欧州の木材規制強化が日本の木材輸出に与える影響と対策

欧州における木材規制強化の背景

欧州連合は違法伐採の撲滅と森林減少の抑制を目的に木材規制を段階的に強化しています。
2013年に施行されたEUTR（EU Timber Regulation）は「違法伐採由来でないこと」を輸入者に求めました。
しかし森林減少が続いたことから、2023年にEUDR（EU Deforestation Regulation）が成立し、2025年末までに全面適用される見込みです。
EUDRは違法性の有無だけでなく「森林破壊に結びつかないサプライチェーン」を要求し、デューデリジェンスの範囲と罰則が大幅に拡大しました。

EUTRからEUDRへの移行

EUTRではリスクアセスメントと緩和措置が中心でした。
EUDRでは域内トップレベルの監督当局が企業の輸入量に応じて最大9％をサンプリング検査します。
違反時には売上高の最大4％という高額な行政罰が科されるため、欧州のバイヤーは日本を含む供給国により厳しい証明を求めるようになります。

カーボンニュートラル政策との連動

EUはFit for 55やグリーンディールで2050年カーボンニュートラルを掲げています。
木材は再生可能資源として期待される一方、森林減少が進めば吸収源が損なわれるため、規制と補助金政策が一体で設計されています。
これが木材輸出国へ持続可能性証明を事実上義務化する背景となっています。

日本の木材輸出市場の現状

日本の木材輸出額は2022年に約650億円となり、10年前の4倍に拡大しました。
主力は製材用スギ丸太と合板用ラジアータパインで、中国、韓国、米国向けが大半を占めます。
欧州向けはまだ全体の5％未満ですが、住宅内装材や高付加価値建材の需要増で中長期的な有望市場と見られています。
そのため欧州規制は将来の成長シナリオを左右する要因となります。

想定される影響

輸出事務コストの増加

EUDRは伐採位置を緯度経度レベルで特定し、森林転換が無いことを衛星データで証明する仕組みです。
日本企業は伐採現場から港までの全工程を追跡し、輸入者ポータルにデータ登録する必要が生じます。
書類作成や第三者監査費用が増え、1立方メートル当たり1000〜1500円程度のコストアップが試算されています。

サプライチェーンの見直し

委託伐採や原木の共同集荷が一般的な場合、由来混在リスクが高まります。
欧州バイヤーは混載を忌避する傾向が強まり、港湾での仕分けや保管体制も再構築が必要です。

需要構造の変化

EUDRの対象には紙、ゴム、カカオなど7品目が含まれます。
バイヤーはコンプライアンス負担の軽い供給先を選別するため、日本産木材が認証取得を進めれば価格プレミアムを得やすくなります。
一方、対応が遅れれば納期優先の案件から除外されるリスクがあります。

影響度を左右するポイント

樹種別リスク

スギやヒノキは人工林比率が高く、土地転換リスクは低いと評価されやすいです。
一方、北海道産カラマツの一部や広葉樹の天然林素材は、伐採後の更新計画が不透明とみなされるケースがあり注意が必要です。

産地証明・認証取得状況

FSC、PEFCの国際森林認証はEUDRのデューデリジェンスを完全には代替しないものの、リスクカテゴリー判定で大きな加点要素になります。
日本の森林認証取得率は約13％にとどまり、欧州諸国の50％超と比べ低水準です。
早期に認証面積を拡大できるかが競争力の鍵となります。

企業がとるべき対策

トレーサビリティシステムの構築

伐採許可書、森林経営計画、衛星画像、輸送記録を一元管理するデータベースを整備します。
QRコードやRFIDでロット管理を行い、港まで移動してもロット番号が変わらない仕組みが望ましいです。

国際認証の早期取得

FSC CoCやPEFC CoCを製材・流通段階で取得すれば、バイヤーの追加監査が簡略化されます。
特に中小製材所はグループ認証の活用でコストを抑え、地域一体での取得を目指すと効果的です。

デジタルプラットフォームの活用

ブロックチェーンを用いたサプライチェーン証明サービスが欧州で普及し始めています。
日本企業も同様の国際標準APIを採用し、データ互換性を確保することで取引先選定で優位に立てます。

国内林業との連携強化

森林所有者が高齢化・小規模分散している日本では、伐採位置の特定や衛星データ提供がボトルネックです。
商社や輸出事業者が自治体と連携し、共有フォレストGISを整備することで対応コストを下げられます。

政府・業界団体への期待

林野庁は2024年度から「輸出木材サプライチェーン高度化事業」を創設し、トレーサビリティシステム導入費の1/2を補助する方針です。
JASの輸出用規格に森林減少リスク評価を追加し、民間の負担軽減を図る動きもあります。
業界団体は標準フォーマットのDD（デューデリジェンス）レポートを策定し、共同監査でコストを分担する仕組みを構築することが求められます。

まとめ

欧州の木材規制強化は違法伐採対策から森林減少ゼロへと進化し、日本の木材輸出ビジネスに新たなハードルとチャンスを同時にもたらします。
伐採位置の緯度経度証明やデータ登録など事務負担は増えますが、日本の人工林資源は低リスクと評価されやすい優位性も持ちます。
企業はトレーサビリティと国際認証を軸に対応を前倒しし、政府・業界団体の支援策を活用することで、欧州市場での競争力を高められます。
規制適合を「コスト」と捉えるのではなく、「信頼」という付加価値に転換することが長期的な成功の鍵となります。