NDIR赤外ガス分析のゼロドリフト補正と水蒸気補償
NDIR赤外ガス分析とは
NDIR(Non-Dispersive Infrared:非分散型赤外)法は、ガス中の特定成分を高感度かつ選択的に測定できる分析手法です。
主に大気中の二酸化炭素(CO₂)、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOₓ)などの濃度測定に活用されており、自動車の排ガス測定や産業排気ガス監視、環境モニタリングなど幅広い分野で導入されています。
NDIRセンサーは特徴として、高い選択性・安定性・メンテナンス性の良さを持ちます。
しかし、測定の長期間運用や設置環境によっては、センサーの出力値が少しずつ変化してしまう「ゼロドリフト」や、「水蒸気補償」に対応しなければ正確性を維持できません。
本記事では、NDIR赤外ガス分析装置を高精度に動かす上で必須となるゼロドリフト補正・水蒸気補償の重要性と具体的な手法について詳しく解説いたします。
NDIR赤外ガス分析の原理
NDIR分析では、赤外線がガスチャンバー内を通過するとき、ガスの種類ごとに特定波長の赤外線を吸収する性質を利用します。
例えば、二酸化炭素なら約4.26μm、一酸化炭素であれば約4.67μm付近に強い吸収スペクトルがあります。
装置内部では、赤外線源から放射された光がフィルターを通して特定波長の成分のみ検出器に届きます。
ガス成分による吸収量を測定することで、定量的にガス濃度を算出します。
NDIR方式の利点は、他の多くのガス(例えばN₂やO₂)は赤外領域を吸収しないため、目的とするガス成分以外(バックグラウンド)が測定結果へ混入しづらい点です。
また、長寿命で安定した赤外線源と検出器を使用できるため、メンテナンスサイクルも長くて済みます。
ゼロドリフトとは何か
NDIR方式の精度を長期間維持する上で、避けられない問題の一つが「ゼロドリフト」です。
ゼロドリフトとは、本来測定すべき濃度がゼロであるにも関わらず、センサー出力がゼロから逸脱してしまう現象を指します。
ゼロドリフトの主な要因は以下の通りです。
センサー部品の経年劣化
赤外線源や検出器、光学フィルターなどの部品は、稼働時間や使用環境の影響を受けて光学特性が徐々に変化してしまいます。
これにより、本来測定ガスが存在しない状態でも、わずかな出力が発生してしまい、分析値に誤差が生じます。
環境条件(温度・湿度)の影響
NDIR分析装置が設置される環境温度や湿度の変化は、電子回路や光学部品に影響を与えます。
温度変化によって電子部品のオフセット電圧が変動する、また結露や湿度の変化が検出面に影響を与えるケースもゼロドリフトの一因となります。
電気的ノイズや外部要因
周辺機器の強い電磁ノイズや電源電圧の変動が、センサーの出力値に微小な変動を与えることがあります。
また、機器の設置方向や振動などもわずかながら出力値を押し上げる場合があります。
ゼロドリフト補正の重要性と具体的な補正手法
ゼロドリフトが補正されていないと、本来ゼロであるべきガス濃度が常に数ppm、あるいは数十ppmだけ上乗せされた状態で測定され続けてしまいます。
特に環境測定など高精度が求められる分野では、信頼性を大きく損ねることから、定期的なゼロドリフト補正は不可欠です。
代表的な補正手法を解説します。
自動ゼロ校正(オートゼロ)
NDIR装置の多くには、装置内部に「ゼロガス」流路や「内蔵ゼロセル(ゼロチャンバー)」を設けています。
ゼロガス(不活性ガスや空気など、測定したい成分を含まないガス)を定期的に流し、装置出力をリセット(オフセット値調整)します。
こうすることで、部品劣化や温度変動、環境変化により生じたゼロ点のズレを自動的に補正できます。
ゼロガスの供給は自動バルブ操作やタイマー制御で行われることが多く、24時間体制の監視用分析装置にも導入しやすい方法です。
ただし、ゼロガス供給源の純度が低い場合は補正そのものに誤差が入り込まないよう注意が必要です。
基準セル(リファレンスセル)を利用した2波長測定
同時に2本の赤外線ビームを発生させ、1本は測定セル、もう1本は基準セル(ガス成分を除去したセル)に通します。
両者の検出信号を比較し、外部環境や部品劣化の影響をリアルタイムで自動補正する方式です。
