投稿日:2025年12月16日

“とりあえず発注”が在庫を雪だるま式に増やす理由

はじめに:なぜ「とりあえず発注」が起きるのか

製造業の現場では、「とりあえず発注しておこう」という言葉をよく耳にします。

特に受注変動が激しい業界や、納期厳守が当たり前の状況下では、この“とりあえず発注”という行動は一見するとリスク回避の合理的な判断に見えます。

しかし、その裏側には、在庫が雪だるま式に膨れ上がる構造的な問題が潜んでいます。

今回は、なぜ現場で“とりあえず発注”が常態化してしまうのか、その背景とリスク、そしてそれを打破するために必要な視点や具体策について、20年以上現場経験を持つ筆者の目線から解説します。

現場の実態:アナログ文化が残る製造業の風土

根強い「過剰在庫は保険」という考え方

昭和の時代から脈々と受け継がれる「在庫は安心」の精神。

まだITが進化していなかった時代、部材が急に入らないリスクやサプライヤーの不安定な納期対応に悩まされ、現場では「モノが手元にあればすべて解決できる」という思想が定着しました。

この考え方が、今でも経験則として根強く残っています。

「部材が足りないと困るから、多めに発注しておこう」

「急な注文変更が来るかも知れないから“とりあえず”多く持っていた方が賢明だ」

こうした心理が、結果的に現場では仮需・過剰在庫を誘発し続けているのです。

変わらないアナログ管理体制

Excelや紙伝票による発注管理が主流の職場もまだ多く見受けられます。

発注点・在庫数量・リードタイムなどが定量的に見える化されていない場合、「過去の感覚でとりあえず発注」「上司・前任者からの引き継ぎ通り数字を流用」する傾向が強まります。

人の記憶や勘に依存してしまうことで、需給バランスはますます見えにくくなり、雪だるま式の在庫増加というスパイラルに至るのです。

“とりあえず発注”が在庫を膨らませる4つのメカニズム

1. 情報の不透明さによる「安心バッファ」発注

現場では、営業からの需要予測が曖昧であったり、社内システムが需給変動にリアルタイムで対応していなかったりと、先行きが不透明なまま作業が進むケースが多くあります。

「後で足りなくなるくらいなら…」という心理から、ある程度余裕を持たせて発注する“安心バッファ”が当たり前になっています。

しかし、このバッファが集合体となり、全社的には莫大な余剰在庫を生み出してしまいます。

2. 部門間の「責任転嫁」構造

調達・購買担当者は部品が不足して生産が止まることを何より恐れています。

一方、生産現場は出荷遅延やラインストップを絶対に避けたい。

部門ごとに最悪の事態を避けるため、“保険”としての在庫発注が続きます。

「念のため」「もしもの時のために」がお互いの言い訳となり、過剰在庫が是認されやすい文化が形成されているのです。

3. サプライチェーン全体の見えない連鎖

サプライヤー側でも、“バイヤーから急な追加発注があるかも知れない”と考え、独自に在庫を多めに持つ傾向が生まれます。

こうした連鎖が積み重なることで、サプライチェーン全体がどんどん膨張し、結果的に全体最適からかけ離れた運用となっているケースが見られます。

この現象は「ブルウィップ効果」とも呼ばれ、情報の精度が悪いまま補正行動を繰り返すほど、在庫の膨張は加速します。

4. “売り逃し”への過度な恐怖

売上チャンスを逃さないために、「欠品」や「納期遅れ」を極度に恐れる企業体質も、過剰在庫の一因です。

「お客様から追加注文が来たらすぐに対応したい」

「万一のトラブルでも、生産ラインを止めるわけにはいかない」

こうしたプレッシャーが現場を支配し、本来必要以上の在庫を“保険”として積み上げさせてしまうのです。

バイヤー目線で考える「適正発注」のヒント

需要予測の精度を高める“現場力”

システムだけに頼らず、実際に営業・マーケティング現場に足を運び、リアルな顧客動向や季節変動を考慮する力が求められます。

経験や勘を頼るだけでなく、数値で徹底的に分析し、調達サイクル自体を可視化することが効果的です。

また、需要と供給の変動ポイント(受注のピークタイムやオフシーズンなど)を細かく共有することも現場には大切な活動になります。

発注点・安全在庫の見直し

従来の“安全在庫”基準は、バイヤーや現場の「肌感」に頼りすぎていることが多いです。

リードタイム、調達コスト、需給変動の幅、過去のトラブル情報などをすべて見直し、何度も検証しながら適正なレベルにブラッシュアップしていく姿勢が重要です。

手間はかかっても「いくら持てばよいのか」を定量的にシミュレーションすることが、在庫肥大の根本的な解決につながります。

サプライヤーとのダイレクトコミュニケーション

サプライヤー側も、バイヤーの発注方針・予測精度・生産計画の背景を知りたがっています。

一方、サプライヤーは“急な注文”や“突発の部材不足”に柔軟に対応するためのコストを背負うことになります。

Win-Winの関係を築くためには、相互にスケジュール・需給情報をリアルタイムでやり取りし、細かい情報共有と約束事を積み重ねることが大切です。

それにより、サプライヤーも適正生産・適正在庫へシフトしやすくなり、全体最適が進みます。

現場目線の“不要在庫整理プロジェクト”

定期的に不要在庫(陳腐化、型落ち品、頻度低下部材など)の棚卸しを実施し、現場主導で「なぜこの在庫は生まれたのか」を社内で検証するプロジェクトが効果的です。

原因分析→基準見直し→次の発注ルールへの反映

というPDCAサイクルを、現場を巻き込んで回すことで“過去の常識”や“惰性のルール”を打破できます。

バイヤーを目指す方にとっては、この現場主導型の改善経験が大きな武器になります。

新しい地平線:デジタル化による変革と人間らしい判断の共存

DX(デジタル変革)にどう向き合うか

AIやIoT、クラウド在庫管理など、DXの波が業界全体を大きく押し上げつつあります。

一方、現場の“経験知”や“勘所”も無視できません。

定量データと人の経験値がうまく融合すれば、過去の“とりあえず発注”は着実に減っていくはずです。

例えば、受注変動の大きい部材のみ自動発注に任せ、重要保安品や高額品はあえて人の目で最終ジャッジするなど、ハイブリッドな運用も今後の主流になるでしょう。

現場の自主性を活かす職場づくり

「管理される側」から「自ら最適化を提案・実践できるチーム」へシフトするために、現場スタッフが数字や納期・在庫管理指標の意味を理解し、自由に発言できる場づくりが非常に重要です。

現場リーダーが主役となって、「今月は“とりあえず発注”ゼロを目指そう」といった目標を掲げ、改善活動を楽しんで進める文化が、結果的には在庫の最適化につながります。

まとめ:“とりあえず発注”からの脱却が未来のものづくりを支える

“とりあえず発注”が在庫を雪だるま式に増やす構造には、歴史や風土、情報の曖昧さ、複数部門の思惑、サプライチェーンの連鎖など、さまざまな業界特有の課題が複雑に絡み合っています。

この悪循環を断ち切るためには、現場目線で本音と向き合い、データ化、サプライヤーとの連携、部門間の壁を越えた本質的なコミュニケーションが不可欠です。

「在庫はリスクか?保険か?」

この問いに一つの答えはありませんが、最適なバランスを追求するプロセスこそが、製造業の新しい価値を生み出します。

今こそ、現場で働く皆さん一人ひとりが、自分たちの発注行動と在庫の意味を問い直し、未来のものづくりをより強く、しなやかに進化させていきましょう。

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