製紙業界の水使用量削減技術とサステナブル経営の推進

製紙業界と水資源の課題

製紙業界は、パルプの製造から紙製品の最終加工に至るまで、大量の水を必要とする産業です。
水は繊維の分散や洗浄、搬送、冷却といったさまざまな工程で利用されており、従来は1トンの紙を製造するのに数十トンもの水が消費されてきました。
そのため、世界の淡水資源への負荷・地域の水ストレス・廃水による環境負荷などが以前より問題視されており、水資源保全と環境経営が業界全体の大きな課題となっています。

製紙業界が使用している水は、多くが川や湖、地下水など天然由来ですが、水利権や規制も厳しくなりつつあり、持続可能な事業運営のために「水使用量削減」と「サステナブル経営」が不可欠です。
この二つの観点から、近年はさまざまな技術革新や工夫が進んでおり、その動向に注目が集まっています。

製紙工程における水の役割と消費実態

製紙プロセスでは「パルプ化工程」、「抄紙工程」、「仕上工程」など多様なステージがあり、それぞれで水が不可欠な役割を果たしています。

パルプ化工程における水使用

主原料となる木材チップや古紙を化学的・機械的に分解し、繊維状のパルプへと変換する工程では、大量の水が加えられます。
木材繊維を均一に分散・懸濁させることと、不要な不純物や薬品を洗い流す工程で水が消費されます。
特に化学パルプ製造は薬品使用量も多いため、薬液の希釈や再利用のための水管理が重要な課題です。

抄紙工程の水利用

パルプを薄いシート状に成形する「抄紙工程」では、繊維を水に分散させてワイヤー上で脱水しながら紙を成形します。
このとき、抄紙機で使用する水の60～90％は循環利用されますが、どうしても新規補給水が必要な場面や、品質管理のために水を入れ替える場面があります。
また、工程内で出る廃液には微細な繊維や薬品が含まれるため、排水処理技術の高度化も同時に不可欠です。

仕上工程での水の役割

紙が乾燥・圧延されて最終製品になる過程では、クリーニングや冷却といった目的で水が利用されます。
繰り返しとなりますが、工程の段階ごとに「洗浄用」、「希釈用」、「冷却用」という異なる性質の水が必要とされ、その水質・温度管理も課題となります。

水使用量削減技術の最新動向

製紙業界では従来型の「使い捨て」の水利用から「再利用」や「循環」へ大きく舵を切り、さまざまな削減技術と効率化策が導入されています。

クローズド・ウォーターシステムの導入

代表的なのが「クローズド・ウォーターシステム」（閉回路水循環）の導入です。
従来は部分的な循環にとどまっていた抄紙工程や仕上工程において、事業所全体で水を極力外に排出せず、必要に応じて浄化再利用する仕組みが普及してきました。
これにより、新規で取水する水量を従来比25～50％程度まで削減した事例も報告されています。

高度排水処理・水質リサイクル技術

排水処理分野でも、凝集沈殿や生物処理、膜分離技術（RO膜、UF膜など）、オゾン酸化といった高度処理システムが導入され、水を高い水準で浄化・再生できるようになりました。
排水を中水（工業用水）として再利用するケースも増え、一部事業所では工場廃水の「ゼロエミッション（水排出ゼロ）」に近づく取り組みが進んでいます。

プロセスの効率化・運転管理の最適化

設備の老朽化による水漏れの防止や、工程ごとのリアルタイムな水バランス管理が付加価値を生んでいます。
また、IoTを活用した設備・配管の監視で異常を早期発見し、最適な運転制御を行うことで水のロスや不要な補給を減らすという動きも広がっています。

原料・助剤の選定による水削減

原料として古紙利用率を上げたり、用いる薬品や助剤を水に溶けやすく・回収しやすくすることで、洗浄行程や排水負荷を大幅に抑えることができます。
バインダーや分散剤に新規の環境配慮型素材を選ぶ例も出てきています。

製紙企業におけるサステナブル経営の推進

地球温暖化やESG投資の広がりを背景に、「サステナブル経営」は単なる水使用削減の枠を超えて、製紙業界全体の事業戦略となってきました。

水以外の資源効率化と一体化した経営

製紙業界では水だけでなく、原材料、エネルギー、廃棄物すべてについて総合的な資源マネジメントが求められます。
たとえば、バイオマスボイラーや自家発電の廃熱を排水処理やプロセス加熱に利用し、トータルで省資源型企業となる動きが活発です。

ステークホルダーとの協働・バリューチェーン強化

取引先やサプライヤー、地域住民・自治体など外部への「水資源対策の透明性」も重要になっています。
環境報告書やサステナビリティレポートでの開示だけではなく、バリューチェーン上流から下流まで責任ある水管理体制を構築し、再生可能水資源の共用・共有といった産業間連携も模索されています。

環境認証・グリーン製品の拡大

環境配慮型の製紙プロセスや循環利用関連の技術が、「水使用量削減」などを評価する第三者認証（FSC、PEFC、Eco Mark等）の要件にも反映されています。
こうした認証やグリーンマークの取得は、消費者やBtoBの得意先、投資家への透明性アピールに直結します。

水使用量削減がもたらすメリット・効果

水使用量を削減することで、企業はどのような利益や付加価値を享受できるのでしょうか。

コスト削減と生産性向上

水道料金や下水道使用料、排水処理薬品の調達コストが減少し、結果としてランニングコストの大幅な低減が見込まれます。
また、工程ごとの排水量低減によるラインの安定運用やトラブル減少によって、生産性も向上します。

環境負荷軽減とリスクマネジメント

河川・地下水の過剰取水による地域社会との軋轢リスク軽減や、気候変動に伴う渇水時の操業ストップリスク緩和にも繋がります。
近年は投資家・株主がESG情報を重視しており、「水リスク」の見える化とその対応は企業価値向上や資本調達面で優位となります。

ブランド価値・社会的信頼の向上

消費者・取引先がサステナブル調達を重視する今、「環境に配慮した製紙」を訴求できることは大きな差別化要因です。
国際認証やサステナビリティレポートの充実により、社会からの信頼度やブランド評価が高まります。

今後の展望と持続可能なものづくりの未来

世界的に人口増加・経済成長が続くなか、紙の需要は今後も根強く存在します。
しかし、同時に廃棄物抑制と水使用量削減の両立が求められる社会情勢も無視できません。

IoTやAI制御、次世代の水処理材料、分離膜の高効率化など、新技術の研究開発は今後も進みます。
また、地域水循環の回復や、異業種と連携した「水共創型」事業モデル構築も重要となるでしょう。

製紙業界が環境価値を付加したビジネスへ脱皮するためにも、水使用量削減技術を中核に、企業規模問わずサステナブル経営の推進が不可欠です。
今後はSDGsやカーボンニュートラルとも連動し、「クリーンな水で生み出される高品質な紙」への需要がグローバルに拡大することが想定されます。

経営層はもちろん、現場スタッフや関連業者を巻き込み、全員参加型で水資源循環の最適化に取り組むことが、日本そして世界の製紙業界発展の大きなカギとなるでしょう。