投稿日:2025年8月15日

金型共用とインサート化で初期投資を半減する立ち上げ戦略

はじめに:製造業の「立ち上げコスト」の壁

製造業の現場で新製品の生産を立ち上げる際、最も重くのしかかるのが初期投資コストです。

特にプラスチック成形やプレス加工の製品で不可欠となる「金型」の製作は、数百万円から数千万円規模の支出となり、商品企画の初期段階から大きな壁となります。

国内外の厳しいコスト競争、さらに少量多品種化のトレンドが進む現代においては、如何に初期投資を抑えながら、品質と量産性を両立させ、素早く市場投入するかが、製造業企業の競争力を大きく左右します。

そこで今、現場目線で注目すべき戦略が、「金型共用」と「インサート化」です。

これらの戦略をうまく活用すれば、初期投資は半減、場合によっては三分の一にまで圧縮することも可能です。

本記事ではその実践知と業界動向、さらにバイヤーやサプライヤー、それぞれの立場でのメリットや成功事例について解説します。

金型共用とは?業界に根付くノウハウの実際

金型共用の基本

金型共用とは、複数の部品・製品を一つの金型で製造できるように設計や工程を工夫することです。

たとえば、サイズや形状が似ている部品群を「共通ポケット(コア)」として設計し、可変部だけを交換可能な「インサート」として分離。

メインの金型フレームは流用し、必要最小限の加工だけで多品種対応を行います。

これにより、フルセットの金型を案件ごとに新規製作する従来型生産から脱却し、初期投資を劇的に低減できます。

昭和的な「型を作って終わり」からの脱却

多くの昭和から続く町工場や中小メーカーでは、「新規受注=新規金型」という固定観念が色濃く残っています。

しかし、グローバル市場では、台湾や中国の工場が金型共用による圧倒的なコスト削減で攻勢をかけています。

国内大手企業や自動車業界はすでにインサート方式や金型ユニット方式を導入し、コスト競争のゲームチェンジを進めています。

共用設計は、コスト削減のみならず、設計変更や市場変化への迅速な対応、開発期間の短縮にも資する重要な戦略です。

インサート化でさらに“柔軟な立ち上げ”を実現

インサート化の実際/タイプ別

1.コアインサート交換方式
主要なフレーム(金型外形、スプルー、ランナー等)は共用、小部分のみインサート(コア)のみからり差し替えます。

顧客ごとのロゴ違いやわずかな外観違いにも柔軟に対応可能です。

2.モジュラー型プレート方式
共通モジュール(ベースプレート、スライダー等)は流用し、機能違い部位だけ設計交換します。

大型製品や複雑形状の金型に多く使われます。

3.インサートミックス方式
複数の小さなインサートを組み合わせ、組み合わせ変更で多種多様なバリエーションに対応します。

レスポンス性重視の家電やOA機器業界など、頻繁な型変更が必要な業種で活用されています。

インサート化が初期費用を劇的に下げる理由

インサート化戦略では、「新規で必要なのはインサート部だけ」です。

たとえばベースとなる枠や共通部品は既存設備や流用金型で代用できるため、従来1型1000万円かかっていたところ、インサート部のみ新作(たとえば200万円)で済む場合も多く見られます。

さらに初期投資だけでなく、量産後の設変やモデルチェンジ、トライ&エラー時の対応速度も圧倒的に向上します。

これは生産管理や品質管理の現場においても、大きな優位性となります。

金型共用・インサート化がもたらす“新時代の調達購買力”

