印刷業界の脱炭素化とエネルギー効率向上の最新動向

脱炭素化が印刷業界に求められる背景

世界的な気候変動対策の流れの中で、製造業全体にGHG排出削減が義務化されつつあります。
日本政府も2050年カーボンニュートラルを宣言し、2030年度までに46%削減という中間目標を掲げました。
印刷業界は紙・インキ・電力消費が多く、工程ごとのCO2排出量の可視化が遅れていた分野といえます。
取引先の大企業がサプライヤーに対し、排出量開示や削減計画を求め始めたことから、中小印刷会社も対応が急務になっています。

印刷工程で排出されるCO2の主な要因

印刷業特有の排出源は、主に「電力」「燃料」「原材料」です。
・電力消費：オフセット印刷の版出力、乾燥装置、空調が大量に電気を使用します。
・燃料使用：ボイラー、乾燥炉での都市ガスやLPGの燃焼が温室効果ガスの直接排出につながります。
・原材料：紙やインキの製造段階で排出されたCO2が、Scope3として印刷会社の環境負荷に加算されます。
さらに廃棄物処理時の焼却も見逃せません。

最新技術によるエネルギー効率の向上

デジタル印刷の拡大

近年、オンデマンド需要の高まりとともに、バッチサイズが小さく多品種化しています。
従来のオフセット方式では版や洗浄溶剤が必要で、一度の立ち上げに多くの資源を消費していました。
デジタル印刷機は版不要で準備時間が短く、初期廃棄紙が大幅に削減されます。
またウォームアップが短い分、電力使用量も20〜30%程度低減する例が報告されています。

省エネ型乾燥システム

UV-LED硬化は、水銀ランプと比べ発熱が少なく、そのぶん冷却ファンや空調の電力量を削減できます。
さらに紙の収縮も抑えられるため、品質歩留まりが向上し、再印刷による資源ロスも減少します。
水性インキ向けには赤外線＋温風のハイブリッド乾燥装置が登場し、熱効率を従来比で15%改善しています。

スマートファクトリー化

IoTセンサーで機械の稼働状況をリアルタイム収集し、エネルギーロスが大きい工程を自動的に特定します。
AIが最適運転条件を提示し、無駄な待機や空運転を減らす事例が増えています。
デジタルツインでライン全体を仮想空間で再現し、排出量をシミュレーションする企業も現れました。

再生可能エネルギーの導入事例

太陽光発電の自家消費

印刷工場は屋根面積が広く、パネル設置による自家発電がしやすい環境です。
10kWクラスを複数基設置すれば、日中の電力需要の30〜40%をまかなえるケースもあります。
余剰電力は蓄電池に充電し、夜間の刷版作業に活用することで購入電力量を平準化できます。

グリーン電力調達

立地や資金面から自家発電が難しい場合、非化石証書付き電力やPPAモデルを利用する方法があります。
長期契約で電気料金を固定化でき、脱炭素とコスト安定の双方を実現できる点が評価されています。
国際ブランドをクライアントに持つ印刷会社では、RE100参加企業からの発注要件を満たすため採用が加速しています。

サプライチェーン全体でのカーボンフットプリント削減

印刷物の7割以上の排出量は、紙・インキなど原材料と輸送段階で発生します。
FSC認証紙や再生紙を採用し、調達ロジスティクスを海上輸送や鉄道輸送に切り替えることで、Scope3を最大25%削減できると試算されています。
温度管理型インキは製造時の加熱工程が短いため、材料メーカー側でもCO2排出を15%程度抑制できます。

法規制と業界基準の最新情報

2024年4月、改正省エネ法により、年間エネルギー使用量50万kWh以上の事業者は中長期計画の提出が義務化されました。
印刷業も対象になり、エネルギー原単位の継続的改善が求められます。
また、ISO14064-1に基づく温室効果ガスバウンダリの設定と第三者検証が、上場企業を中心に急速に普及しています。
日本印刷産業連合会は「カーボンニュートラル行程表2023」を発表し、2030年までにエネルギー起源CO2を2013年度比で38%削減する目標を掲げました。

中小印刷会社が取り組むべきステップ

1. エネルギー使用量とCO2排出の現状把握
エネルギーメーターやクラウド型環境管理ソフトを導入し、ライン別・日別のデータを収集します。

2. 省エネ設備投資の優先順位付け
補助金情報を活用し、短期回収できるLED照明やインバータ制御モーターから着手します。

3. グリーン調達ガイドラインの策定
紙・インキ・版材について、環境認証の有無や製造時排出量を評価指標に組み込みます。

4. 社内啓発とスキルアップ
現場スタッフに対し、印刷条件の最適化がCO2削減につながることを共有し、省エネ運転マニュアルを整備します。

5. 顧客への情報開示
製品カーボンフットプリントを見積もり、環境ラベルや環境報告書で透明性を高めることで、新規案件獲得に結びつけます。

まとめと今後の展望

印刷業界の脱炭素化は、単に環境配慮のCSR施策にとどまりません。
エネルギーコストの上昇リスクを抑え、取引先からの信頼を獲得し、国際競争力を維持するための経営課題です。
デジタル印刷や省エネ乾燥装置、再生可能エネルギーの導入は、技術的ハードルが下がりつつあり、中小企業でも実装可能な段階に来ています。
2025年にはカーボンボーダー調整措置が本格化し、輸出関連印刷物にも排出量開示が求められる見通しです。
早期にエネルギーデータを可視化し、工程改善と再エネ導入をセットで進めることで、持続可能な事業モデルを構築できます。
脱炭素化の波を先取りした印刷会社が、今後の市場拡大とブランド価値向上をリードしていくでしょう。