これにより、測定中に連続したゼロ調整が可能となるため、特に厳しい精度要求や長時間連続運転を行う分析装置で採用が進んでいます。
ソフトウェアによるドリフト補正
測定記録の傾向や過去のゼロ点の変化履歴を装置内部で記録・学習させ、ソフトウェア的にゼロ点を補正する高度な手法もあります。
遠隔監視型の機器や無人運転のガス分析計では、こうしたAI的補正機能が増加傾向にあります。
水蒸気がNDIR赤外ガス分析に与える影響
NDIR分析では、本来測りたいガス成分(CO₂、COなど)以外にも、空気中の「水蒸気(H₂O)」が赤外線を吸収するため無視できません。
特に高湿度環境や排ガスなど水分の多い試料をそのまま測定しようとすると、水蒸気の吸収によって本来目的ガス成分の濃度を過大評価あるいは過小評価してしまう場合があります。
例えば二酸化炭素の測定波長(4.26μm付近)は水蒸気の吸収スペクトルと部分的に重なっており、無補償でそのまま測定すると誤差が発生します。
このため、高精度測定の現場では必ず「水蒸気補償」が求められます。
水蒸気補償の方法
測定前のガス脱湿処理(物理的除湿)
最も単純かつ確実な方法は、測定前にガスから水分を除去してしまう手法です。
シリカゲルや高分子膜式ドライヤー、冷却式凝縮器(コールドトラップ)などの脱湿装置を設け、測定セルに水蒸気が入らない状態で測定します。
この方法のメリットは、補償計算や推定誤差の心配が最小限になることです。
反面、水溶性の高い気体(アンモニアや酸など)は脱湿操作で同時除去されてしまう懸念があります。
水蒸気濃度同時計測・演算補償
NDIR装置に水蒸気(H₂O)専用の測定セルを付加し、リアルタイムで水蒸気濃度も同時計測します。
本来の測定対象ガス濃度のNDIR信号強度から、水蒸気測定値を基に寄与成分として演算的に補正をかけます。
この方法は、装置の内部で測定対象ガスと水蒸気のスペクトル領域の重なり具合(クロストーク)を詳細に分析し、あらかじめ定められた補正式やキャリブレーションカーブを適用するものです。
現場の温度や湿度変動にもしなやかに追従できるという強みがあります。
多波長型NDIR分析計による自動補償
最新型のNDIR分析計は、一つの検出器で複数波長を同時に測定する「多波長型」の構成を採用しています。
この設計により、測定ガスと水蒸気それぞれの吸収ピーク波長を複数独立に取得し、瞬時に相互演算することで自動的に水蒸気誤差補正が可能です。
この方式は、現場設置や長期監視用途における運転効率の向上・省力化に寄与しています。
NDIR赤外ガス分析装置のゼロドリフト・水蒸気補償の実際の運用例
大気環境監視や工場排気ガス測定、自動車のエミッションチェックなど、NDIR分析の現場ではゼロドリフトと水蒸気補償の機能が必須となっています。
多くのメーカーが以下のような運用体制を整えています。
定期的なゼロガス・スパンガスを用いた校正
自動化されたスケジュールでゼロガス・スパンガス(既知濃度)を流し込み、測定レンジ全域にわたり装置出力を補正します。
これにより、機器間や稼働時間による誤差を最小限に抑えます。
内蔵自動校正機能・遠隔監視
先進的なNDIRガス分析装置は、内部にゼロセルや校正バルブ、流量切替機能などを搭載し、無人で自動校正を可能としています。
またインターネット経由で計測値やドリフトの履歴管理を行い、異常検出やアラーム出力も自動化されています。
補償ロジック付き最新型NDIR分析計
現場での水蒸気・ゼロドリフト誤差を予防するため、ソフトウェア内蔵で自動的に補償演算を繰り返す高機能なNDIR赤外線分析計が主流です。
これにより、定期的なメンテナンス負担や人為ミスのリスクが大幅に低減します。
まとめ
NDIR赤外ガス分析は、正確性や安定性で多くの現場に信頼されている一方、ゼロドリフトや水蒸気による影響を放置しては高精度測定が実現しません。
ゼロドリフト補正については、機械的なゼロ校正、基準セル比較、ソフトウェア的自動補正など複数手法が存在し、それぞれの現場に適した選択が肝要です。
また、水蒸気補償はガスの物理的脱湿、2成分同時計測・補正、多波長分析といった手法によって対応可能です。
最新の分析装置を導入することで、運転効率と測定精度の両立が図れます。
NDIR赤外ガス分析装置を選定・運用する際には、ゼロドリフト補正・水蒸気補償機能の有無や使い勝手を十分検討し、信頼性の高いデータ取得体制を整えましょう。