バイヤー(調達購買部門)が得られるメリット

1.初期投資リスクの圧縮
製品化の成否が不透明な試作や、少量生産にも最適です。

2.サプライヤー選定の選択肢拡大
共用設計、柔軟な発注仕様を提示できることで、複数のサプライヤーから見積もり比較を可能にします。

3.コスト見積もりの透明化
金型明細を「共用部」「可変部」など構造で分けて管理でき、原価管理が明確になるため、納得度の高い交渉・調達が可能です。

サプライヤー側の視点・意識変革

1.生産キャパシティの最適化
共用金型の転用で、自社設備の稼働率や生産ラインを効率的に活用できます。

2.“金型は資産”認識への転換
共用化・モジュール化した金型は、様々な案件に再投入でき、設備資産としての価値を高めます。

3.開発型サプライヤーへの進化
設計提案力や型企画力を磨くことで、付加価値のあるビジネス展開が可能です。

共用・インサート戦略の推進で生まれる新たな“協働”

購買とサプライヤーの“共創”体制

従来、バイヤーとサプライヤーは価格交渉が中心の対立的な関係になりがちでした。

しかし、金型共用やインサート化という“協働設計”アプローチを採ることで、以下のような新たな関係構築が実現します。

・製造上の課題や、将来の量産スケール変化に対し、共に最適解を模索
・現場の知見や、量産の勘所をサプライヤーが伝えることで、無駄な投資やトラブルを未然に防ぐ
・継続的なコストダウンやリスク分散を、初期段階から中長期で議論可能

つまり「vs」から「&」の関係へ変わることで、業界全体の競争力向上、競争より共存・共創が促進されるのです。

共用・インサート戦略で成果を出す3つの実践ポイント

1.設計段階の「共用目線」徹底

開発初期からバイヤー、設計部、現場担当者、サプライヤーが一堂に会し「何を共用できるか」「インサート化しやすい構造か」を議論する文化を根付かせましょう。

これはムダな重複金型や見えない間接コストを削減し、スピーディーな市場投入につながります。

2.金型ライフサイクル管理のデジタル化

インサートや共用化部品の有無、保管状況、流用可能な型番の一覧をERPや専用管理台帳で「見える化」することが不可欠です。

従来のExcelや紙台帳では精度が低く、埋もれた資産が放置されやすいので、この領域のDX化が初期投資抑制の大きな鍵となります。

3.現場オペレーションとの擦り合わせ

金型のインサート交換や共用運用では、段取り替えやセット替えのリードタイム短縮が求められます。

そのためには、現場作業者と調達部門、設計部門の協働による標準化、そしてノウハウ共有が不可欠です。

たとえば「型交換動画マニュアル」や「失敗事例の横展開」など、現場ナレッジをデジタルで蓄積する仕組みづくりが重要です。

成功事例に学ぶ「攻めの立ち上げ戦略」

某自動車部品メーカーでは、車種ごとに細かく分かれていた多数のコネクタ部品開発で「共通ベース+専用インサート」を採用し、金型投資を従来の60%削減。

実際に市場導入までの開発リードタイムも20%短縮でき、開発回収期間が大幅に圧縮されました。

別の精密機器メーカーでも、シーズンごとに細かく色や刻印を変更する部品開発で、モジュラー金型を導入。

新型投入ごとに型全体を新作する必要がなくなり、初期見積もり段階でのリードタイム説明や、販売戦略上の柔軟性向上に寄与しています。

まとめ:現場発の“ラテラル・シンキング”が業界を変える

金型共用やインサート化戦略は、単なる「コスト削減テクニック」ではありません。

設計、生産、調達購買、現場すべてが一体となり、「ラテラル(水平)思考」で部門間の壁を崩し、新たな付加価値を生み出す基盤となります。

製造業がデジタル化やサステナビリティ経営の波に飲まれながらも、“現場目線の知恵”を磨くことは決して古臭い発想ではありません。

むしろ業界動向に敏感な企業ほど、共用・インサート戦略を武器に、無駄な投資や持たざるリスクを回避し、新しい時代のものづくりを切り拓いています。

「金型は消耗品ではなく資産」「初期投資は最小化し、柔軟なサプライチェーンを築く」

昭和からの知恵と現代の技術、そして企業間の協調をハイブリッドした戦略こそ、日本の製造業が世界で勝ち残るための確かな指針となるはずです。

現場の知見を生かし、業界の新時代を共に切り開いていきましょう。

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