バイオマス由来インクの実用化と印刷業界での導入事例

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バイオマスインクが注目される背景

地球温暖化対策としてカーボンニュートラルの取り組みが加速する中、印刷工程における温室効果ガス排出を削減する手段としてバイオマス由来インクが脚光を浴びています。
従来インクは石油系溶剤や合成樹脂を多量に使用し、原料採掘から廃棄までのライフサイクルでCO₂を排出してきました。
しかし、サステナビリティを重視するブランドオーナーや消費者の声を受け、再生可能資源である植物や微生物から得られるバイオマス原料への置き換えが進んでいます。
国際標準化機構(ISO)やグローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)が企業に求める環境情報開示も後押しし、印刷業界は従来の油性、UV、溶剤インクに代わる環境配慮型インクの開発競争が激化しています。

バイオマス由来インクの種類と製造方法

バイオマスインクと一口に言っても、その主成分や合成プロセスは複数存在します。
ここでは代表的な二つのタイプを紹介します。

植物油ベース

大豆油や亜麻仁油などの乾性油を主体とし、酸化重合によって樹脂状に変化させた後、顔料を分散させてインク化する手法です。
植物油は化石資源に比べてCO₂排出係数が低く、焼却時に発生するCO₂も光合成による吸収分としてカーボンオフセットされます。
さらに、揮発性有機化合物(VOC)が少ないため、作業環境の改善や臭気低減も期待できます。

テレフタレート樹脂由来

近年注目されているのが、微生物発酵により生成されたバイオPETモノマーをベースとする合成樹脂です。
バイオPETは石化由来PETと同等の物性を持つ一方で、原料のサトウキビやトウモロコシ由来エタノールを出発点にすることで再生可能性を確保します。
この樹脂をインクビヒクルに応用すると、高耐熱・高耐湿性を維持しつつバイオマス比率を40〜60%まで高められるのが特徴です。

既存インクとの比較

環境負荷

LCA(ライフサイクルアセスメント)比較では、バイオマスインクは石油系インクに比べCO₂排出量を20〜50%削減できるケースが報告されています。
特に植物油ベースの場合、インク成分の70%以上が再生可能資源に置き換わるため、企業のScope3排出削減目標に大きく貢献します。
また、石油系インクに含まれる芳香族溶剤由来の有害大気汚染物質(HAPs)が大幅に低減される点も見逃せません。

印刷品質

発色性、耐摩耗性、乾燥速度はインクの採用可否を左右する重要指標です。
従来は「バイオマスは色が沈む」と言われてきましたが、最新の顔料分散技術と樹脂改質により色域はCMYKとも石油系インク同等を達成。
乾燥に関しても、UV硬化型バイオマスインクを利用することで瞬時硬化が可能になり、生産ライン速度を落とさずに使用できます。

印刷業界での導入事例

商業印刷

大手印刷会社A社は2022年、企業パンフレットや書籍向けに大豆油インクを全面採用しました。
オフセット印刷機の設定変更は最小限で、用紙適性も既存グロスコート紙と変わらずに運用できたと報告されています。
同社は年間約1,200tのインクを使用しており、そのうち65%をバイオマス化したことで年間CO₂排出を3,800t削減しました。

包装資材

食品パッケージで知られるB社は、バイオPET樹脂を主成分とする水性グラビアインクを導入。
耐熱シール強度と匂い移り試験をクリアし、レトルトカレー用アルミ蒸着フィルムに採用されました。
包装資材全体でのバイオマス度は15%ですが、インク由来のVOC排出が50%低減したため、工場のPRTR対象物質報告義務も軽減しました。

ラベル・ステッカー

C社はオンデマンドデジタル印刷機向けに、トウモロコシ由来ポリオールを使用したUVインクジェットインクを開発。
ラベル剥離後の台紙リサイクル率向上を狙い、脱インキ精度テストを行った結果、従来UVインクよりも30%短時間で除去できることを確認しています。
そのため、回収台紙の再資源化コストを年500万円削減しつつ、顧客への環境配慮を訴求できています。

導入時の課題と解決策

バイオマスインクの普及を阻む要因は主に三つあります。
第一に価格です。
石油系に比べ5〜20%高価ですが、インク使用量全体が製品コストに占める割合は3〜5%程度のため、総原価への影響は限定的です。
加えて、CO₂削減クレジットや自治体の補助金を活用することで実質差額を縮小できます。
第二に安定供給です。
収穫量の天候依存リスクを抱える植物油は、複数原料のブレンドや国内外サプライチェーンの分散で在庫リスクを低減できます。
第三に品質評価の標準化です。
現在、日本有機資源協会(JORA)のバイオマスマークや、欧州のOK bio‑based認証が指標となっています。
印刷物としての性能保証には、これら第三者認証を取得したインクを採用することで顧客との合意形成が容易になります。

今後の展望

今後はバイオマス度だけでなく、インク成分の生分解性やリサイクルプロセスとの適合性が評価軸になります。
例えば、水現像で簡易にインクを剥離できる水性UVバイオマスインクの開発が進んでおり、紙とフィルムのマテリアルリサイクル効率が向上する可能性があります。
さらに、微細藻類から抽出した脂肪酸を使った新規モノマーや、食品廃棄物由来のセルロースナノファイバーを顔料キャリアに応用する研究も活発です。
印刷機側では、低温硬化UVLEDの普及やインライン計測によるインク使用量最適化が進み、サプライチェーン全体での環境負荷削減が相乗効果を生みます。

バイオマス由来インクは単なる代替材料ではなく、印刷物の価値を高めるマーケティング要素としても機能します。
エコロジーを求める消費者と企業の橋渡し役となり、印刷業界がサステナブル社会のキープレーヤーであることを示す好機です。
今後も技術革新と標準化が進めば、2025年には国内インク市場の25%、2030年には50%がバイオマス化するとの予測もあり、導入のタイミングは今しかありません。

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