Rutherford後方散乱分光RBSの膜厚決定と多層薄膜の組成定量
Rutherford後方散乱分光(RBS)とは
Rutherford後方散乱分光(Rutherford Backscattering Spectrometry: RBS)は、材料科学や半導体工学の分野で広く活用されている材料分析技術です。
特に、薄膜材料の膜厚の測定や多層構造における組成分布や定量評価に大変有効な手法として知られています。
この技術は、1911年にアーネスト・ラザフォードによって発見された原子核散乱現象を基にしており、エネルギーの既知のイオンビーム(多くはヘリウムイオン)を試料に照射し、後方へ弾き返される散乱粒子のエネルギーを精密に測定することによって、試料の組成や厚さを解析します。
RBSの最大の特徴は、非破壊かつ高精度に材料内部の情報を深さ方向まで解析できる点にあります。
そのため、成膜直後の評価だけでなく、デバイス作製後や長期使用後の材料変化の観察などでも広く応用されています。
RBSによる膜厚決定の原理
RBSを用いて薄膜や多層膜の膜厚を決定する際、核心となるのはイオンビームのエネルギーロスの精密な測定です。
照射されたイオンが薄膜材料内部を通過しながらエネルギーを徐々に失い、原子核によって散乱された後のエネルギーが検出器で測定されます。
このエネルギー損失量は、イオンが通過した材料の種類や密度、厚さに直接的に依存しています。
そのため、後方散乱されたイオンのエネルギースペクトルを解析することで、薄膜層ごとの厚みを高精度に算出することが可能です。
薄膜の種類によっては、RBSで数ナノメートルから数ミクロンの範囲まで広範な膜厚測定が行えます。
単層膜の厚み決定
単層薄膜の場合、RBSスペクトル上では膜材料に由来するはっきりとしたステップ状のエッジが現れます。
このエッジは、イオンビームが膜材料の一番深い位置と一番表面に到達して散乱された際のエネルギー値として観測されます。
それぞれのエネルギー値の差分、すなわちエネルギーロスを理論モデル(ストッピングパワー)と照合することで、正確な膜厚(通常は原子/cm²、換算してnmやμm単位)が計算できます。
また、組成が既知の場合は絶対的な厚み決定が可能であり、これはRBSの大きな利点といえます。
多層膜における厚さ測定
多層薄膜の場合、RBSスペクトルには複数の段差(ステップ)が複雑に重なって現れます。
各層ごとに異なる散乱断面積や密度を持つため、各材料のピーク位置・幅・高さから、それぞれの層の膜厚や界面情報を抽出できます。
解析ソフトウェアを用いることで、多層構造でも個々の層の厚さや組成の違いをモデル化し数値化できます。
この定量性は、例えば半導体デバイスに使われるナノレベルの多層構造の評価、薄膜太陽電池や光学コーティングの品質管理において強力な武器となります。
RBSによる組成定量のメカニズム
RBSでは、散乱されたイオン粒子のエネルギーから原子番号に依存した情報が得られるため、材料中の元素種類とその組成比も同時に解析できます。
質量分解能の基本
後方散乱されるイオンのエネルギーは、そのイオンが衝突したターゲット原子の質量(原子番号)に依存し、より重い原子核ほど高いエネルギーで散乱されます。
これを「k因子」と呼ぶ運動学的係数で表現し、RBSスペクトルにおけるピーク位置は元素ごとに固有の値となります。
そのため、スペクトル上に現れる複数のピークから各元素の存在を特定、ピーク強度から相対組成比を算出できます。
組成比の定量化と深さ分布
RBSの他のX線分析などと大きく異なる点は、「組成の深さ分布」まで可視化できることです。
これは、試料を通過することでイオンが失う総エネルギーが深さ方向に比例しているためです。
スペクトルの解析から、表面に近い部分と深い部分で構成元素の比率や濃度を計算でき、多層構造や拡散現象の観察、プロファイリングが可能です。
例えば、金属/酸化物/半導体の多層構造中で金属原子の拡散挙動や界面組成の測定にも利用されています。
