投稿日:2025年10月15日

牛乳の風味を損なわない低温殺菌と無菌充填工程

はじめに:牛乳の品質は工程で決まる

牛乳は私たちの生活に深く根付いている身近な食品です。
そのまま飲んでも良し、加工品やお菓子の素材としても多く使われています。
現代の消費者は「おいしい牛乳」だけでなく、「安全」「健康」「鮮度」といった価値にも敏感になっています。

牛乳本来の風味や栄養価を保ちつつ、安全性も担保するには、その製造工程全体が非常に重要です。
その中でも、低温殺菌と無菌充填という技術は大きな注目を集めています。
この2つの工程は、昭和時代から続くアナログな現場でも改革の余地があり、今も独自の進化を続けています。

本稿では、牛乳の低温殺菌と無菌充填工程について、現場経験者の視点から徹底的に掘り下げて解説していきます。
調達・購買、生産管理、品質管理など、製造業に携わる多くの方に役立つ情報を提供することを目指します。

低温殺菌の基礎知識と現場での課題

なぜ低温殺菌が求められるのか

牛乳は細菌増殖のリスクが非常に高い食品であり、サプライチェーンのどこかひとつでも管理が甘いと、すぐに風味劣化や食中毒を引き起こします。
そこで導入されてきたのが「殺菌」工程です。

多くの量販牛乳では、高温短時間(HTST:72~75℃で15秒間)殺菌や超高温(UHT:120~135℃で2~3秒間)殺菌が採用されてきました。
しかし、高温殺菌はどうしても加熱臭が出てしまったり、タンパク質への熱ダメージで風味や栄養価の劣化が避けられません。

そこで近年、再び脚光を浴びているのが「低温殺菌(LTLT)」です。
一般的に63~65℃で30分ほどじっくり加熱するもので、古き良き牛乳本来のコクや甘み、なめらかさを最大限残すことができます。

低温殺菌の実際の工程フロー

現場での低温殺菌工程は、以下のようなフローになっています。

1. 搾乳場から生乳を一旦受け入れタンクに保存
2. プレヒーティング(30~40℃程度)
3. プレフィルターで粗大な異物除去
4. 低温殺菌槽(63~65℃で30分間保持)
5. 冷却(急速に10℃以下へ)
6. 容器への充填

工程そのものはシンプルですが、実は「細菌管理」と「温度保持」、「時間管理」に非常に繊細なノウハウが詰まっています。
熱伝導のムラや、わずかな温度逸脱でも品質に明確な影響が出ます。

現場の課題と改善ポイント

昭和時代から続く機械・タンク設備では、温度監視やタイマー管理がアナログなケースも多く、ヒューマンエラーが発生しやすい現実があります。
また、細菌耐性の強い菌(熱耐性菌)が混入している場合、殺菌が完全にできず品質問題につながるリスクも否めません。

近年はPLC(シーケンサ)制御やIoTモニタリング、サニタリー設計の改善、洗浄工程の自動化(CIPシステム)導入など、デジタルと現場力を融合させた改善事例が増えています。
製造部門だけでなく、調達部門や生産管理が現場データをリアルタイムで把握することで、より高品質・安定供給が実現可能となっています。

無菌充填の持つ技術的意義

なぜ無菌充填工程が重要なのか

どんなに殺菌工程で衛生管理を徹底しても、その後の充填・包装工程で雑菌が混入すれば、全てが台無しになります。
従来、容器(びん、パック)も同時に高温殺菌し、充填直後に密封することである程度の安全性を確保していましたが、どうしても容器側の微生物リスクが残ることが課題でした。

無菌充填(アセプティック充填)は、殺菌した牛乳を無菌状態のまま、無菌化した容器に充填するハイレベルな技術です。
UHT牛乳などで多用されてきましたが、低温殺菌牛乳でも需要が高まっています。
この工程ひとつで、保存期間と風味のバランスを劇的に飛躍させることが可能です。

