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兼任業務が生む判断遅れと品質低下

目次
はじめに:兼任が常態化する製造業の現場
製造業の現場では、兼任業務が当たり前のような風景となっている工場が珍しくありません。
工数や人員コストの削減、効率化の名のもと、調達と生産管理、品質管理など、複数の重要な業務を一人の担当者が掛け持つケースが多く見られます。
確かに、現場の柔軟性や迅速な対応には一定の効果がありますが、その反面、“判断の遅れ”や“品質低下”といったリスクが潜んでいることも忘れてはなりません。
本記事では、製造業歴20年以上の現場目線から「兼任業務が生む負の側面」について掘り下げ、背景・現状・実例・解決に向けたアプローチを、今後の業界全体の発展も視野に入れて考察します。
兼任業務とは:昭和から続く製造業の慣習
多能工の美徳と限界
戦後の高度経済成長期、限られた人員で多くの製品を効率的に作り出すため、「多能工(マルチスキル)の育成」は日本のものづくりにおける美徳となりました。
一人が複数の業務をこなす柔軟性は、生産の安定化やノウハウの全体最適化に貢献してきたのです。
しかし、現代の製造業では、グローバル調達、複雑化する工程管理、顧客要求水準の上昇、法規制強化など、構造的な難易度が増しています。
アナログ業界特有の“習慣的な兼任”は、こうした複雑な時代の変化へ対応しきれない場面が目立ってきました。
よくある兼任業務のパターン
1. 調達購買担当が品質管理も兼務
2. 生産管理と工程改善提案担当が同じ
3. 品質保証がクレーム対応だけでなく改善業務全般も受け持つ
4. 営業が現場進捗の問い合わせや資材発注までも担当
このような兼任は、短期的には人件費の抑制や「誰でもある程度回せる」現場の柔軟性獲得となります。
ですが、長期的には重大な問題をはらんでしまいます。
兼任が招く判断遅れのメカニズム
判断負荷とマルチタスクの限界
人が複数の責任の異なる業務を同時進行すると、一つひとつのタスク判断への集中度が下がります。
例えば、調達部門の担当者が品質管理も並行する場合、
・新規調達先の選定
・納期遅延調整
・現場のクレーム報告への即時対応
・定例の品質監査
こうしたタスクが“同時多発”することになり、一つひとつの判断の鮮度や正確性が失われやすくなります。
優先度が不明瞭になり後手に回るタスクが増え、最悪の場合は現場が止まる原因にもなりかねません。
会議とコミュニケーションの歪み
また、兼任担当者は、複数の異なる会議や調整に顔を出しがちです。
すると、「本来A会議で決定すべき事項が、B会議と内容重複し、どっちで決めたのか分からなくなる」という情報錯綜の温床となります。
兼任業務の多さは、現場全体の情報伝達遅延や、意思決定の引き延ばしを招きやすいのです。
品質低下の本質的原因
専任者の“掘り下げ”ができない状況
品質管理は、製品の不良を防ぐ検査だけでなく、
・不良率の原因究明 (なぜ不良が発生するか?現場分析)
・再発防止策の具体化(工程改善、仕組み化)
・社内教育やマニュアル整備
といった地道な取り組みに支えられています。
ですが、品質管理の担当者が他業務と兼務していると、
「流れてきた不良品の検査・記録」だけで手一杯。
本質的な原因分析や再発防止にまで十分なリソースを割けなくなり、品質問題が慢性化・再発するリスクが高まります。
継続的な工程改善が止まる
製造現場の改善やカイゼン文化も、一人一人が“じっくり現場を見て、問題の根っこに気付く”ことが要です。
兼任業務で慌ただしい担当者には、「都度トラブルへ対応→火消し作業」で精一杯となり、
本質的な改善サイクル(PDCA)が実質的に機能しなくなります。
これが、ひいては「業界の競争力低下」「顧客評価の悪化」「サプライヤーとしての信頼低下」へと波及するのです。
兼任業務の真の問題——昭和マインドからの脱却
「当たり前」「慣例」の思考停止を見直す
