HACCP運用の現場で実際に起きている“紙の山”との戦い
HACCP運用の現場で直面する“紙の山”の実態
HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)は、食品の安全を守るための国際的な衛生管理手法です。
日本では2021年6月よりHACCPによる衛生管理が義務化され、食品製造現場を中心に本格的な運用が始まっています。
しかし、現場では「紙の山」との戦いがもはや日常風景となっています。
なぜHACCPと“紙の山”が切っても切れない関係にあるのでしょうか。
その実態を詳しく掘り下げていきます。
なぜHACCPに“紙”が欠かせないのか
記録義務の厳格化
HACCPを導入すると、日々の作業に関する多くの記録が必要となります。
たとえば、温度や湿度、清掃・洗浄の実施状況、工程ごとのチェック項目、異常発生時の対応記録など、さまざまです。
記録は、決められた様式に従い、原則として毎日手書きで行われる現場が多いです。
帳票一枚に収まるケースは稀で、部門ごと、工程ごとにファイルやバインダーが複数必要になります。
監査・検査対応のための保管体制
HACCPでは、書いた記録を一定期間(一般的には1〜3年)にわたり保管しておくことが定められています。
万一、異物混入や食中毒など問題が起きたとき、追跡ができる根拠資料となるためです。
行政や取引先の監査が入ると「記録をすぐに見せてください」と求められます。
そのため、古い書類まできちんと整理し、すぐに出せる状態で保管しなければなりません。
現場で増え続ける“紙の山”の実際
どれだけの紙が出るのか
たとえば、10人で一日3回の記録が必要な項目が5つあると、1日で150枚、1か月で4500枚にもなります。
さらに、そのほかの確認表や報告書も加われば、現場の書類は莫大な量となります。
これらの紙はファイリングされ、棚やロッカーに並びます。
1年も経てば膨大な厚みとなり、場合によっては保管スペースを新たに確保するケースもあります。
負担となる事務作業
記録を「書く」作業に加え、毎日の記載が正しくされているか「確認」し、「まとめる」「ファイリングする」などの事務作業も大きな負担です。
些細なミスや記入もれが発覚すると、過去の帳票にさかのぼってチェックし直す必要があります。
管理者は従業員ごとの記録状況確認やフォローに追われ、通常業務にも支障が出ることもあります。
現場でありがちなトラブル
– 紙がどこかに紛れ込んで見つからなくなる
– 水濡れや破れで文字が判別できなくなる
– 書き間違い・記入漏れが頻発する
– 書類の保管場所が足りなくなりスペースが圧迫される
これら“紙のリスク”が、HACCP現場において大きな課題となっているのです。
紙文化が根強い理由
従来からの慣習
多くの現場では、以前から衛生管理や業務報告に「紙」を使ってきました。
パソコンの導入やデジタルツールがそれほど進んでいない職場も多く、なかなか紙からの脱却が難しいのが現実です。
現場作業のしやすさ
工場や厨房では、手袋や作業着を着けて作業していることがほとんどです。
濡れた手や汚れた手でサッと書ける「紙」は手軽で便利な存在です。
年配の従業員や、パソコン・スマホ操作が苦手な人も紙での記録を好む傾向があります。
法対応の安心感
「原本」として保管でき、行政監査の際にも「紙の書類を持参すれば間違いがない」といった安心感も大きな理由の一つです。
“紙の山”がもたらす課題とは
人的コストの増加
記録の記入、整理、ファイリング、探し出す手間が作業者・管理者双方の業務負担となります。
この負担は「生産効率」の低下にもつながり、繁忙期には大きなボトルネックとなります。
ヒューマンエラーの温床
人の手による記録には、誤記、記入忘れ、勝手なデータ修正、遡り記入といったヒューマンエラーがつきものです。
問題が起きたとき、誰がどこにどのようなミスをしたのか特定や証明が難しいことも多くなります。
情報共有の遅延
紙による記録は「ファイルを回覧する」「現場と事務所間で運ぶ」といった人的なタイムラグが生じます。
離れた拠点で状況をリアルタイムに把握・共有することが困難になります。
保管スペースと管理コスト
古い帳票を法定保管年数分残す必要があり、年々書庫や棚が増えていきます。
書類保存用の保管スペースやキャビネット、バインダーなどの用意もコストになります。
“紙の山”との戦いを制する工夫とは
記録の効率化
現場ごとに「本当に必要な記録か」「現場の実態に合った帳票形式か」を再考し、必要最低限の記録内容に削減することが第一歩です。
記録項目を集約したり、クロスチェックの仕組みを導入したりする方法もあります。
デジタル化へのシフト
タブレットやスマートフォン、パソコンなどを活用し、データベース化やクラウド管理へ移行する現場も増えています。
紙の記録を写真で残す、専用の記録アプリやExcelに直接入力することで、ペーパーレス化が促進されます。
教育と意識改革
新しい運用方法を導入する際には、従業員への十分な教育と理解・納得が欠かせません。
「なぜ記録が必要か」「どうすれば楽になるか」を現場目線で伝え、協力体制を築くことが重要です。
HACCPデジタルツールの活用事例
クラウド型HACCP記録システム
飲食チェーンや中規模食品工場では、クラウドを利用したHACCP記録システムの導入が進んでいます。
現場でタブレット入力し、そのままデータが本部や管理者に届く便利さが人気です。
記入ミスや抜けもアラートですぐ気づくことができ、ヒューマンエラー防止にもつながります。
温度センサー連動型IoT
冷蔵庫や調理場の温度記録にIoT機器を利用し、自動で温度データを記録・保存するケースが広まりつつあります。
この方法なら「毎日手書きする手間」が大幅に省け、記録漏れや改ざんリスクも低減できます。
記録の見える化による現場改善
デジタルデータはグラフや表で集計・分析しやすいため、異常傾向の早期発見や、改善活動に活用しやすいのもメリットです。
“紙の山”に悩まないHACCP現場を目指すには
現場でたまる“紙の山”をなくすためには、まず現状の記録業務をしっかり棚卸し、不要な項目や重複を徹底的に洗い出すことが重要です。
次に、ペーパーレス化やデジタル化に段階的に移行し、小さな現場でもすぐ取り入れられるツールや仕組みを積極的に活用しましょう。
すべての工程を一気に変えるのは困難ですが、「できる範囲からチャレンジしていく」、「現場目線の負担軽減策を考える」ことが大切です。
HACCPの本質は「現場で食品安全を守るための仕組み作り」です。
“紙の山”に埋もれる忙しさやストレスを減らし、本来の目的である商品・サービスの品質向上に注力できる現場が、これからの理想形と言えます。
まとめ:HACCPと“紙の山”の賢い付き合い方を考えよう
HACCP運用の現場でなぜ“紙の山”が生まれ、その山とどのように戦っているのかを解説しました。
確かに、紙による記録と管理は、現場に大きな負担や課題をもたらします。
しかし、記録本来の目的を見失わず、現状分析や適切な工夫、デジタルツールなどを上手に活用することで、誰もが業務負担を減らし、より良い現場運営を実現できるはずです。
紙文化が染み付いた食品業界だからこそ、現場目線で無理なく続けられる「紙との賢い付き合い方」を模索し続けましょう。
それが、これからのHACCP運用現場に求められる“働き方改革”の第一歩となるのです。