投稿日:2025年11月4日

スリッポンの甲の張り感を作る芯材とアッパー構造の秘密

スリッポンの快適さとフィット感の裏側

スリッポンは、その手軽さと快適さから幅広い世代に愛されている靴です。

着脱のしやすさ、カジュアルさだけでなく、最近ではビジネスシーンでも着用されることが増えています。

しかし、スリッポンの大きな課題の一つが「甲の張り感」、すなわち履いたときのフィット感と型崩れのしにくさです。

この点は、履き心地に直結するため、製造業者やバイヤーにとって極めて重要なテーマになっています。

今回は、スリッポン特有の甲の張り感を生み出す芯材や、アッパー構造の工夫について現場目線で深掘りするとともに、業界で見過ごされがちな本質的課題と最新トレンドも紹介します。

なぜ「甲の張り感」が重要なのか

スリッポンのフィット感は、履き心地とデザイン性に直結しています。

フィットし過ぎても締めつけ感が出てしまい、ゆるすぎると歩行時に靴が脱げやすくなります。

また、使っているうちにつま先部分がシワになったり、甲部分がヨレてしまうと、見た目の美しさが損なわれます。

これらの課題を解決するためには、芯材・アッパーの構造に細やかな工夫が不可欠です。

実際、スリッポンのリピート利用を促すには「適度な張り」と「長期間崩れにくい構造」が大きな価値提供ポイントになります。

甲の張り感をつくる「芯材」とは

芯材とは何か

スリッポンの甲の内側には、見えない“芯材”が挿入されています。

芯材とは、靴の型崩れ防止・形状維持のために使われる素材で、特につま先や甲部分で重要な役割を果たします。

芯材の種類と品質、厚みや配置の仕方が、スリッポンの履き心地や型崩れ防止に直結するのです。

代表的な芯材の素材と特徴

芯材にはいくつかの種類があります。

1.不織布芯
コストパフォーマンスが高く、厚みの調整がしやすい素材です。

最近は植物由来の素材を使ったサステナブル不織布も増えており、環境配慮型OEMのトレンドにも合致しています。

2.熱可塑性樹脂
熱を加えることで硬くなるタイプ。

型押しがしやすいため、美しいラインを維持しやすく、柔軟性と剛性のバランス調整が容易です。

高級ブランドやビジネスシューズにも使われます。

3.クラフトボード系芯
紙や再生繊維を圧縮して作ったもの。

軽量で通気性もよく、サマーシューズや“抜け感”のあるデザインに多用されます。

4.天然皮革、人工皮革
風合い重視やハイエンド向けの靴で多用されます。

張りとしなやかさを併せ持ち、履き心地重視のブランドに好まれる素材です。

芯材の設計思想と現場での難しさ

芯材の材料選定と配置は、単なる強度確保だけでなく、アッパー素材との相性、製造プロセス(縫製・ラストの形状)、費用バランス、歩行時のしなやかさなど極めて多面的な検討が必要です。

例えば、不織布芯と天然皮革アッパーの組み合わせでは接着剤の選択にもノウハウが求められます。

業界では「昭和から続く伝統的手法」と「現代の新素材・新工法」が混在しているため、現場の製造スタッフの経験値が品質を大きく左右しているのが実態です。

アッパー構造に隠れた仕掛け

アッパーパターンで決まるフィット感

アッパーとは足の甲から側面を包み込む生地部分です。

スリッポンの快適さはアッパーのパターン設計とダイレクトに繋がっています。

特に、甲部分にゆとりを持たせすぎると張り感が損なわれ、逆にタイトすぎると、履き口の伸縮が追いつかず痛みの原因になります。

最適な設計には、過去の売れ筋モデルやリピート率の高い木型データの分析はもちろん、材料選びにおいても“伸び率”の異なる素材をどう組み合わせるかがカギとなります。

ゴム素材・パーツの工夫

スリッポン特有の伸縮性とフィット感維持のため、履き口部分やサイドゴアにゴム素材が使われます。

ここで注目すべきは、ゴムの配置、幅、伸縮強度です。

アッパーの内側にゴムバンドを内装的に仕込むことで、“見た目シンプル+高いフィット感”の両立を狙うケースも増えています。

特に高齢者向けやワイド設計の靴では、ゴムの収縮率と馴染みやすさの細かなチューニングが製造工程で求められるのです。

アッパーと芯材の縫製・接着技術

どんなに良い材質・パーツを選んでも、最終的なアウトカムは縫製と接着のクオリティで決まります。

近年では“袋縫い”や“熱圧着”技術によるラミネート加工も増え、縫い目や段差を極力なくす工夫で“足へのあたり”と耐久性を両立させる技術革新が進んでいます。

この分野では、熟練工による端正な仕上げが最終的な差別化要因になっていますが、同時にAI画像検査や自動化システムの導入による品質のバラツキ低減も進行中です。

昭和型製造業に根づく“アナログ文化”の闇と光

ここまで技術や構造の話をしてきましたが、実際の製造現場では「職人的勘」に頼る部分が多く残っています。

設計仕様書に現れない微妙な“張り感”や“型出しの塩梅”は、現場の経験則と密接に結びついています。

一方、昭和型の現場フローはブラックボックス化しやすく、若手人材が“なぜそうするのか”を理解しにくい問題があります。

最新の自動化技術を導入しても、最後は「熟練のおじさんの最終仕上げ」が必要とされる――こうした事例は今も少なくありません。

ただし、これを「時代遅れ」と切り捨てず、現場ノウハウ・技能継承を高度化された標準作業やAIアノテーションデータとして活かす発想へと転換する企業が増えており、製造業DXの大きな伸びしろとなっています。

バイヤーとサプライヤーの“攻防線”

スリッポンで甲の張り感や構造に優れた新商品を打ち出す際、バイヤー側が求めるのは“信頼できる説明性”や“再現性の高い品質”です。

「なぜこの素材を選ぶのか」「どうしてこの構造なのか」「他社比較でどこが勝っているのか」——技術者目線・営業目線・消費者目線を結びつけた説明ができることが、商談やOEM受注の鍵となります。

同時に、見積依頼(RFQ)や納期、コスト面での“歩み寄り”も不可欠です。

最近は、素材トレーサビリティや環境配慮基準の説明責任、少量多品種や追加発注への柔軟対応など、求められる水準が上がっています。

このため、サプライヤー側も現場の“暗黙知”を見える化し、自社でできる付加価値提案や改善プロセスの透明化が今後ますます重要になります。

今後のスリッポン業界トレンドとまとめ

アパレル業界全体で「環境対応」が強く求められています。

スリッポンでも、バイオマス由来芯材、リサイクルアッパー、VOCフリー接着剤などグリーン調達のトレンドは確実に広がっています。

また、製造現場でもAI画像検査や自動化設備の実装、さらにはIoTデータを活用した“動的な生産・品質管理”の流れも生まれてきました。

一方で、足入れ感覚や立体形状の微調整は依然として「現場の知見と職人の技」に支えられており、この融合が“日本発スリッポン”の競争力源泉になるのは間違いありません。

本質的な甲の張り感を生む芯材・アッパー構造の設計には、現場の実体験・データ・最新技術が三位一体となった知的生産が求められます。

サプライヤーにはそれをバイヤーに分かりやすく伝える力、バイヤーには本質的価値を見抜く力が、今後ますます問われていくでしょう。

現場で培われた発想が新たな市場価値やイノベーションにつながることに、製造業の未来がかかっています。

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