製紙業界の水使用削減技術とサステナブルな生産方法

製紙業界における水使用の現状とその重要性

製紙業界は、長年にわたり大量の水を消費する産業として知られています。

紙の製造過程で原料となる木材をパルプに変え、さらにそのパルプをスラリー状にして紙の形へと加工する過程で、大量の水が必要となります。

これまで製紙工場は川や湖などから大量の水資源を採取してきましたが、環境意識の高まりや水資源問題への関心増加から、業界全体で水使用の見直しが求められています。

特に、水ストレス地域や人口増加による水需要の拡大が世界的に深刻化している現代において、製紙業界が持続可能な発展を遂げるためには水使用削減が不可欠です。

製紙工程と水の使われ方

パルプ製造工程における水使用

紙の原料であるパルプは、木材やリサイクルペーパーから化学的または機械的に取り出されます。

この工程では繊維をほぐし、異物や色素を除去するために大量の水が必要とされます。

また薬品を稀釈する工程でも同様です。

特に化学パルプを作るクラフト法やソーダ法などでは、洗浄や気流選別で多量の水を使用します。

抄紙工程における水の役割

抄紙とは、パルプを水と混合して薄いシート上に漉き、乾燥させることで紙に仕上げる工程です。

パルプと水の比率は9割以上が水で占められることが一般的です。

この分離のための脱水や再利用のプロセスでも水が多用され、廃水として排出もされます。

水使用削減へ向けた最新技術の動向

循環再利用システムの導入

水資源保護の潮流の中、製紙業界では工場内で消費した水を効率良く循環再利用するシステムの導入が進んでいます。

例えば、脱水や洗浄後の比較的清浄な排水を再度工程に戻すクローズドシステムは、外部からの水の新規取水量を大幅に削減します。

この仕組みでは、高度なろ過装置や膜技術、生物処理といった技術が用いられ、パルプ繊維や微粒汚れの除去が実現されています。

逆浸透膜（RO膜）やナノフィルトレーション

近年、排水の再利用を促進するために逆浸透（RO）膜やナノフィルトレーション技術が導入されています。

これらの膜は水分子以外のイオンや有機物質を選択的に除去し、クリーンな水を回収できます。

RO膜により工場排水のリサイクル比率を高め、新規取水量の削減と同時に排水負荷の軽減も可能となります。

これらの技術はイニシャルコストが高いものの、省エネや運用コスト低減にも貢献します。

バイオリアクター（MBR）を活用した水質浄化

膜分離活性汚泥法（MBR）は、バイオリアクターによる微生物処理と精密ろ過膜を組み合わせた技術です。

このシステムでは、紙パルプ工程で排出される有機性廃水に含まれる微細な汚れや色素も高効率で分解除去できます。

処理水は工場内の冷却や補助洗浄水など、より多くの用途で再利用されるようになり、全体の水使用を削減します。

プロセス改善による水使用削減

原材料の事前処理による水使用低減

木材や古紙の事前処理工程に工夫を施すことで、後工程で必要となる洗浄水や処理水の量を減らせます。

例えば、木材チップのサイズを標準化することで、必要な化学薬品や水分量のムダ使いを抑えられます。

乾燥技術とエネルギーの最適化

紙の乾燥工程は最もエネルギーを消費し、水分蒸発に大量の熱が必要です。

ここで省エネ型乾燥装置（高効率ドライヤー）や蒸気回収システム、ヒートポンプ技術の導入が有効です。

水分蒸発量を効率良く制御し、湿度管理と相まって総水使用量の最小化を図ります。

加えて、熱エネルギーの再利用も合わせて進めることで、環境負荷が一層低減します。

薬品・添加剤の工夫による水削減

繊維分散用や脱水補助、凝集剤といった薬品の選定・使用の適正化により、工程で求められる洗浄水の量や質をコントロールできます。

最新のバイオ由来の凝集剤や、少量で高効果をもたらす添加剤が開発されており、水の使用効率を高める重要なポイントです。

サステナブルな原材料調達とリサイクル

リサイクルペーパー利用の拡大

使用済み紙を回収し、再び原料とするリサイクルシステムは水使用削減に直結します。

バージンパルプ製造に比べ、古紙再生工程では必要な水の量が少なく済むため、積極的なリサイクルが推進されています。

