脱炭素社会に向けた紙業界のサーキュラーエコノミー戦略

脱炭素社会における紙業界の重要性

地球温暖化の進行による気候変動が社会全体の大きな課題となる中、持続可能な発展を目指す脱炭素社会の実現が世界的に求められています。

そのなかで、紙業界は原料の多くを再生可能な木材から生産し、リサイクル比率も高い産業であるため、環境負荷低減への貢献が期待されています。

現在、紙業界はカーボンニュートラルな素材の利点を最大限活用し、持続可能性を重視した経営に舵を切っています。

とりわけ注目されているのが、「サーキュラーエコノミー（循環型経済）」という考え方を中核に据えた経営戦略です。

サーキュラーエコノミーとは何か

サーキュラーエコノミーとは、資源を無駄にせず、製品・素材が使われた後も再利用や再資源化を繰り返し、できる限り廃棄物を出さない社会経済モデルです。

これまでは「リニアエコノミー（直線型経済）」、いわゆる「作る・使う・捨てる」という流れが一般的でした。

しかし、この考え方では大量の資源消費と廃棄物の増加が避けられません。

サーキュラーエコノミーを導入することで、資源の枯渇や気候変動リスクの低減、循環利用による新たな価値創出が可能になります。

特に紙業界は、古紙の再利用の歴史が長く、リサイクルの仕組みが社会に広く浸透しています。

これをさらに深化させることで、産業全体のカーボンフットプリント削減にも貢献できるのです。

紙業界におけるサーキュラーエコノミー戦略の現状

古紙リサイクル率の向上

日本の紙業界は世界でもトップクラスの古紙リサイクル率を誇ります。

2022年の統計では、国内における古紙回収率は約80%、利用率も約65%を超えており、多くの紙製品に再生資源が活用されています。

家庭やオフィスなどで利用された紙は、回収・選別を経て、再度パルプ（原料）として新たな紙製品に生まれ変わります。

このリサイクルシステムは、製造段階でのエネルギー使用やCO2排出の削減にも寄与することが明らかになっています。

バージンパルプからサステナブルパルプへ

これまで、紙の品質保持や繊維の劣化対策として、一部にバージンパルプ（新しい木材由来パルプ）が必要でしたが、近年では持続可能な森林管理が行われている認証林から調達するケースも増えています。

FSC（森林管理協議会）やPEFC（森林認証プログラム）などの認証取得により、その紙原料が環境・社会に配慮したものとして証明されます。

今後は再生パルプとのブレンドや、リサイクル技術の更なる高度化によって、できる限り新たな資源投入を減らすことが重視されていきます。

生産工程でのカーボンニュートラル化

サーキュラーエコノミーの実践は、生産段階でも進んでいます。

製紙工場では、発生する廃棄物や副産物をエネルギー源として再利用し、自社の発電や蒸気供給に活用することで化石燃料依存度を低減しています。

また、バイオマス発電や木質ペレット、黒液（パルプ製造の副産物）などの再生可能エネルギー利用が広がっています。

これにより、工場でのCO2排出量削減と、グリーン電力の供給が可能となっています。

製品開発における循環型デザインの進化

プラスチック代替としての紙製品の拡大

サーキュラーエコノミーの意識高まりとともに、企業や消費者からの環境配慮型素材への需要が高まっています。

そのなかで、プラスチック包装の代替として紙素材が広く選ばれるようになりました。

食品パッケージやストロー、ショッピングバッグ、飲料容器、多層式のカップなどで、紙素材への転換が急速に進んでいます。

これらは生分解性に優れ、適切に回収されればリサイクルにも繋がります。

再生可能資源からの新素材開発

紙業界各社は、新たなバイオマス素材や次世代パルプの開発にも注力しています。

例えば、木材チップ以外に植物由来の非木材原料（バガス、竹、麻など）を活用した紙製品や、生分解性能や耐水・耐油性を強化した機能性紙などがあります。

また、繊維の微細化やセルロースナノファイバー（CNF）といった新素材は、自動車部品や電子材料への展開など紙の既存用途にとどまらない可能性を秘めています。

「デザイン・フォー・リサイクル」の概念導入

循環経済を推進するうえで重要なのが、「リサイクルしやすい設計」です。

インキや表面加工、接着剤などがリサイクルの障壁になることが多かったため、リサイクル適合設計（Design for Recycling）に配慮した製品開発が盛んです。

具体的には、容易にはがせるラベル、単一素材化、分別回収しやすい構造、印刷やコーティング材料の環境負荷低減などが挙げられます。

業界横断でのイノベーションとパートナーシップ

サーキュラーエコノミーの実現には、紙業界単独のみならず他業界や行政、自治体、消費者との連携が不可欠です。

資源を最大限に生かす新たなバリューチェーンの形成や、回収・再生システムの社会的インフラ整備、ループを閉じる設計思想の普及など、幅広いステークホルダーとの協業体制が求められます。

例えば大手飲料メーカーや小売業との共同プロジェクト、自治体による分別・回収モデルの構築、ＮＰＯや教育機関を巻き込んだ啓発活動が行われています。

このような取り組みを通じて、より多くの古紙回収や高付加価値なリサイクル製品の普及、消費者行動の変容につなげていくことが重要です。

紙業界が直面する課題と対応策

使用済み紙の回収率向上

現在のリサイクルシステムは高い水準にあるものの、家庭ごみとして混入する紙、飲料カップなどの分別困難品、機密書類など未回収品の存在が課題です。

分別しやすい構造設計や回収システムの利便性向上、啓発活動による住民意識改革が必要です。

リサイクル用途外の適正処理

品質維持が難しい紙、加工紙などはリサイクル困難で焼却や埋立に頼らざるを得ない現状があります。

これに対し、バイオマス燃料や土壌改良材、製紙泥のセメント原料化など、多様な再資源化ルートを確立し、できる限り「廃棄ゼロ」を目指す動きが求められます。

原料・燃料の安定確保

競合業界との原料争奪やエネルギーコスト高、森林資源のグローバルな持続可能性など、資源確保の面でもリスクは存在します。

安定した国内外の調達体制や、持続可能なサプライチェーンマネジメント、より効率的な生産システムの確立が必要です。

今後の展望と企業・消費者への期待

持続可能な社会の実現に向けて、紙業界は自らの技術力と循環型ビジネスの構築により、脱炭素社会の担い手としてリーダーシップを発揮していくことが求められています。

企業側はイノベーションや多様なパートナーシップを通じて、サーキュラーエコノミーの輪を広げていくことが重要です。

また、消費者一人ひとりの分別・回収への協力や、環境にやさしい紙製品選びの積極的な実践も大きな後押しとなります。

今後、AIやIoTといったデジタル技術を活用した製造・回収のスマート化や、グローバルな共通ルールづくりの進展、新素材の実用化など、さらに大きな変革が期待されます。

その先には、「紙」そのものの持つ無限の資源循環ポテンシャルが、低炭素で豊かな未来社会への道筋となるでしょう。

紙業界と社会全体が共に歩むサーキュラーエコノミーの進化が、これからの地球の持続可能性に直結していくのです。