ICP‐MS反応セル法の干渉除去と超痕量As Se定量
ICP‐MS反応セル法の干渉除去と超痕量As Se定量
ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)は、多元素同時分析が可能な高感度・高精度分析技術です。
特に難度が高い超痕量元素の定量に適していますが、その高い感度ゆえにスペクトル干渉の問題がしばしば立ちはだかります。
近年、ICP-MSに反応セルを組み合わせる方法が普及し、干渉除去能力が大幅に向上しました。
特にヒ素(As)やセレン(Se)など、微量で毒性・生体利用性ともに注目される元素の精密分析には欠かせない技術です。
この記事では、ICP-MS反応セル法を用いた干渉除去メカニズムと、As, Seの超痕量定量の具体的なアプローチについて解説します。
ICP-MSの原理と干渉の問題
ICP-MSは、高温の誘導結合プラズマで原子をイオン化し、質量分析計で測定する手法です。
極微量の元素分析に理想的ですが、いくつかのスペクトル干渉が精密定量の障害となります。
ICP-MSにおけるスペクトル干渉の種類
ICP-MSの干渉は大きく分けて二つあります。
一つはアイソバリック干渉(質量数が等しい異種原子による干渉)、もう一つはポリ原子イオン干渉(マトリクス成分やアルゴン、酸素などによって生成される多原子体による干渉)です。
特にAs(m/z 75)やSe(m/z 78, 80)は、ArやClから生成されるポリ原子イオン(ArCl+、Ar2+など)による干渉が深刻です。
代表的な干渉の例
例えば、ヒ素(75As)の場合、アルゴンと塩素が反応してできる40Ar35Cl+が同じm/z(75)に現れます。
セレン(78Se)は、同じくアルゴン由来40Ar38Ar+(m/z 78)や40Ar40Ar+(m/z 80)が干渉します。
これらの干渉は、高感度測定や低濃度サンプル分析では極めて深刻なノイズ源となり、正しい定量が困難となります。
ICP-MS反応セル法の干渉除去原理
ポリ原子体によるスペクトル干渉を克服する有力な方法が「反応セル法(Collision/Reaction Cell)」です。
これは、質量分析計の前段に設けたセル(流通管)内に反応気体または冷却ガスを導入し、ターゲットイオンや干渉イオンの化学的・物理的変化を利用して分離する技術です。
コリジョンセル(衝突セル)とリアクションセル(反応セル)の違い
コリジョンセルは、不活性ガス(例:He)を導入してイオンの運動エネルギーを調整、主に多原子イオンのエネルギー分布差を利用して干渉を低減します。
リアクションセルは、反応性ガス(例:H₂、O₂、NH₃、CH₄など)を反応セルに導入し、化学反応によりターゲット元素と干渉イオンを化学的に変化させ、質量シフト・消滅・選択的生成などの戦略で分離します。
質量シフト法とダイレクト除去法
リアクションセルの運用では以下の二つのアプローチが取られます。
質量シフト法
反応気体と目的元素のイオンが反応し、異なる質量数にシフトさせます(例:Se⁺+O₂→SeO⁺(m/z +16))。
これにより、もとのm/zでの干渉を回避できます。
ヒ素定量では、O₂を用いてAs⁺+O₂→AsO⁺(m/z 91)に変換し、50Crによる同位体干渉も回避できます。
ダイレクト除去法
干渉イオンのみ、選択的に化学反応で消滅させる手法です。
例として、H₂ガス導入による干渉イオン(ArCl⁺など)の反応、イオンの消滅を利用します。
ターゲットイオンは、不活性または反応性が低いため影響を受けません。
反応セル運用のノウハウと最適化
干渉除去能力の最大化には、ガス種類・流量最適化、セル圧力管理、エネルギーフィルタの調整、分析条件ごとのカスタマイズが重要です。
過剰なガス流量はイオン感度低下のリスクがあり、バックグラウンド増加も考慮する必要があります。
ICP-MS反応セル法による超痕量As, Seの定量戦略
反応セル法は、ヒ素(As)、セレン(Se)のごく微量定量に革新をもたらしました。
その応用例と具体的な技術戦略について説明します。
ヒ素(As)の定量:O₂ガス質量シフト法
As⁺イオンへのArCl⁺による干渉は、O₂を使ったリアクションセル質量シフト法が有効です。
As⁺はO₂と反応してAsO⁺(m/z 91)になるため、干渉となるArCl⁺(m/z 75)の影響が排除できます。
この手法では、ICP-MSの感度が十分に高いため、ppb(10⁻⁹)レベルはもちろん、ppt(10⁻¹²)以下の超痕量定量も実現します。
前処理についても、ヒ素の価数や存在形態によって全元素・無機/有機形態別などの分離・前処理を加えることで、高精度な形態別分析にも応用可能です。
セレン(Se)の定量:H₂ガスダイレクト除去とO₂質量シフト法
Seの代表的な干渉イオン(Ar₂⁺など)に対しては、H₂リアクションセルによる除去、またはO₂質量シフト法が有効です。
H₂ガス反応は、Ar₂⁺などポリ原子体の消失を促します。
セレン自体の反応性が低いため、目的イオンは影響を受けにくいです。
一方、Se⁺はO₂と反応し、SeO⁺(m/z 94, 96など)の形で新たな定量ポイントを創出できるため、干渉を回避した定量が可能です。
定量限界とバリデーション
反応セル法を用いた測定では、ブランク・バックグラウンド測定、サンプル前処理工程の最適化が超微量定量には必須です。
また複数同位体(As: 75, Se: 78, 80, 82など)のマルチアイソトープ検量や、スパイク回収試験によるバリデーションも信頼性を高めます。
ICP-MS反応セル法の今後の展望
反応セルを活用したICP-MSは、環境分析・食品分析・医薬品や半導体等の高純度材料評価など幅広い現場で活躍しています。
ヒ素、セレンを含む有害元素は、その毒性や生体内の動態制御の評価が重要となっており、より微量での追跡分析が今後益々期待されています。
今後は、高速分析・ハイスループット対応や、LC-ICP-MSなど形態別分析、大気/海水試料などマトリクスの難しい試料への応用も高度化しています。
また、AIや自動化との連携により、定量再現性やバリデータリー性の向上も進むでしょう。
まとめ
ICP-MS反応セル法は、多彩な反応ガスの活用で従来のスペクトル干渉を革新的に克服します。
ヒ素やセレンといった超痕量有害元素のセレクティブな高感度定量を可能とし、環境・食品・ライフサイエンス分野など幅広い先端分析に不可欠な技術となっています。
今後も装置・ケミストリー・データ解析の進化とともに、さらなる超高感度・高精度分野への応用拡大が期待されます。