透過型電子顕微鏡TEMサンプルFIB薄膜作製とダメージ抑制

透過型電子顕微鏡(TEM)サンプルFIB薄膜作製の概要

透過型電子顕微鏡(TEM)は、ナノスケールでの材料観察や物性評価に欠かせない分析装置です。
TEMによる高解像度観察を行うためには、試料の厚みを100 nm以下、場合によっては数十nm程度まで薄くする必要があります。
近年、精密な局所領域から試料を作製する手段として注目されているのが集束イオンビーム(FIB: Focused Ion Beam)技術です。
FIBを用いたTEM試料作製は、半導体デバイスや金属材料、新エネルギー材料の局所構造や界面観察において不可欠となっています。

本記事では、FIBによるTEM薄膜試料作製の基本的な流れから、避けて通れないイオンビームによるダメージ(損傷)の概要、そしてその抑制方法までを詳しく解説します。
現在の材料科学や半導体研究の現場では、TEM観察用の高品質なサンプル作製技術の有無が解析精度に直結しています。
最先端の研究・開発現場に対応できるFIB試料作製とダメージ抑制の実践ポイントをお伝えします。

FIBによるTEMサンプル薄膜作製の工程

1. サンプル表面の前処理

FIBによるTEM薄膜作製を開始する前に、試料表面の前処理が重要になります。
一般的には、試料全面に保護膜(カーボンやプラチナなど)をFIB装置の電子ビームデポジションまたはガス注入法で形成します。
この保護膜は、イオンビーム照射時に生じる損傷の緩和や、試料本体の削れ・変形を防ぐ働きがあります。

2. グロスミリング(荒削り)

保護膜を形成した後、FIBの高加速電圧・高ビーム電流を用いて、サンプルから観察したい領域を粗く削り出します。
これをグロスミリング、または“粗加工”と呼びます。
この工程では不要な部分を大まかに除去し、最終的に薄膜標本となる領域の目安を付けます。

3. リフトアウト法による薄膜切り出し

グロスミリングにより薄膜標本の輪郭ができ上がったら、針状プローブを使い、薄膜部を試料基板から切り離して専用のTEMグリッド上に転写します。
このプロセスを「リフトアウト」と呼びます。
現在のFIB装置の多くはオートリフトアウト機能を搭載しており、微小なTEMサンプルを損傷・変形させることなく高精度に取り扱うことができます。

4. ファイナルミリング(仕上げ磨き)

グリッドに取付けた薄膜標本をFIB装置内で精密に仕上げ加工します。
この工程では低加速電圧(例: 2-5 kV)、低ビーム電流を用い、最終的な厚みを数十nmレベルに調整しつつ、表面を滑らかに仕上げます。
高加速・高電流ミリングで生じた表面損傷層を最小限にし、TEM観察に最適なサンプルへと仕上げる最重要プロセスです。

5. 追加のダメージ除去処理

必要に応じて、Arイオンミリングや低エネルギーイオンビーム、さらにはプラズマエッチング等を併用し、FIB加工で生じたダメージ層や再堆積、表面の変質層をさらに薄く除去することがあります。

FIBによるダメージ(損傷)の原因と影響

イオンビームの損傷メカニズム

FIB装置で主に用いられるイオンはガリウム(Ga+)です。
加速されたガリウムイオンが試料表面へ衝突することで、主に下記のような損傷が誘起されます。

– アモルファス化: 結晶性材料では、表面数nm〜数十nmの範囲がアモルファス化(非晶質化)します。
– ガリウム注入: ガリウムイオンそのものが材料内部へ入り込み、組成異常や不純物導入をもたらします。
– 表面の再堆積: ミリングで飛ばされた微細な破片が再び表面に付着し、観察面が汚染されます。
– 電荷蓄積・帯電: 絶縁材料や有機材料では帯電しやすく、局所構造変化を誘発します。

このような損傷はTEMによる高分解能観察や、EDS(エネルギー分散型X線分光)による元素分析、さらにはEELS(電子エネルギー損失分光)等の定量的解析に深刻な影響を及ぼします。

