製紙業界における水資源リサイクルの取り組み

製紙業界における水資源の重要性

製紙業界は、製造工程において大量の水を必要とする産業です。
木材や古紙からパルプを抽出し、紙を作る過程で、水は原材料の洗浄、パルプの調製、繊維の分散、最終製品の仕上げなど、さまざまな用途で欠かせません。
実際に、一般的な紙1トンを生産するためにはおよそ100立方メートル以上もの水が使われると言われています。

しかしながら、水資源の枯渇や水質汚染が世界中で深刻化し、循環型社会の構築が求められる現代において、製紙業の大量水使用は大きな社会的課題となっています。
そのため、水資源の有効活用とリサイクルの推進が、製紙業界の持続可能な成長には不可欠となっています。

製紙工場における水の使われ方

パルプ製造工程での水利用

製紙の原材料となる木材または古紙は、まずパルプ化工程で処理されます。
パルプの調製には、大量の水が加えられ、繊維を均一に分散する働きを担います。
同時に、原料に含まれる不純物や微粒子の洗浄にも水が不可欠です。

抄紙工程における水の役割

パルプスラリー（パルプと水の混合物）は抄紙機に送られ、網の上で水分が抜かれる中で、薄いシート状の紙が形成されます。
この段階では、大部分の水は再び回収され、工程内で再利用される仕組みが一般的です。

仕上げや洗浄に使われる水

紙の表面処理やコーティング工程、機械の洗浄や冷却などにも水が不可欠です。
また、汚れた機械やラインを適切に洗い流すためにも清水が必要となります。

水資源リサイクルの基本的な仕組み

循環利用（クローズドシステム）の導入

製紙工場では、使用後の排水をそのまま排出するのではなく、浄化やろ過、再生処理を行った上で工場内に戻し、再度工程用水として利用する「循環利用システム」が普及しています。

たとえば、抄紙工程で集めた“白水”を沈殿・濾過し、再びパルプの混合用水や洗浄用水に再利用するなど、できる限りの水の再使用が進められています。
これにより、新たな取水量を大幅に削減できると同時に、排水量や水処理コストも抑えることが可能となります。

高度排水処理技術の導入

工場で使われた水には微細なパルプ繊維、化学薬品、染料、塩類など、さまざまな成分が含まれています。
これらを取り除くために、製紙業界では高度な水処理技術が導入されています。
具体的には、沈殿・凝集・ろ過・生物処理・活性炭吸着・逆浸透膜処理（RO）などを複合的に組み合わせることで、高品質な再生水を得ています。

日本国内の代表的な取り組み事例

クローズドシステムの普及

日本製紙や王子ホールディングスなど大手製紙メーカーでは、排水のリユースを徹底したクローズドループ生産体制が採用されています。
こうした取り組みにより、各社は新たに外部から取水する水量の大幅な削減を実現しています。

水利用効率化のための省エネ・省力技術

ポンプやファン等のエネルギー効率を高める設備改良、清流確保のための自動水質モニタリングの導入、精密ろ過膜や生物処理浄化システムの進化など、技術的・運用的な工夫も盛んです。
こうした技術革新は、水資源リサイクルのみならず、CO2排出量削減やコスト低減にも寄与しています。

地域との連携による排水の再利用

製紙産業が立地する一部地域では、工場排水を高度浄化したうえで、農業用水や工業用水として他地域へ供給する「地域水リサイクル」のモデル事業も進んでいます。
製紙工場発の再生水が、冷却水や景観用水、都市緑化への利用に展開される事例も増えています。

水資源リサイクルによるメリット

環境負荷の低減

水資源の循環利用は、河川・湖沼などへの新たな取水量を削減できるため、地域の水環境保全や生態系の維持に貢献します。
また、排水量そのものが減少することで水質汚染リスクも軽減されます。
重量有害物質や化学薬品の外部排出が最小限となる点も大きなメリットです。

水処理コストおよびエネルギーコストの削減

自社内での水再利用を進めることで、新規取水や排水処理にかかる費用を減らすことができます。
また、必要な水量を削減することで、取水・排水設備のエネルギーコストも抑制できます。
逆浸透膜や凝集沈殿設備などのメンテナンスや薬品使用量の削減など、副次的なコストダウンも実現します。

企業イメージの向上と持続可能な経営

SDGs（持続可能な開発目標）やESG経営への対応が求められる現在、環境負荷低減型の生産活動は、企業価値向上や市場競争力の維持に直結します。
積極的な水資源リサイクルの取り組みは、消費者や取引先、投資家からも高く評価されます。

製紙業界の水資源リサイクル推進における課題

水質安定化の技術的課題

製紙工程で繰り返し再利用される水には、有機物やミネラル分、微生物などが蓄積されやすく、水質の維持が技術的に難しい面があります。
過度に再利用比率を高めると、紙の品質低下や機器のトラブル、匂いやスライムの発生といった問題も起きがちです。
こうした課題を克服するために、水質管理の自動化や高性能浄化技術のさらなる研究開発が進められています。

初期設備投資と運用コスト

高度な水循環システムや水処理設備の導入には、相応の初期資金が必要です。
特に中小規模の製紙工場では、この投資負担が普及拡大のネックとなるケースも散見されます。
運用段階でも、新たな技術や設備のメンテナンス、管理コストの最適化が課題です。

規制・法令との両立

工場の排水や再生水の利用については、地元自治体や国の厳格な規制・基準に従う必要があります。
リサイクル水利用が環境基準や製品安全基準と適合するよう、きめ細かな品質管理と情報開示が不可欠です。

今後の展望と新たな取り組み

AI・IoTの活用による水管理の効率化

近年は、AIやIoT技術を用いた水質・水量管理の自動化が積極的に取り入れられています。
リアルタイムモニタリングやビッグデータ分析によって、最適な水の循環利用バランスや省エネ運転が実現可能となりつつあります。

バイオテクノロジーや新素材技術の応用

微生物を活用した生物浄化法や、水中の有害物質を効率的に除去する新型ろ過材、ペーパースラッジからの有価物回収技術など、最先端技術の導入が進むことで、省資源型・低環境負荷生産への道が広がっています。

業界横断型の連携と社会参加

各製紙企業単独の努力に加え、異業種間や地域社会、行政・研究機関との連携を強めることで、広域的な水資源リサイクルモデルの確立や、より一層の循環型社会の実現が期待されています。

まとめ

製紙業界における水資源リサイクルの取り組みは、原料調達から製品製造に至る全工程で水の循環利用を追求することで、水資源の有効活用と環境負荷低減の両立を目指すものです。
高効率な水処理技術や再利用システムの導入、地域・異業種との連携による社会的貢献も拡大しています。
今後も、業界全体での技術革新と共創の進展によって、持続可能な製紙産業の発展と、健全な水環境の維持に大きく期待が寄せられています。