介護・医療施設向け家具の設計と安全基準

介護・医療施設向け家具に求められる役割

介護・医療施設では高齢者や患者が長時間を過ごすため、家具には快適性だけでなく機能性と安全性も厳しく求められます。
転倒・転落リスクの低減、感染症対策、スタッフの作業効率向上など、多角的な視点から設計される必要があります。
利用者の自立支援を促す家具設計も、近年の重要テーマです。

関連法規と安全基準

日本で介護・医療施設向け家具を導入する際は、次の法規・ガイドラインを満たすことが前提となります。

JIS規格と医療・福祉JIS

JIS T 9251（医療福祉施設用家具）では、強度や安定性、表面処理に関する試験方法が定義されています。
介護ベッドはJIS T 9254、車いすはJIS T 9201など、個別に規格が設けられているため確認が必須です。

消防法・建築基準法

不燃材料・難燃材料の使用区分や避難導線の確保は、家具配置計画と密接に関わります。
布張りソファの張地を難燃仕様にする、カーテンと色合わせした家具でも防炎ラベルを取得するなど、細部まで配慮します。

バリアフリー新法

バリアフリー新法では、施設全体の移動円滑化基準が定められています。
車いす利用者がテーブルへの差し込みやすさ、ベッドサイドでの介助スペース確保など、家具寸法でも遵守が求められます。

設計時に考慮すべき安全要件

転倒・転落防止

脚部の先端を広げて荷重を分散させる、低重心設計で揺れを抑えるなどの工夫が必要です。
床固定も一手段ですが、移動式家具ではストッパー付きキャスターを標準装備し、片足操作やワンタッチ操作に対応させます。

エッジ処理と角丸加工

万一の接触でも怪我をしにくいR加工が推奨されます。
メラミン化粧板であってもエッジテープを厚めにし、面取りを滑らかに仕上げることで安全性を高めます。

荷重・衝撃試験

JIS規格では、座面・背もたれに対して規定回数の繰り返し荷重試験が課されています。
設計者は材料のヤング率や接合部の強度計算を行い、実機テストで検証してから量産します。

感染症対策

アルコールや次亜塩素酸ナトリウムでの拭き取りに耐える表面材が推奨されます。
耐薬品性PVCレザーや抗菌メラミン、銀イオン配合塗装など、素材選定でメンテナンス性を高めます。
クッション材は防水カバーで覆い、内部への体液浸透を防ぎます。

人間工学と快適性の追求

座面高とアームサポート

高齢者では大腿骨頸部の可動域が狭いため、座面高は380〜420mm程度が立ち上がりやすいとされます。
アームサポートは立ち上がり時に体重をかけやすい傾斜角度10〜15度、握り径は30〜40mmが推奨値です。

マットレスと体圧分散

介護ベッドでは褥瘡防止が不可欠です。
三次元スプリングや高反発ウレタン、エアセル式など、体圧分散機能とモジュール交換性を両立させる設計が支持されています。

視覚・聴覚サポート

家具のエッジや手すりに高視認性カラーを使用することで、視力低下した利用者の認識を助けます。
引き出しの閉まりをソフトクローズ機構にすると、聴覚過敏の方にも配慮できます。

材料選定と環境配慮

木質系家具は温かみがありますが、耐薬品性では金属や樹脂に劣ります。
そこで表面をHPLでラミネートし、芯材にF☆☆☆☆の低ホルムアルデヒド合板を用いてシックハウス対策を講じます。
金属部材はSUS304を使うと錆びにくく、粉体塗装でVOC排出を抑えられます。
サステナビリティの観点から、リサイクルPVCやバイオマスPUレザーを採用する事例も増えています。

導入プロセスとリスクマネジメント

ユーザーヒアリング

設計初期段階で看護師・介護士・リハビリスタッフ・利用者家族からヒアリングを行います。
使用頻度の高い家具を抽出し、課題をペルソナ化して仕様を決定します。

モックアップ評価

実寸モックアップを施設内に設置し、リアルな動線や照明環境で評価することで潜在的リスクを洗い出せます。
評価は1週間程度運用し、アンケートと行動観察で定量・定性的にデータ取得します。

導入後のモニタリング

家具不具合の報告窓口を一本化し、月次で修理・交換履歴をチェックします。
ISO 13485に基づくリスクマネジメントプロセスを適用すると、医療機器同等のトレーサビリティを確保できます。

選定時のチェックリスト

1. JISまたは同等海外規格の適合証明があるか。
2. 耐薬品性・難燃性・抗菌性の素材試験データが付属しているか。
3. メンテナンス契約や部品供給年限が明文化されているか。
4. 保証期間中の無償修理範囲が明確か。
5. レイアウト変更時のモジュール拡張性があるか。

最新トレンドと今後の展望

ICT連携家具

ベッドや車いすにセンサーを内蔵し、バイタルサインや離床情報をナースステーションへ通知する製品が普及しています。
IoTプラットフォームとAPI連携できることが、将来のDX推進で鍵となります。

脱PVCとグリーン購入

EUのRoHS規制に追従し、日本でも塩ビフリーやフタル酸エステル不使用の張地需要が高まっています。
グリーン購入法適合品を採用すると、公共入札で加点評価を得られるケースがあります。

モジュラー設計と循環型ビジネス

ユニット交換式ソファや再張替え可能なチェアなど、長期運用を前提とした設計が進んでいます。
メーカーはリースやサブスクリプションモデルを提案し、廃棄物削減とコスト平準化を同時に実現しています。

まとめ

介護・医療施設向け家具は、利用者の安全と快適性、スタッフの作業効率、施設のブランディングまで左右する重要な要素です。
JISや消防法、バリアフリー新法に準拠しつつ、転倒防止・感染対策・人間工学をバランスよく取り入れる設計が求められます。
材料選定では耐薬品性と環境配慮を両立させ、導入後のリスクマネジメント体制を整えることで、長期的な運用コストを抑制できます。
ICT連携や脱PVCなどの最新トレンドも押さえ、時代の要請に応じた家具選びを実践しましょう。