損傷層の観察例と具体的影響

TEM観察画像では、FIB加工部の最表面に低コントラストな層(アモルファス層)が現れます。
この層が厚いと、本来解析したい結晶構造が見えなくなる、正しい格子情報が取得できない、元素分析でガリウムピークが生じるといった問題に繋がります。

特に半導体界面の原子スケール観察、酸化物やナノ粒子の構造評価などで、とりわけ精密なサンプル作製が求められる場合には、ごく薄いダメージ層でも大きな解析誤差の原因となり得ます。

FIB加工ダメージ抑制の最新テクニック

FIBによる損傷を極力抑えて、高品質なTEMサンプルを作製するためには、多くの工夫とノウハウが必要です。

低加速・低電流による仕上げミリング

最終仕上げ工程では加速電圧を通常30kVから5kVや2kVまで下げ、低電流ビームで表面を丁寧にスキャンします。
これにより発生するアモルファス層やイオン注入の深さが大きく低減します。
低エネルギーでの走査は加工スピードが落ちるデメリットもありますが、ダメージ抑制のためには欠かせない手法です。

保護膜の多層化や硬度選択

従来のカーボンやプラチナのほか、W(C)やSiOxなど多層化・高硬度保護膜を採用することで、FIB損傷が下のターゲット材料に直接及びにくくなります。
また、ゲート絶縁膜やパッシベーション層など、本来のデバイス素子の構成層自体を保護膜として活用する事例も増えています。

イオン種の変更と軽元素利用

近年は、Gaイオン以外にもヘリウムイオンやアルゴンイオンなど、より軽いイオンを利用したFIB装置も登場し始めています。
これらは注入深さや材料への影響が少なく、極薄膜サンプルや有機材料、半導体デバイスの最表層観察に有利です。

クリオFIB(低温FIB)の活用

感受性の高い高分子材料やバイオ試料では、クリオ(氷結)状態でFIB加工を行う「クリオFIB」が効果的です。
低温下では原子の移動が抑制され、熱による損傷や変質、再堆積が大幅に減少します。
とくに生体分子のネイティブ構造をTEMで観察できる点で、近年注目を集めています。

FIB加工後のプラズマクリーニングやイオンミリング

FIB加工終了後、更にArやXeプラズマクリーニングもしくは低エネルギーのArイオンミリングを行うことで、表面に残った再堆積物や微細なダメージ層の除去が可能です。
TEMの観察精度や分析精度向上のためには、このひと手間が重要となります。

材料ごとのFIB-TEM試料作製の注意点

半導体デバイスの場合

・多層配線構造や界面観察時は、保護層の選定と界面部へのダメージ抑制が極めて重要です。
・絶縁膜領域は帯電しやすいので、チャージ対策として薄いカーボンコートを全体に付加することも有効です。

金属材料・高融点金属の場合

・熱伝導が高く、FIB加工中の局所加熱による変質は比較的起こりにくいです。
・ただし多結晶粒界や析出物、相界面の情報を壊さぬよう低加速電圧ミリングを徹底する必要があります。

高分子・ライフサイエンス材料の場合

・有機材料や生体試料はFIBの熱ダメージを受けやすいため、クリオFIBや保護膜の厚み調整がポイントです。
・帯電・汚染にも特に注意が必要で、加工直後の素早いプラズマクリーニングを推奨します。

FIB-TEM試料作製とダメージ抑制の今後

TEM観察の高分解能化が進む一方、サンプルの薄膜化・微細化もますます要求レベルが高まっています。
FIBによるTEM試料作製技術は、ナノ材料開発・半導体産業・バイオイメージングまで、研究と産業の根幹を支える基盤技術です。

今後は、AIによる加工領域の自動判別や、更なる低エネルギー化・多様なイオン種の利用、マルチビームFIBなど新技術の登場が期待されます。
また、FIB加工に由来するダメージインターフェースを定量評価する解析手法との組み合わせも進んでいくでしょう。

高品質で低ダメージなTEMサンプルの作製力こそが、世界の最先端材料研究・製品開発現場で勝負する鍵となります。
FIB-TEMサンプル作製とダメージ抑制のノウハウを着実に積み重ね、グローバルの研究水準をリードする材料開発を目指しましょう。

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