水なし印刷と従来印刷の環境影響比較とコスト分析

水なし印刷とは？～近年注目される新しい印刷方式～

水なし印刷は、従来の「水あり印刷（オフセット印刷）」で使用されている湿し水（ダンピング液）を使用しない新しい印刷方式です。
この方式では、版自体が水をはじく特殊な素材でできており、インキを付着させたい部分だけインキがのる仕組みです。
これにより、印刷品質の向上だけでなく、環境への負荷軽減も実現できるのが特徴です。

従来印刷（オフセット印刷）の仕組みと問題点

オフセット印刷は、現在世界中で最も広く採用されている印刷方式です。
この方法では、印刷版にインキと水を同時に付着させ、インキが画像部分に、水が非画像部分につき、余分なインキをはじくことで印字する仕組みです。

湿し水による環境負荷

従来のオフセット印刷で使用される湿し水は、刷版表面へインキを乗せる／乗せないを判別させる役割があります。
この湿し水の成分には「イソプロピルアルコール（IPA）」やさまざまな化学添加物が含まれており、揮発によるVOC（揮発性有機化合物）の排出や、排水処理の負荷が大きな課題となっています。

廃棄物とエネルギー消費も課題

版の洗浄や廃液処理、プレートの交換などによる廃棄物発生も無視できません。
また、品質を一定に保つために多くの調整作業が必要で、その都度無駄な用紙やインキを消費している点も環境負荷要因のひとつです。

水なし印刷の環境負荷削減効果

水なし印刷の最大のメリットは、湿し水を一切使わないため有害な化学物質の排出・使用量を極限まで抑えられる点です。

VOC排出量の大幅削減

湿し水に添加されるIPAや他の有機溶剤は気化して大気中に放出されるため、これが水なし印刷ではゼロまたは大幅減となります。
このことは大気汚染防止法などの法規制順守にも大きな貢献となります。

廃液・排水の発生も低減される

印刷過程での湿し水が不要になるため、印刷工場の排水処理負荷が低減されます。
印刷機器や刷版の洗浄に使う廃液量も減り、水やインキの無駄使いを防ぎ、結果的にCO2排出量の削減にもつながります。

水なし印刷と従来印刷の品質的な違い

水なし印刷には、環境面のみならず、印刷品質の向上という技術的な利点も数多く存在します。

色再現性と品質の安定

従来印刷ではインキと水のバランス調整が難しく、気温や湿度の変化によって印刷品質が揺らぎやすいという問題があります。
一方、水なし印刷では版上に水がなくインキが均一に転写されるため、小さな文字や細線の再現性が高くなり、色ムラが少なく安定した高品質な印刷が可能です。

用紙の選択肢が広がる

水が染み込むことがないため、従来では難しかった用紙（非吸収性の紙やフィルム素材など）にも対応しやすいというメリットがあります。
これにより、企画やデザインの幅も広がります。

水なし印刷と従来印刷のコスト分析

導入を検討する際、多くの企業が気になるのは「コスト」です。
ここでは、両者のコスト構造の違いを分析します。

設備投資コスト

従来印刷方式（オフセット）は長年標準化されており、初期投資コストは水なし印刷と大きくは変わりません。
ただ、水なし印刷を導入する際には水なし専用の「水なし版」と呼ばれる刷版を導入する必要があり、従来版に比べると若干高価です。

ランニングコスト（消耗品・運用費用）

水なし印刷では、湿し水や揮発性アルコールの導入・管理コスト、排水処理コストが不要または大幅減となります。
その一方で、水なし版や専用インキはまだ流通量が少なく、コストはやや高めです。
しかし、印刷品質安定による「刷り直し」や「不良品」の減少、調整作業の削減による用紙やインキのムダが少なくなります。

トータルで考えるコスト総額

初期は導入コストが若干高くなったとしても、
・ VOC対策コストの低減（大気汚染防止設備の導入や維持管理が不要）
・ 排水処理や環境対応コストの削減
・ 品質トラブル対応（刷り直しなど）コストの削減
といった面で回収できるケースが多いです。
また、「環境配慮型印刷」として企業価値や印刷物の付加価値アップも期待できます。

水なし印刷導入による企業への影響とメリット

水なし印刷を導入する際、企業にはどのような変化やメリットが生まれるのでしょうか。

CSR／SDGs対応によるブランド向上

近年、企業の社会的責任（CSR）や持続可能な開発目標（SDGs）への対応が求められています。
水なし印刷採用は、環境負荷低減の取り組みとして評価されやすく、自社ホームページやカタログ等で積極的にアピールすることができます。
これにより、発注元企業・消費者からの信頼や評価の向上、ブランディングへの寄与も大きくなります。

作業環境・従業員の健康面にもメリット

湿し水に含まれるIPAは人体への悪影響も指摘されています。
水なし印刷に切り替えることで、作業者の健康リスク軽減や工場内の作業環境改善も期待できます。

新しいビジネス機会の創出

「環境対応型印刷物」として新たな市場や顧客層の開拓が可能です。
環境意識の高い企業や官公庁、教育機関などからの受注も増加する傾向にあります。

水なし印刷のデメリットと今後の課題

多くのメリットがある水なし印刷ですが、課題がないわけではありません。

専用版やインキのコスト

現状、水なし版や専用インキは通常版に比べてやや高価です。
そのため、長大ロットや大量印刷の場合はコスト高となる可能性があります。

技術者の育成と業界普及

操作方法や版管理のノウハウが従来方式とは異なるため、現場の技術者教育が必要です。
また水なし版の普及率向上や流通の安定化も今後の課題となっています。

特殊な印刷条件下での対応力

ごく一部のインキや用紙、特殊な仕上げに制限が出るケースもあるため、導入前の十分な検証が重要です。

日本における導入事例と動向

日本国内でも環境省が推進する「エコアクション21」や「グリーンプリンティング認定制度」などで水なし印刷の導入事例が増えています。

大手印刷会社や官公庁の取り組み

大手印刷会社のみならず、地方の中小企業や自治体、大学などでも導入実績があります。
公共調達においても「環境配慮型印刷物」の条件設定事例が増え、水なし印刷の需要は今後さらに高まることが予想されます。

まとめ～今後の印刷選択と企業の姿勢～

水なし印刷は、環境負荷の低減と印刷品質の向上を両立できる先進的な技術です。
一方で、導入コストや素材のコスト面、技術者確保などの課題はまだ残っています。
しかし、CSR／SDGs対応が当たり前の時代、印刷現場から環境対応を加速させることで、企業は競争力強化と信頼獲得という大きなメリットを享受できます。
長期的な視点でコストと環境影響、両者のバランスを見極め、最適な印刷方式を選択することが、これからの経営に求められていると言えるでしょう。