STEM‐EELSコアロス領域解析とカーボン薄膜のπ*ピーク定量
STEM-EELSコアロス領域解析の基礎
STEM-EELS(走査型透過電子顕微鏡-電子エネルギー損失分光法)は、微細構造解析や元素状態の理解に不可欠な手法です。
とくにEELS(電子エネルギー損失分光法)は、電子線が試料と相互作用した際のエネルギー損失を精密に分析することで、試料の化学的・電子的性質を明らかにできます。
このEELSのコアロス領域解析は、対象元素の内殻電子遷移(コア-エグジット)に注目し、原子ごとの電子構造や化学状態、さらには結合状態の違いを評価できる点が特徴です。
特にカーボン薄膜のような軽元素材料では、π*ピーク(パイスター・ピーク)の定量分析が材料設計や評価に重要な指標となります。
コアロス領域の解析手法
コアロス領域とは何か
EELSスペクトルは、低損失領域(Zero-loss、Plasmon loss)とコアロス領域に大別できます。
コアロス領域では、励起された電子が元素ごとに特有のエネルギーで励起されるため、各元素の「指紋」といえる情報が取得できます。
たとえば、カーボンのKエッジは約284eV付近に現れます。
ピークの割り当てと意味
コアロス領域には、一般的に次のようなピークが認められます。
カーボンKエッジにはπ*ピーク(284 eV付近)とσ*ピーク(291 eV付近)が存在します。
π*ピークはグラファイト型やsp2結合、σ*ピークはsp3結合の指標となるため、材料中の結合状態を推定するうえで極めて有効です。
測定とスペクトル処理の流れ
EELS測定においては、バックグラウンド(背景信号)の除去が重要です。
一般にはパワーロー(Power-law)関数で背景を近似し、コアロス端の直前でフィットした背景を引きます。
こうすることで、実質的なピーク領域のみを定量化に使用できるため、より高精度な分析が可能となります。
カーボン薄膜のπ*ピークの定量分析
π*ピークとは
π*ピークは、カーボン原子の2p軌道が未占有π反結合軌道に電子が励起されることによって発生する吸収ピークです。
主にsp2結合(グラファイト的結合)に由来し、アモルファスカーボンやグラフェン、多層グラファイトの分析指標となります。
π*ピーク定量の重要性
π*ピークの強度比(π*/σ*)は、カーボン材料におけるグラファイト性やアモルファス成分の割合を反映します。
この比率を求めることで、薄膜材料やコーティング材の構造・品質評価、さらには機能性材料開発のフィードバックに直結します。
具体的には、グラフェンやCNT(カーボンナノチューブ)の品質確認、あるいはDLC(ダイヤモンドライクカーボン)のsp2/sp3比の定量化など、多彩な用途に活用されています。
具体的な定量手順
まずEELSスペクトルを取得し、パワーローによるバックグラウンド除去処理を実施します。
次に、π*ピーク(通常は284~286eV)の領域を積分し、σ*ピーク(通常は290~315eV)の領域も同様に積分します。
これらの積分値から比率を算出し、材料のsp2/sp3含有比率を導出します。
ピーク分離をより精密に行うには、Voigt関数やGauss関数によるフッティングも用いられます。
これにより、重なりあったピークの分離や定量精度が格段に向上します。
さらに、標準試料(例えばグラファイトとダイヤモンド)との比較によって〔絶対値〕としてのsp2/sp3比率を得ることも一般的です。
実際の解析事例
アモルファスカーボン膜のEELSコアロス領域解析を実施した事例を考えます。
得られたスペクトルには、明確なπ*ピークとσ*ピークが観測されました。
パワーローによるバックグラウンド除去後、π*ピークからσ*ピークの積分値を計算し、それぞれのピーク強度比を求めました。
これにより試料がグラファイト成分優位なのか、ダイヤモンド構造優位なのかを明確に判定できました。
もう一つの例として、多層グラフェン薄膜についての解析では、π*ピークが非常にシャープかつ強度が高いのが特徴です。
これはsp2結合が非常に規則的に並んでいることを示す指標であり、材料の結晶性や均質性を高精度で検証できました。
こうした定量解析により、研究開発段階での構造最適化、または量産品質管理への応用が進んでいます。
STEM-EELS解析の応用分野
走査型透過電子顕微鏡(STEM)の高分解能を活かしたEELSの空間分解能解析では、ナノ領域の構造変化や界面評価も可能です。
たとえば電池材料、触媒、半導体デバイスの微細構造評価に応用されています。
カーボン薄膜のπ*ピーク定量でも、リチウムイオン電池の電極材料や高機能防食膜などさまざまな産業材料で質的・量的な評価が重要です。
最近では、STEMのマッピング機能と組み合わせ、小領域ごとの結合状態分布や異常領域の同定も可能となっています。
これらは高品質材料の設計や新材料開発における重要なヒントを提供します。
高精度化のためのポイント
STEM-EELSコアロス領域解析とカーボン薄膜のπ*ピーク定量を高精度に行うには、以下のポイントが挙げられます。
・バックグラウンド処理:パワーロー関数の適切な選択
・エネルギー分解能の確保:できるだけ高分解能な装置の選択
・ピーク分離技術:フッティング手法や標準試料との比較
・試料前処理:コンタミや厚みの均一性確保
・マッピングとの連携:異常領域や界面の重点評価
これらを意識することで、定量性・再現性の高い信頼性のあるデータ取得が可能となります。
まとめ
STEM-EELSコアロス領域解析は、材料科学・ナノテクノロジーの最先端研究を支える重要な分析技術です。
カーボン薄膜のπ*ピークの定量は、グラファイト性やsp2結合割合の評価指標として、材料開発や品質管理に不可欠です。
解析の精度向上には、バックグラウンド除去、ピーク分離、標準サンプル活用などの工夫が求められます。
今後もSTEM-EELSの技術革新によって、さらに高度な微細構造制御と高機能材料開発の実現が期待されます。