また、計算上必要な絶対散乱断面積やストッピングパワーは理論値も多く揃っており、既知試料と比較することで高い精度の絶対定量が行なえます。
軽元素の検出感度と課題
RBSは高原子番号元素ほど検出感度に優れる一方、リチウムや炭素、酸素などの軽元素は、k因子が低くスペクトル分解能が低下しやすくなります。
そのため、これらを高感度で定量的に評価する場合は、重水素やプロトンビームの利用や補助的に核反応分析(NRA)などを組み合わせる場合もあります。
RBSの活用例と多層薄膜分析の実際
半導体デバイス製造現場での応用
現代の半導体製造には極めて精密なナノレベルの薄膜制御が必要です。
ゲート酸化膜(SiO2)、高k絶縁膜、メタルゲート、バリア層、カバー層、変調ドープ層など、多階層の積層構造が標準となっています。
それらは厚みだけでなく、組成均一性や界面拡散が製品の性能に大きく影響するため、RBSは様々な製造工程・検査で重要な分析ツールです。
典型的な例として、以下のような多層分析がRBSで実現します。
– SiO2/Si3N4/多結晶Siなどの積層ゲート構造
– TaN/TiN/Al多層配線バリア構造の組成と界面評価
– 酸化膜、窒化膜の厚さモニタリングおよび不純物ドーピング層の長さ・濃度プロファイル評価
光学薄膜・コーティングの設計・品質管理
高反射ミラーや干渉フィルタ用の多層光学コーティングでも、RBSは各層の材料厚みの配分や純度監視に利用されています。
例えば、SiO2/TiO2/Al2O3/Si3N4といった10層以上の多層膜解析などにも対応可能で、蒸着条件や加熱処理による層間拡散や組成変化の確認も容易です。
厚み制御や均一性の維持が重要な光学エンジニアリングでも不可欠な評価技術です。
高感度組成定量と検量線フリーの絶対分析
RBSは上述の通り、散乱断面積やストッピングパワーに基づいた「絶対分析」ができるため、標準物質による検量線(校正カーブ)を必要としません。
これにより、新素材や未知組成の試料や、新たな製膜技術の評価などで、大きな柔軟性と信頼性を持ちます。
また、重元素の微量検出も容易に実現できるため、二次電池材料や熱電材料などの高機能薄膜では有力な組成定量ツールとなっています。
RBS多層薄膜分析を成功させるコツと注意点
モデル化とシミュレーション解析の重要性
多層膜解析では、スペクトルの段差構造や重なり、エネルギー損失の複雑さから、専門的な解析ソフトを駆使した「シミュレーションフィッティング」が不可欠です。
一般的には、SimNRAやRUMP、GISAなどのシミュレーションツールを使い、実測スペクトルと計算スペクトルを比較し、各層の厚さ・組成・界面状態を最適にモデル化します。
精度の高い解析結果を得るには、事前情報(各層の想定材質や厚さレンジなど)の活用や、膜密度・ストッピングパワー係数の信頼性確保も重要です。
空間分解能・深さ分解能の限界
RBSでは、一般的に10nm程度以上の厚み・深さ分解能がありますが、数nmの表面層や急峻な界面などでは検出限界に注意が必要です。
また、多層膜の各層間で密度変化や結合状態の違いがある場合、それらを取り込んだ適切なモデル化が求められます。
表面粗さや汚染層の影響
表面粗さや吸着した水蒸気、酸化・有機汚染などの表面層はスペクトル解析に影響を与えることがあり、測定前のクリーンアップや適切なバックグラウンド処理が必要です。
まとめ:RBSによる膜厚決定と組成定量の優位性
Rutherford後方散乱分光(RBS)は、多層薄膜構造の膜厚測定と組成定量を「非破壊・深さ分布解析・絶対分析」という高い次元で同時に実現できる先端的な分析手法です。
ナノメートルスケールから数ミクロンまでの薄膜厚みや、複雑な多層構造の組成プロファイルを一度の測定で網羅的に取得できることから、最先端の材料開発、半導体・光学デバイス、先端機能材料の品質保証に不可欠な評価技術として位置付けられています。
今後、薄膜技術の更なる高機能・高集積化が進む中で、RBSの役割とその将来性はますます拡大していくことでしょう。