と研究動向

ファサードルーバーへの応用

スイスの大学と建設会社が共同開発した「HygroSkin」ファサードは、スプルースとビーチの単板をクロスラミネートし、相対湿度80%で最大30°開口します。
実棟に一年間設置し、メンテナンスフリーで期待通りの動作を達成しました。

屋根材・外壁パネルでの試験

日本国内では林業県の研究機関がスギCLTに吸放湿スリットを加工し、夏季の屋根面温度を平均4℃低減する実験に成功しています。
外壁パネルとして用いることで壁内結露を防ぎ、断熱材の長寿命化も期待できます。

国際的な研究プロジェクト

EU Horizonプログラムでは「BIO-RESPON」プロジェクトが進行中で、木材由来の自己調整シェーディングデバイスを量産化するロードマップを策定しています。
学術論文数は2015年比で約3倍に増えており、材料科学と建築設計の融合領域として拡大中です。

今後の課題と展望

耐候性評価の長期データ

実環境で10年以上の耐久性を示すエビデンスがまだ不足しています。
国家規格化を目指すには、複合サイクル試験や海岸・高山など多地点での比較データを蓄積し、性能劣化メカニズムを解明する必要があります。

リサイクル性とサーキュラーエコノミー

コーティング剤や接着剤が混入したラミネートは現状リサイクルが難しい場合があります。
生分解性接着剤や熱可逆性ポリマーの導入で解体・分別しやすい設計を進め、解体後はバイオマスエネルギーや再圧縮材として循環利用する仕組みが重要です。

まとめ

木材の湿度応答を活用した自己調整型建材は、外部動力を必要とせずに環境変化へリアルタイムで反応し、建物の省エネと快適性を両立させる革新的ソリューションです。
ラミネート設計やCNC・3Dプリント技術により形状自由度が高まり、ファサードルーバーや屋根材など多様なアプリケーションが実証段階に入っています。
今後は長期耐候性とリサイクル性を強化し、規格化と量産化を進めることで、ゼロエネルギービル実現に向けた中核技術となるでしょう。

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