ターボ分子ポンプ立上げ時のベーキング条件と油蒸気逆拡散対策
ターボ分子ポンプ立上げ時に重要なベーキングの基本
ターボ分子ポンプは、超高真空を必要とする実験や製造プロセスで不可欠な装置です。
真空環境を実現し維持するためには、システム全体の清浄性が極めて重要となります。
その中でも、ポンプ本体や真空容器、配管などに付着した水分や有機物などの不純物を除去する作業、いわゆる「ベーキング(加熱脱ガス)」の条件を適切に設定することが、高性能な真空達成とトラブル防止の鍵を握っています。
以下に、ターボ分子ポンプの立ち上げ運転における適切なベーキング条件の考え方、具体的な温度・時間設定の目安、そして油蒸気の逆拡散対策まで、詳しく解説します。
ベーキングの目的とその重要性
ベーキングとは、真空チャンバーや配管、ターボ分子ポンプ自身を加熱し、表面に吸着した水分や有機分子、油分などの残留ガスを効率よく除去するための処置です。
真空システム稼働前には、材料表面やポンプ内部に微量ながらも水分や油性分子が付着しています。
このままターボ分子ポンプを立ち上げると、所望の真空度に達しにくくなるばかりでなく、汚染源にもなり、分析機の測定精度や加工プロセスの品質低下、さらにはポンプ故障の原因となります。
ベーキングは、超高真空(10⁻⁶Pa台以下)を達成する上で、前処理の中でも最重要工程です。
ターボ分子ポンプ立上げ時の推奨ベーキング条件
加熱温度の目安
一般的に、ベーキング温度は80℃〜150℃が推奨されます。
これは、水分(H2O)や有機分子が比較的低い温度で表面から脱離しやすい特性によります。
高真空用途であれば80〜120℃、超高真空用途や特に厳しい清浄条件を必要とする場合には120〜150℃程度まで上げることが多いです。
ただし、Oリング(フッ素ゴム(バイトン)やシリコンゴムなど)の耐熱温度や機器設計仕様を事前に確認し、メーカー推奨値以下で加熱する必要があります。
加熱時間(ベーキング時間)の目安
加熱時間はベーキング温度やチャンバーの大きさ・材料・汚染度合いによって調整しますが、標準的には12〜24時間かけて徐々に加熱・維持するのが一般的です。
特に水分の除去には十分な時間が必要で、最低でも半日、より高純度の真空を目指す場合は丸1日以上加熱することを推奨します。
また、加熱中は真空ポンプ(ロータリーポンプやスクロールポンプ+ターボ分子ポンプ)を常時運転し、蒸発したガスがチャンバー外に効率よく排気されるようにします。
温度勾配と加熱ムラ対策
チャンバー全体が均一に加熱されるように、耐熱布やベーキングヒーターを複数設置する、温度センサーで数点を同時に監視するなどの工夫が必要です。
局所的な低温部位があると、そこに水分や有機物が残留しやすくなります。
可能であればサーモカメラなどを利用してベーキングムラの有無を確認しましょう。
ベーキング前に確認すべき事項
Oリング・樹脂部品の耐熱性
Oリングや樹脂絶縁部品などの耐熱温度を必ず確認します。
加熱可能な素材は、たとえばバイトンOリングでおおむね最大150℃程度、シリコンゴムOリングならさらに高温(200℃程度)ですが、加熱劣化を防ぐために限界値の使用は避けます。
PTFEなどの樹脂部品が用いられている場合は、最低限その材料の耐熱仕様に合わせてベーキングを設計しましょう。
不明な場合はメーカーへ問い合わせるのが最適です。
真空計・センサーの保護
システムに取り付けられた真空計やセンサーも、ベーキング温度を正確に把握しておきます。
一部のピラニゲージやイオンゲージ、圧力センサーは高温下での連続動作に適していない場合があります。
不適切な加熱により電子回路が損傷することがありますので、ベークアウト中は取り外すか、必要であれば耐熱カバーを設けるなどして保護します。
ターボ分子ポンプへの影響と注意点
ターボ分子ポンプのベーキング許容温度
ターボ分子ポンプは内部に磁気軸受や非金属パーツ、グリスなど熱に弱い部品が含まれていることがあります。
ポンプ単体としてのベーキング許容温度は、一般には100℃〜120℃(一部機種は最大150℃)が多いですが、モデルごとに異なるため必ず取扱説明書を確認しましょう。
多くの機種では、チャンバーのみ加熱し、ターボ分子ポンプ本体はベーキングヒーターで直接加熱せず、ポンプ部分が加熱されすぎないように断熱材やエアカーテンで防護します。
ベーキング時の排気ポンプ運転と注意点
ベーキング中は、高温により脱離した水分や揮発性有機成分が一気に放出されるため、排気ポンプ側に負担がかかりやすいです。
油回転ポンプを使う場合は、高温・高負荷連続運転でオイル劣化や油蒸気逆拡散の危険性が増します。
ベーキング開始時には、できればスクロールポンプやドライポンプ(オイルレス)を使用するか、油回転ポンプの場合は油ミストトラップや冷却トラップを併用します。
この対策により、油蒸気のチャンバー方向への侵入(逆拡散)を抑制できます。
油蒸気逆拡散とは何か?
