エリプソメトリ薄膜光学定数抽出と多層同時フィッティング戦略
エリプソメトリによる薄膜光学定数抽出の基礎
エリプソメトリは、薄膜表面の物理特性を非破壊・非接触で詳細に解析できる光学的測定手法です。
とくに半導体産業や光学薄膜研究の分野において、薄膜の厚さや屈折率・消衰係数(複素屈折率nとk)の抽出に大きな役割を果たします。
光が薄膜に斜入射された際の偏光状態変化から、膜構造や各層の光学定数を詳細に導き出すことが可能です。
高精度なデータを得るためには、測定したエリプソメトリ・スペクトルから適切なモデルを構築し、パラメータを最適化(フィッティング)する必要があります。
ここで薄膜の「多層構造」が絡むと、光学定数抽出は一層複雑となります。
多層構造の全層を同時に最適化する「多層同時フィッティング戦略」は、今日のエリプソメトリ解析の重要な技術となっています。
薄膜光学定数抽出のプロセス
測定原理とデータ取得
エリプソメトリは、主に楕円偏光状態の変化を示すΨ(プサイ)とΔ(デルタ)の2つのパラメータを波長ごとに測定します。
得られる楕円率データは、薄膜の全反射率や膜厚、基板・各層の光学定数情報を包括しています。
測定にはシングル波長、可変波長、分光エリプソメトリなどの装置が活用され、表面~数百nmの膜厚範囲でもサブナノレベルで解析できます。
モデル構築とフィッティング手順
エリプソメトリ解析においては、まず物理的な「薄膜モデル」を構築します。
これは、「基板」+薄膜A(厚さ・屈折率n・減衰係数k)+薄膜B…といった理論的積層構造を仮定する工程です。
次に、各層ごとの未知変数(膜厚、n、kなど)を決め、これを変数パラメータとします。
これら全パラメータを変動させながら、理論的なΨ・Δのスペクトルを計算します。
実測データと理論スペクトルを比較し、差(リジュー・カイ二乗など)を最小化するアルゴリズム(リートベルト法、マルチスタート法など)でパラメータ最適化を行うのが基本的なフィッティング方法です。
難易度の高い多層構造の場合、どの層がどのように光学応答へ影響しているかが複雑に絡み合うため、同時フィッティング戦略のノウハウが問われます。
多層同時フィッティング戦略の重要性
なぜ多層同時フィッティングが必要か
近年の薄膜材料は単層構造だけでなく、多層積層構造(バリア層+機能層+パッシベーション層+基板)で使われることがほとんどです。
多層構造においては、入射光は各層の境界で干渉したり反射したりしながら観測信号へ寄与するため、単層ごとの独立フィッティングでは精度や再現性が乏しくなります。
全層同時にパラメータを調整することにより、各層の影響度合いを正確に反映でき、不確実性・錯誤を最小化する光学定数抽出が実現します。
同時フィッティングアルゴリズムの例
具体的には、多層同時フィッティングでは、多変量最適化アルゴリズムが利用されます。
例えば、
– 非線形最小二乗法(Levenberg–Marquardt法など)
– 遺伝的アルゴリズムや粒子群最適化
– ベイズ推定に基づく探索手法
これらの手法によって、多数のパラメータ空間を一括して探索し、グローバル最適解や局所解を効率良く見出すことが可能となります。
光学定数抽出の品質を左右するポイント
物理モデルの妥当性
いくら最適化アルゴリズムを巧みに用いても、もともとの構造モデルが実サンプルと乖離していれば信頼性の高い光学定数抽出はできません。
材料ごとの判明している結晶構造、粗さ層や界面層の有無、材料間の相互拡散など、現実に沿ったモデル化が解析精度を左右します。
パラメータの初期値設定
フィッティングは、初期値に依存して誤った極小値に収束する危険もあります。
材料・プロセスの既知知見から妥当な初期値を与え、また物理的に妥当な範囲に制約を設けることが重要です。
多波長・多角入射データ活用
単一波長や単一入射角度だとパラメータの同定性能が低くなることがあります。
分光エリプソメトリなどで広い波長範囲や複数入射角データを同時利用することで、光学定数・膜厚の抽出信頼性を大きく向上させられます。
