VNAベクトルネットワークアナライザのTRL校正とミリ波導波路測定
VNAベクトルネットワークアナライザのTRL校正とミリ波導波路測定の基礎
ベクトルネットワークアナライザ(VNA)は、高周波回路やマイクロ波、ミリ波領域において、Sパラメータ(散乱パラメータ)の正確な測定を行うための不可欠な計測機器です。
VNAを活用する際、測定精度を大きく左右するのが「校正」です。
特に、TRL校正(Through-Reflect-Line校正)は、導波路やミリ波領域の測定において高精度なキャリブレーションを実現します。
TRL校正の正しい理解と応用は、ミリ波伝送路やデバイス評価など、最先端の無線通信・レーダー技術開発にとって不可欠です。
ここでは、TRL校正の原理や、ミリ波導波路測定時のポイントについて詳しく解説します。
VNA測定における校正の重要性
VNAは送信・受信の2ポートもしくは4ポートのネットワークアナライザです。
試料とプローブやコネクタ部との接続で必ず発生する測定系の損失や反射、位相エラーがあるため、あらかじめこれら誤差要因を除去する「校正」が必要になります。
VNA校正は、被試験物(DUT:Device Under Test)を接続する前に、基準となる標準回路(キャリブレーションスタンダード)を用いて行います。
この時、校正方法によって以下の違いがあります。
SOLT校正とTRL校正の違い
一般的な校正方法としては、SOLT(Short-Open-Load-Through)校正が知られています。
これは同軸コネクタや細線ストリップライン向けで、短絡・開放・規定インピーダンス終端・スルーの4つの基準を用意する方法です。
一方、ミリ波導波路やオンウェハ測定、特殊な形状の回路では、
「標準終端インピーダンス(Load)」や「オープン」などのリファレンスが難しい、もしくは不正確になることがあります。
そこで威力を発揮するのがTRL(Through-Reflect-Line)校正です。
TRL校正の原理とそのメリット
TRL校正は「Through」「Reflect」「Line」の3つの標準回路を用いる校正方法です。
それぞれの特徴は下記の通りです。
Through(スルー)
2つのポートをほとんど導通しているだけの直結状態、あるいは非常に短い伝送路を接続した状態を測定基準とします。
Reflect(リフレクト)
伝送端に高い反射特性(理論的には完全反射)のものを接続して、その反射特性を校正基準とします。
必ずしも特性インピーダンスとは限らず、オープンでもショートでも構いません。
Line(ライン)
「Through」よりも十分に長い伝送路(通常は電気長がThroughよりも90度以上)を使い、伝送特性から位相および遅延成分を補正します。
TRL法は基準終端(あらかじめ正確な規定インピーダンス終端)が不要で、「反射」と「伝送路差」の組み合わせで校正マトリクスを導きます。
理論的には非常に高い校正精度を得やすいため、ミリ波や導波路、またオンチップ測定のような特殊な環境で頻繁に用いられています。
ミリ波導波路測定の基礎とTRL校正の適用
ミリ波(30GHz~300GHz)は、波長が1mm~10mmと短くなるため、同軸構造の実装やコネクタ化が難しくなります。
このため、多くの場合「導波路構造」が使われます。
代表的なのが金属管や基板上マイクロストリップ、コプレーナ線路、オンチップ伝送路などです。
導波路の特性インピーダンスや損失、反射などは、非常に高精度な測定が求められます。
この時、TRL校正を用いることで下記のようなメリットがあります。
- 標準終端を作る必要がない
- 導波路固有のモードや不連続点の影響を緩和できる
- 極めて高周波領域でも安定した校正ができる
TRL校正用標準の設計と注意点
TRL校正用の「スルー」「リフレクト」「ライン」は、同じ物性・形状で作製することが重要です。
ミリ波導波路でTRL標準基板や治具を作る際には、以下のポイントに注意が必要です。
- 導波路間隔や幅を被試験物と同一レイアウトにする
- ThroughとLineの電気長の差が90度以上(最良は90~180度)がベスト
- Reflectは短絡または開放で十分な反射を得る形状にする
- ミリ波伝送路は寸法や基板厚さのバラツキが測定精度に直結するため、高精度な加工が必要
また、TRL校正は「特定の周波数帯域で制度が最適化」されるため、周波数範囲内でThrough・Lineの電気長設計を行う必要があります。
VNAミリ波測定の具体的なステップ
導波路やミリ波伝送路の測定においてVNAとTRL校正を組み合わせる基本的な手順は次のようになります。
1. TRL校正ユニット設計・作成
まず、被試験導波路と同一寸法・形状・基板材料で、TRL用のスルー、リフレクト、ライン基板や治具を作成します。
2. VNA校正機能の設定
VNA本体またはソフトウェアで「カスタムTRL校正」モードを選択します。
ユーザー定義のキャリブレーションステップを設定できるVNAを使用することが重要です。
3. TRL校正基準の測定
規定の手順に従い、スルー基準→リフレクト基準→ライン基準の順番でVNAに接続し、それぞれのSパラメータを測定していきます。
4. 校正マトリクスの演算と補正パラメータの生成
VNA内またはオフライン解析でTRL法に基づく校正演算を行い、測定ポート直前・直後のVNAの実体応答を抽出・補正します。
データは高精度なSパラメータ補正として反映されます。
5. 被試験導波路またはデバイスの測定
校正が終了したら、ミリ波導波路やデバイスを直接VNAへ接続して正確な測定を実施します。
ここで得られるSパラメータは、余分な損失・反射・位相ズレが取り除かれた“真の応答”となっています。
ミリ波VNA測定の課題と最新動向
ミリ波・サブテラヘルツ領域になると、回路の寄生容量・抵抗、接触・治具ロス、立ち上がりやフィクスチャ切り替え誤差などが深刻になります。
TRL校正はこれら補正に強い一方、以下のような課題もあります。
- 校正基準の微細バラツキの影響
- ThroughやLineの寸法不整合
- 温度変化や材料特性の漂移
近年は、これらの課題克服のために「TRL+LRM校正」「垂直プローブ用TRL」「LMR(Line–Match–Reflect)校正」などの発展手法が研究・実用化されています。
また、高分解能の3Dプリントや低損失材料の利用で、安定したTRL基準治具の設計が進み、より高い帯域と安定校正が可能になっています。
VNAとTRL校正の最新応用事例
ミリ波VNA測定とTRL校正は、さまざまな最先端分野で活用されています。
- 5G/6G無線通信モジュール、アンテナ特性評価
- 車載レーダー(77GHz帯域)前後方スキャナーの測定
- 高周波バイオセンサーや医療機器用オンチップ回路評価
- サブテラヘルツセンサー向け素材・伝送路のテスト
こうした分野では、「加熱下での測定」「オンウェハ非破壊測定」「複雑な多層基板伝送路のリアルタイム測定」などにもTRL校正ベースのVNA測定が広く導入されています。
まとめ:TRL校正とVNAを活かした精密ミリ波測定技術
ミリ波、導波路など高周波領域における正確な伝送特性評価には、ベクトルネットワークアナライザとTRL校正が不可欠です。
SOLT校正と比べ、より汎用的かつ高精度な校正基準を任意構造で設計できる点がTRL校正の最大の強みです。
TRL校正によるVNA測定は、ミリ波導波路や高周波デバイスの研究開発、今後の5G/6G通信、レーダー、センシングなど幅広い分野でますます重要度を増しています。
校正治具や基板設計、温度管理、周波数範囲設計など個別の最適化も必須ですが、TRL校正とVNA測定をしっかりと理解・活用することで、最先端ミリ波計測技術の確立につながります。