無菌充填の工程イメージ

無菌充填のフローは次の通りです。

1. 容器(紙パック、PETなど)を薬液や加熱で滅菌
2. 充填装置内の空間を殺菌(過酸化水素ガス、UV照射など)
3. 低温殺菌済み牛乳を無菌室内で充填
4. 密封後、再び冷却
5. 品質検査・出荷

人の手が一切介在しない、完全自動ラインが理想であり、これを実現するには装置メーカーや設備エンジニアとの密な情報共有が不可欠です。

現場導入時の突破ポイント

無菌充填の普及には、初期投資が高額、保守管理が煩雑、トラブル時の復旧に高度な知識が要求されるといったハードルがあります。
また、現場作業員への教育やオペレーション変更も避けては通れません。

しかし、昨今の労働人口減や食品ブランド価値向上の観点から、現場のボトムアップ改善と並行し、管理職・購買担当による計画的な設備投資が進められています。
「美味しさ」と「安全」を両立させるためには、新旧技術の相乗効果を強く意識したオペレーション設計が求められます。

バイヤーの視点から見る「低温殺菌×無菌充填」の価値

調達購買部門に求められる新たな役割

調達購買においては、単に価格や納期だけでなく、製品の品質や生産プロセスまで目配りした判断が不可欠です。
自社ブランドの高付加価値化を進める上で、「低温殺菌×無菌充填」ラインの有無、安定運用状況は大きな選択基準となります。

牛乳は生鮮品ゆえ、サプライヤー工場での見学やライン監査も頻繁に実施されます。
生産・品質管理システムやIoT、記録類の運用状況まで細かくチェックできるかどうかが、調達バイヤーとしての力量の分かれ目です。

業界動向とバイヤーが持つべき視点

昨今は、消費者の“本物志向” “健康志向”が高まり、スーパーやコンビニでも低温殺菌・無菌充填牛乳が差別化商品として並ぶケースも増えています。
一方で、昭和から続く地域密着ローカル乳業も根強く、最新設備投資が難しい企業も少なくありません。

バイヤーとしては、単に価格競争に陥るのではなく、
「どんなプロセスが取引先で守られているのか?」
「設備、人的管理のバランスはどこにあるのか?」など、現場目線で“本物”を見抜く判断軸が必要です。

また、サプライヤー側にとっても、バイヤーが工程・製造現場を深く理解していると商談がスムーズになり、相互の信頼構築も飛躍的に高まります。

現場で取り入れたい改善アイデアとこれからの展望

ラテラルシンキングで拓く現場改革のヒント

製造業の現場では、単一の技術導入だけでなく、周辺工程・異業種テクノロジーと掛け合わせたラテラルシンキング(水平思考)が本質的な変革を生み出します。

例えば、
– 発酵食品メーカーと協業して微生物耐性評価を高度化
– ICTを活用して温度・菌数・ライン停止などのビッグデータを収集・AI解析
– 洗浄・検査工程まで全て一気通貫のオートメーション化
といった“新しい地平線”を切り開く発想が求められます。

導入の際は「社内合意形成」「現状分析」「段階投資」など、管理職経験者として緻密なマネジメントが力を発揮します。
現場・管理・バイヤー三位一体で進めることで、小さなメーカーでも唯一無二の製品力を創出できる時代です。

まとめ:おいしさ・安全・持続可能性を見据えた現場づくりを

牛乳という「日常の味」を守る現場には、数十年にわたり積み重ねられた知恵と、最新のテクノロジーが共存しています。
低温殺菌と無菌充填は、現場・バイヤー・消費者の三者にとって大きな価値をもたらす切り札技術です。

一方で、昭和的なアナログ現場や地域ブランドの良さも、現場レベルで次世代につなげる取り組みが不可欠です。
バイヤーや管理職も「現場に潜る」ことを恐れず、調達・品質・生産のプロとして、サプライヤーとの共創関係を築いていきましょう。
牛乳のみならず、製造業全体の飛躍は、現場力と横断的な視野、ラテラルシンキングの実践にかかっています。

今だからこそ、「牛乳の風味を損なわない低温殺菌と無菌充填工程」というテーマに、もう一度現場の目で光を当てていきましょう。

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