水なし印刷技術の市場動向と印刷品質の違い

水なし印刷技術とは何か

水なし印刷技術は、従来のオフセット印刷で使用されていた湿し水（ダンパ液）を使わずに印刷を行う方式です。
版材にシリコン層を形成することで、親油性と疎油性の領域を分離し、インキと水の乳化を防ぎます。
この結果、色再現性の向上、環境負荷の低減、生産効率の向上など、さまざまなメリットが得られます。

従来方式との違い

従来の水ありオフセット印刷は、版材上にインキを乗せる際、同時に湿し水を供給して非画線部へのインキ付着を抑えます。
湿し水に含まれる添加剤やアルコールがVOCの排出源となり、品質面でもインキと水の乳化がカラーバランスを不安定にする課題がありました。
水なし印刷は湿し水自体を省くため、版面上の化学的な不安定要素が排除され、印刷条件の再現性が高まります。

水なし印刷技術の市場規模と成長要因

世界全体で見ると、水なし印刷の市場規模は2023年時点で約15億ドルと推計され、年平均成長率（CAGR）は6〜7％で拡大しています。
特に欧州、北米、日本など環境規制が厳しい地域を中心に採用が進み、ラベル・パッケージ印刷分野での需要が顕著です。

環境規制の強化

欧州連合のVOC排出規制やREACH規則、米国各州の大気清浄法などが背景にあり、工場からの有機溶剤排出量削減が求められています。
水なし印刷は湿し水に含まれるIPA（イソプロピルアルコール）を使用しないため、VOC排出量を最大80％削減できます。
各国政府や自治体による補助金・税制優遇も導入を後押ししています。

持続可能性レポート需要の高まり

大手ブランドオーナーがサプライチェーン全体のCO2排出を開示する中で、印刷工程の環境負荷削減がKPI化されています。
水なし印刷を採用する印刷会社は、環境報告書でVOC削減や廃液ゼロを具体的数値として示しやすく、取引機会を獲得しやすくなります。

技術的進化とコスト低減

版材メーカー各社がシリコン層の耐摩耗性を向上させ、長版への対応力が増しています。
また、プレートコストは過去10年で約30％低下し、初期投資のハードルが下がりました。
CTP（Computer to Plate）との親和性も高まり、プリプレス工程の自動化が進んでいます。

印刷品質の違いと評価ポイント

水なし印刷ならではの品質的優位性は、主に色再現性、細線・ハイライト再現、見当精度に表れます。

色再現性の向上

乳化がないため、インキ濃度が安定し、特にベタ面で色ムラが大幅に軽減されます。
Lab値のばらつきも従来方式に比べ30〜40％低下し、ジョブ間のカラーマッチングが容易になります。

細線とハイライトの表現力

シリコン層により非画線部へのインキ転移が抑制され、1％以下の極小ドットでもつぶれにくくなります。
結果として写真の微妙なグラデーションや精密な罫線がクリアに再現され、高付加価値商品の印刷に適しています。

見当精度と歩留まり改善

水あり方式ではスタートアップ時に湿し水とインキのバランス調整が必要で、損紙が発生しやすいです。
水なし印刷は設定完了後、わずか数十枚で色が安定するため、立ち上げ時間が短縮され歩留まりが向上します。

導入時の課題と解決策

技術面・コスト面のメリットが大きい一方で、いくつかの課題も存在します。

版材コストの影響

依然として水あり版材より高価なため、ジョブの切り替え頻度が高い場合はコスト負担が増えます。
多面付け設計や版リサイクルサービスを活用し、有効使用率を高めることでコスト抑制が可能です。

温度管理の必要性

インキ層が厚くなりやすい水なし印刷では、シリンダー温度が上昇するとトラッピング不良を招くことがあります。
チラー装置による恒温管理や、低温硬化型インキの採用で問題を低減できます。

オペレーター教育

湿し水が不要な分、従来のバランス調整スキルが不要になる一方、版面の温度管理やインキ粘度の理解が求められます。
メーカーの技術セミナーやオンライン講座を活用し、新しい管理指標を体系的に学ぶことが重要です。

国内外の導入事例

日本では、大手商業印刷会社A社が2019年に水なし専用機を導入し、VOC排出量を年間12トン削減しました。
導入後3年で取引先からの環境認証案件が増え、売上高が15％向上したと報告しています。
欧州ではパッケージ印刷会社B社がフレキソ印刷から水なしオフセットに切り替え、解像度向上により高級化粧品ブランドを獲得しました。

今後の市場展望

2030年までに水なし印刷の市場規模は30億ドルに達する見込みです。
特に紙器パッケージと軟包装分野での成長が期待され、食品安全規制やリサイクル適性の要件が採用を後押しします。
また、再生紙や非木材紙など難印刷素材への対応力が評価され、新素材市場でも存在感を高めるでしょう。

導入を検討する企業へのアドバイス

1. 既存顧客の環境ニーズを調査し、VOC削減やFSC認証など具体的な要求事項を把握すること。
2. 小ロット短納期案件が多い場合は、短時間で色安定する水なし印刷の強みが発揮される。
3. 版材とインキのサプライチェーンを複数社で確保し、コストと供給リスクを最適化する。
4. 社内外で環境メリットを訴求するマーケティング資料を用意し、価格競争ではなく価値提案型営業を強化する。

まとめ

水なし印刷技術は、環境規制への対応と高精細印刷を両立できるソリューションとして世界的に導入が進んでいます。
品質面では色再現性や細線表現で優位性を示し、市場規模も今後さらに拡大する見通しです。
一方で版材コストや温度管理などの課題があるため、事前のROI試算とオペレーター教育が成功の鍵を握ります。
印刷会社は環境メリットを強みに新規市場を開拓し、顧客価値を最大化する戦略が求められます。