ICP‐OESの波長選択とマトリクス効果補正による多元素同時定量

ICP-OESの波長選択とマトリクス効果補正による多元素同時定量

ICP-OESとは何か

ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)は、材料中に含まれる複数の元素を同時かつ高感度で定量分析できるテクニックです。
主に金属や非金属の成分分析に用いられ、食品、環境、医薬品、半導体など、さまざまな分野で活躍しています。
この方法は、試料を高温のプラズマに導入し、原子やイオンが特有の波長の光を放出する現象(発光)を利用します。

検出器はこの発光スペクトルを捉えることで、試料中の各元素の濃度を測定します。
発光の強度と元素濃度は基本的に比例するため、標準試料を使ったキャリブレーションカーブを作成し、これに基づいて定量分析を行うのが一般的です。

多元素同時定量のメリットと課題

ICP-OESの最大の特徴の一つは、多元素同時定量が可能である点です。
1回の測定で十数種類、場合によっては数十種類の元素の定量が可能であるため、迅速かつ効率的な分析が実現します。

ただし、多元素同時定量を行う際には、以下2つの要素が大きな課題となります。

  • 各元素ごとに最適な分析波長を正しく選択すること
  • 試料マトリクスに起因する干渉(マトリクス効果)を正確に補正し、信頼性の高い結果を得ること

これらの課題を克服するためには、分析波長の適切な選択と、マトリクス効果の本質的な理解・補正が極めて重要です。

ICP-OESにおける波長選択の重要性

ICP-OESによる元素分析において、元素ごとに観測可能な発光波長(分析線)は多数存在します。
一方で、プラズマ中では複数元素の発光が重なり合う(スペクトル干渉)ため、元素の特異性、感度、干渉度合いなどの観点から、最適な波長を選ぶことが定量精度向上の鍵となります。

分析波長の選択基準

分析波長の選択にあたっては、以下のポイントを考慮します。

  • 感度(検出下限):発光強度が高く、微量分析にも適した波長か
  • スペクトル干渉の回避:他元素の発光やプラズマ由来のバックグラウンドと重ならないか
  • ダイナミックレンジ:検量線が直線的に広範囲の濃度で使えるか
  • 再現性:マトリクス変動や試料組成の違いに対して安定した信号出力が得られるか

ICP-OESの多くの検出システムでは、1元素あたり複数波長の同時観測が可能です。
この機能を活用し、「高感度波長」と「低感度または干渉の少ない波長」を組み合わせれば、広い濃度範囲に対応しつつ精度の高い定量を実現できます。

スペクトル干渉対策

ICP-OESでは、元素分析の際に互いに近い波長によるスペクトル干渉(例:鉄とマンガンなど)が生じることがあります。
この場合、次のような対策があります。

  • 感度は多少劣っても、干渉の少ない波長を選択する
  • 干渉波長と対象波長の両方を測定し、数学的な補正を施す
  • スペクトル分解能の高い装置を活用し、微細な波長差も識別可能にする

最新機種では、高分解能型の分光器やマルチ要素ダイオードアレイ検出器により、複数波長の同時検出・データ比較が容易になっています。

マトリクス効果とその補正方法

マトリクス効果とは、試料に含まれる主成分や共存元素、溶媒成分、酸の種類や濃度などが、目的元素の発光に影響を及ぼし、分析値に系統誤差をもたらす現象を指します。

最も一般的なマトリクス効果要因は以下の2つです。

  • 主要成分(マトリクス)による発光強度やバックグラウンド干渉
  • 共存元素によるスペクトルや化学的干渉(プラズマ内反応による吸収や増強など)

このマトリクス効果を正しく補正しなければ、多元素同時定量の精度は大きく損なわれてしまいます。

マトリクス効果の主な補正手法

ICP‐OESで採用されるマトリクス効果補正の代表的な方法は次の通りです。

標準添加法

測定対象の試料溶液に既知濃度の標準液を添加し、添加濃度と応答強度の変化量から本来の濃度を逆算する方法です。
外部標準法よりもマトリクス差異を吸収できるため、複雑なマトリクスを持つ試料にも適用しやすいという特徴があります。

内部標準法

分析中の信号強度のブレやサンプル導入量の変化補正のため、分析対象とは干渉しない元素を「内部標準元素」として溶液中に添加します。
目的元素と内部標準元素の応答比を見ることで、プラズマ状態や導入系のばらつきを効果的に補正できます。

内部標準には、分析対象や運用環境に応じてランタン、インジウム、イットリウムなどがよく使われます。
重要なのは、内部標準を選ぶ際に他の測定元素や干渉成分と重なりがなく、信号変化が安定していることです。

マトリクス整合化

分析対象試料と同様あるいは極めて近いマトリクス組成を持つ標準試料や検量液を調整し、マトリクス効果の違いを抑制する手法です。
たとえば、土壌分析なら主要成分や酸組成を合わせる、環境水分析なら電解質組成を合わせるなど、標準液のマトリクス整合を徹底します。

その他の補正技術

最近では、スペクトルデータ全体を統計的に解析し、マトリクス効果や干渉を同時補正するためのマルチバリアント解析やAI技術の活用も提案されています。
これにより、複雑マトリクスでも従来より高精度な多元素同時定量が可能になりつつあります。

多元素同時定量のための最適運用ガイド

多元素を効率良く高精度に同時分析するための現場でのポイントは、以下の3つに集約できます。

1. 元素ごとに複数波長をバックアップ

被分析試料や状況が変化したときに備え、各元素について高感度波長・低感度波長・干渉の少ない波長をサンプリングプログラムに登録・保存しておくと良いです。
これにより、異なる分析目的や高濃度・低濃度範囲の試料でも、確実に最適な定量条件を選択できます。

2. 分析前にマトリクスを事前評価・分類

試料の主成分や特徴を事前に把握し、おおまかに低・中・高マトリクス試料として分類します。
それぞれに対し、標準添加法や内部標準法、マトリクス整合法のうち最適な補正法を選択してください。
現場では、問題の起きやすいマトリクスを過去の分析例と照合し、都度最適化を図ることも重要です。

3. モニタリング機能や統計解析で品質保証

多元素分析データの品質管理やばらつき低減のため、信号のリニアリティ確認や内部標準比のモニタリング、自動異常検出(QCチャート)などを活用しましょう。
また、測定結果が大きく外れている場合は、データの再解析や原因追及のためデータロギングも重要です。

まとめ:ICP-OESによる多元素同時定量は波長選択とマトリクス補正が鍵

ICP-OESは多元素同時定量が可能な点で非常に優れた分析法ですが、実践する上では、適切な分析波長の選択とマトリクス効果の的確な補正が成功のポイントとなります。
分析波長の選定では、感度と干渉防止の両立を意識し、複数波長のバックアップも活用すべきです。

一方で、マトリクス効果への対応では、標準添加法や内部標準法、マトリクス整合化といった補正法を試料の特性ごとに使い分け、さらなる高精度化を目指しましょう。
各波長やマトリクス補正のノウハウを活かすことで、誰でも再現性・信頼性の高い多元素同時定量を実現できます。

今後は、AI解析や自動化技術の活用により、さらなる高精度・効率的な多元素同時分析が進展すると考えられます。
そのためにも、基本に忠実な波長選択とマトリクス効果補正の手法をマスターしておくことが、現場での分析力向上につながるでしょう。

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