油回転ポンプやディフュージョンポンプを使う場合、排気圧力が低下していくと、油分子が真空側へと拡散・逆流する現象が起こります。
この「油蒸気逆拡散」により、真空チャンバーや配管、ターボ分子ポンプのインレット側が油分で汚染されるリスクが高まります。
油蒸気が内部に付着すると、超高真空の達成が困難になるだけでなく、計測機器の感度低下や精密機械の誤動作、さらなる排気困難を招くことから、「真空システムの大敵」とされています。
ベーキング時の油蒸気逆拡散対策
機械式油回転ポンプ利用時の対策
油回転ポンプを前段排気に使う際は、以下の対策を必ず実施する必要があります。
- ポンプと真空ラインの間にチェックバルブまたは逆止弁を設置する
- 排気ラインにオイルミストトラップや吸着式のトラップ(アクティブカーボン、分子篩入り)を設置する
- 冷却トラップ(液体窒素や冷却プレート利用)をポンプ直前に組み込むことで油蒸気を凝縮し逆流を抑制する
- システムベーキング開始前に十分暖気運転し、ポンプのオイルを適正温度まで温めてから本格運転に移る
- 定期的にポンプのオイルを交換し、劣化オイルの再蒸発を防ぐ
ベーキング後は、ポンプとチャンバーを遮断することで油蒸気逆拡散を更に防げます。
適切なバルブ操作を心がけ、立ち上げ・停止時に油が真空側へ戻らないように運用しましょう。
油回転ポンプ以外の前段ポンプを利用する方法
スクロールポンプ、ダイアフラムポンプ、ベーンレスドライポンプなどオイルレス構造の前段ポンプでは、そもそも油蒸気逆拡散が起こりません。
ベーキング工程や、ターボ分子ポンプ立ち上げ時には可能な限りドライポンプの併用を推奨します。
油回転ポンプをどうしても利用しないといけない場合には、上記のトラップ・バルブ併用で徹底的な対策を。
ターボ分子ポンプ自体の逆拡散抑制策
一部のターボ分子ポンプは、排気ポートから逆拡散が起きにくい独自設計を採用しています。
ガスの流れを抑制するベーン構造、排気口に吸着材やトラップを追加できる機種もあります。
また、立ち上げシーケンスを工夫し、ターボ分子ポンプの回転数が安定するまではチャンバー側のバルブを開放せず、前段ポンプを連続運転しておくことで逆拡散リスクを低減できます。
まとめ:ターボ分子ポンプベーキングと油蒸気逆拡散防止の最適運用
ターボ分子ポンプを用いた真空システムでは、究極の真空度や安定した運用のために、立ち上げ前のベーキング条件設定が重要です。
適切な加熱温度(80℃〜150℃)と十分な加熱時間(12〜24時間)、分布の均一な温度管理、使用材料・部品の耐熱確認を確実に実施してください。
また、油回転ポンプ利用時の油蒸気逆拡散は、真空システムの劣化・想定外トラブルの大きな原因です。
逆流抑制バルブやオイルミストトラップ・冷却トラップの併用、そして理想的にはオイルレス排気ポンプの活用を推奨します。
これらの対策を踏まえ、ターボ分子ポンプの性能を最大限に活かし、よりクリーンで安定した真空システム運用を目指してください。