「昔からそうしてきたから」「ウチは人手が足りないから仕方ない」
こうした“昭和的な思考停止”を、いま一度問い直す必要があります。
現場で「兼任は当たり前」という前提に疑問を持ち、
「どこの業務は絶対に専任化しないと競争力を失うか?」
「現場の生産性が上がらない根本要因は何か?」
と真剣に向き合うことが、脱アナログの第一歩となります。
アナログ業界ゆえの情報ブラックボックス化
特に中小・中堅製造業では、
・現場ノウハウが個人に属人化
・帳票や会議メモが紙管理
・“引き継ぎ”が口伝や暗黙知のまま
このような“情報ブラックボックス化”も兼任業務の横行と関わっています。
業務プロセスやノウハウが体系的に見える化・標準化されていないため、属人的な動き・兼任依存を増大させてしまうのです。
バイヤーやサプライヤー視点でのリスク認識
バイヤーが抱える“調達リスク”
大手バイヤー企業では、「取引先の組織体制」や「品質保証体制」も重要な審査ポイントとなっています。
納期トラブルや不良品クレームが再発するサプライヤーは、“担当者が兼任”“属人化”による管理不備と見なされ、
継続取引や新規案件紹介からは除外されやすくなっています。
サプライヤーの立場でバイヤーの期待を知る
競合他社との差別化ポイントは「表面的なコスト競争」だけではありません。
いかに“組織としての安定稼働/品質マネジメント基盤”を示せるかが重要です。
兼任だらけの現場は、「人が変われば、すぐノウハウが欠落する」「品質波動が読み切れない」というリスク印象をバイヤーに与えてしまいます。
サプライヤー側の営業活動や提案時には、
・各業務区分の専任者体制
・ノウハウの標準化、デジタル化
・リスク時のエスカレーションフロー
こうした点を明朗にアピールすることで、信頼獲得につなげることができます。
現場目線で考える:兼任解消と組織進化のアプローチ
リソース最適化と業務プロセスの見直し
やみくもな人員増は非現実的です。
まずは各担当者の日々のタスクと所要時間、“真にプロとして取り組むべきコア業務”を洗い出します。
業務の棚卸しを通じて、
「どこを自動化・デジタル化できるか」
「不要な業務、惰性的な報告・会議はないか」
「部分アウトソーシングや共通化できる仕組みがないか」
こうした視点で現場業務の再設計を進めるべきです。
DXと“昭和マインド”の壁をどのように克服するか
現場では「紙でしか残っていない帳票」「エクセルがバージョン管理できていない」といった状況が長年続いています。
小規模なデジタルツールの導入や、業務マニュアル・共有フォルダを整備するだけでも、大きな効果があります。
また、現場主導での「改善提案制度」や「朝礼ミーティングでの気付き共有」など、昭和的な“現場の知恵”を現代流に再解釈し、
組織としての学習サイクルに再構築する取り組みが必要です。
人材育成と“選ばれる現場”への転換
バイヤーや取引先に「安心して任せたい」と思わせる現場づくりには、
・ポリバレント(多能工)育成と“専任者としての責任感の両立”
・現場リーダーの意思決定トレーニング
・新人や異動者の早期キャッチアップ制度
こうした“人が育ち、流動しても品質が崩れない仕組み”が不可欠です。
まとめ:兼任が生む負の連鎖を断ち、価値ある現場へ
兼任業務の常態化は、現場の柔軟性やコスト最適化の観点で一見合理的に映るかもしれません。
しかし、環境変化の早い現代製造業では「判断の遅れ」や「品質低下」が致命的な損失につながりやすくなっています。
現場目線でのリアルな課題を直視し、
“昭和マインド”の呪縛を一つ一つ解消しながら、
「人」「組織」「システム」の進化を止めない現場づくりが今こそ求められています。
兼任から専任へ、“誰でもできる現場”から“誰がやっても価値が落ちない現場”へ──。
この変革を通じて、製造業の現場はこれからも社会全体を強く支え続ける基盤であり続けるでしょう。
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