エリプソメトリ定数抽出で用いられる物理モデル
クラシックモデル
単純なダイ電材料や金属の場合、クラシックなドリューデ-ローレンツ理論やコーシー関数モデルがしばしば利用されます。
これらはそれぞれ材料に応じた屈折率・消衰係数の波長依存性を忠実に再現できます。
パラメータリックモデル
アモルファス・多結晶材料や有機材料など、クラシックモデルでは対応困難な場合は、広範なパラメータリックモデル(例:タン-ルック、フォルカ―ズ、セリエモデル等)が応用されます。
各材料特性・吸収端・バンドギャップ特性を反映させた関数モデルを選び出すことが解析精度アップにつながります。
実用例と解析ポイント
シリコン系多層膜の解析例
たとえば、基板上にSiO2/SiN/Siの三層構造が形成されている場合、各層の膜厚およびn, k値を同時に抽出する必要があります。
この場合、各層の既知・未知情報により、SiO2やSiは文献値でn, kを固定し、未知層(例えば成膜プロセスで特性が変動するSiN)を変数とするなどのアプローチが考えられます。
全層フリーパラメータでの同時フィッティングも可能ですが、パラメータ数が増えすぎると解の一意性が崩れる場合もあるため、既知の定数や補助測定値を併用することで安定した解析結果が得られます。
曖昧な界面層・粗さ層への対処法
実材料では、明確な界面を持たず拡散層が生じていることがよくあります。
この場合、拡張ブリューグマンモデルやEMA(有効媒質近似法)などを使って界面層を仮想的に導入し、多層同時フィッティングの一部に組み入れます。
また、表面粗さがサンプルによって異なる場合、表面に「粗さ層」を置いて複屈折フィルムとして仮想化することも解析精度アップに繋がります。
多層同時フィッティングにおける注意点
パラメータ相関と解の多様性
多層・多変数の同時フィッティングは、各パラメータ間に強い相関が生じる場合があります。
例えば、層Aの膜厚と屈折率の両方が変わることで、Ψ・Δスペクトルに同じ効果が生じる場合、同じフィッティング精度でも複数の解があり得ます。
こうした「パラメータの多義性」を避けるためにも、測定波長数・入射角数を増やして同定性能を向上させること、および初期条件・制約条件を物理的に厳密に設定する必要があります。
フィッティングの収束判定
最適化計算で収束した場合も、全解スペースに対するグローバルな最適値であるとは限りません。
複数の初期値やパラメータセットを用いた多点探索や、数理的な自己相似検証を実施し、得られたフィッティング結果の妥当性を統計的に評価することが重要です。
最新エリプソメトリ解析の動向
AI活用による自動化・高精度化
近年は人工知能(AI)や機械学習によるエリプソメトリ解析自動化技術が発展しています。
大量の測定データとシミュレーションデータを組み合わせたニューラルネットモデルが、測定から解析まで短時間で実現可能となりつつあります。
とくに多層同時フィッティングのようなパラメータ数が多い問題において、機械学習ベースのモデル化・パラメータサーチは高度なソリューションを提供しはじめています。
パルスレーザー・超高速分光エリプソメトリ
また、超短パルスレーザーを用いた時間分解エリプソメトリや、THz領域まで広げた分光域エリプソメトリも実現しつつあり、これまで観察できなかった遷移状態や極薄層の超精密解析も進んでいます。
まとめ
エリプソメトリによる薄膜光学定数抽出は、非破壊・高精度であり、現代の半導体・光学材料開発には不可欠な技術です。
とくに多層構造材料の解析では「多層同時フィッティング戦略」が不可欠となります。
信頼性の高い物理モデル、適切なパラメータの設定、広帯域・多角測定、そして最新のアルゴリズムやAI技術を駆使することで、より信頼性の高い薄膜光学定数抽出が実現できます。
この分野は今後ますます進歩し、数nm以下の膜も精度良く解析できる技術として発展していくことが期待されます。