また、繰り返しリサイクルすることで古紙パルプの品質向上と水再利用技術の融合が進み、さらに効率的なサイクルが形成可能です。

FSC・PEFC認証材の活用

持続可能な森林管理を保証するFSCやPEFCなどの国際認証木材を使用することで、紙の原料調達に伴う環境負荷や水資源への影響を最小限に留めます。

認証材の利用は、間接的に流域の水環境保全にも貢献します。

バガスや竹など非木材由来原料の利用

非木材系の原材料（バガス、竹、わら等）は、森林伐採や水使用負荷を抑制する観点から注目されており、製紙工程全体の環境配慮に寄与しています。

こうした原料の活用は、結果的に生産工程での水洗浄回数や取水量の抑制となり、サステナブルな紙生産へとつながります。

水資源保全とサプライチェーンでの取り組み

水リスク評価とマネジメント体制の強化

世界的に水リスクが経営リスクへと認識される中、製紙企業は水リスク評価とマネジメント体制の強化を進めています。

地域ごとに水ストレスや水資源への影響を評価し、原料調達や生産拠点ごとの取り組み目標を設定しています。

これらの評価結果を企業のサステナビリティレポートなどで開示し、ステークホルダーへの透明性を高めています。

ステークホルダーと連携した流域保全活動

製紙企業が単独でできる水削減活動には限界があり、自治体や関連企業、NGOなどとパートナーシップを組み流域単位での水環境保全プロジェクトも増えています。

流域内の森林保全や湿地の再生、農業と連携した水管理プロジェクト、地域住民への環境教育活動など多様な取り組みが展開されています。

サプライチェーン全体での水削減推進

一次サプライヤーや輸送業者など、紙生産に関わるサプライチェーン全体で水削減への技術・意識の共有を進めています。

例えば、水効率の高い加工メーカーやリサイクル業者とのパートナーシップ、バリューチェーンを通じた水使用データの可視化など、業界横断の水資源保全ネットワークが広がりつつあります。

国内外のサステナブル製紙事例と潮流

日本国内の先進的な水削減事例

日本の大手製紙メーカーは、すでに水の再利用率90%以上を達成している工場も増えています。

例えば、王子製紙や日本製紙はクローズドシステム導入へ積極投資を行い、今後もさらなる水削減・再利用拡大を掲げています。

また、小規模な地方製紙メーカーでも地元自治体と連携し、小規模浄化槽や自然浄化システムの導入が進んでいます。

グローバル企業のイノベーション

欧米やアジアの大手製紙企業でも、SDGs（持続可能な開発目標）に基づいた水管理体制が導入されています。

例えば、スウェーデンのストラエンソ社や米国のインターナショナル・ペーパー社は、グローバル拠点ごとに水使用・排水量のKPI設定と定期的な公開を実施しています。

また、中国やインドの新興企業もスマート工場導入やAIによる水使用最適化など最新技術の活用によって、効率的な水使用とサステナブル経営を両立しています。

今後の課題と展望

技術・設備への投資と中小企業の課題

大手製紙メーカーでは最新鋭のリサイクル水処理設備をスタンダード化できる一方、コストやノウハウ面で中小事業者には導入が難しいケースもあります。

業界全体の競争力強化には、官民連携による技術開発支援や助成制度が重要となるでしょう。

水質保全を重視したサステナブル認証の拡充

今後は、製品そのものや生産工程のみならず、「水」の使用状況もサステナブル認証や環境ラベルの基準としてより厳格に問われていく見込みです。

消費者もエシカル消費を選択する際に、「水を大切にした紙製品かどうか」を判断基準とする流れが強まるでしょう。

まとめ：サステナブルな紙生産と水使用削減の未来

製紙業界は従来から「大量の水を使う業界」というイメージがありますが、近年のテクノロジーの進化とサステナブル意識の高まりによって、大きく変わり始めています。

循環型水利用、リサイクル資源活用、高度処理技術の導入、サプライチェーン全体での取り組みを通じて、環境と調和した紙産業の実現が現実味を帯びてきました。

今後は、設備投資の支援やイノベーション促進、業界横断の協働によって、さらに水使用の最小化と持続可能な社会への貢献が期待されます。

製紙製品を選ぶ私たち一人ひとりも、水資源を守る意識を持ち、持続可能な未来へと進んでいきましょう。