大気汚染防止法と印刷業界の対応策―VOC削減の課題と解決策

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大気汚染防止法とは

大気汚染防止法は、工場や事業場から排出される汚染物質を規制し、大気環境の保全を図るための基幹法です。
なかでも揮発性有機化合物(VOC)は、光化学オキシダントや微小粒子状物質(PM2.5)の生成要因として注目され、2006年の改正で排出抑制が義務化されました。
印刷業はVOC排出量が多い業種に分類され、インキや洗浄溶剤などから年間数万トン規模のVOCが放散されていると推計されます。

改正のポイント

・事業者に排出抑制計画の策定と実施状況の評価が義務付けられた。
・VOC排出施設には濃度規制と設備基準が設定された。
・罰則付き報告徴収と立入検査が可能になり、コンプライアンスの重要性が増した。

印刷業界におけるVOC排出の現状

日本印刷産業連合会の調査によると、オフセット枚葉印刷とグラビア印刷がVOC排出の大半を占めます。
特に溶剤系グラビアでは、トルエンやメチルエチルケトンが大量に使用され、排出係数は1トン当たり600~700kgにも達します。
一方、デジタル印刷やUV硬化型インキの普及により、排出原単位は徐々に低減しているものの、目標達成には追加対策が不可欠です。

主な発生源

・印刷工程でのインキ乾燥時の揮発
・版洗浄やブランケット洗浄に用いる有機溶剤
・印刷後のコーティングやラミネート用溶剤
これらは工程全体に分散して発生するため、局所排気と全体換気の最適化が必要です。

法規制が印刷工場に与える影響

排出濃度基準を満たすために、濃度管理、換気設計、燃焼処理装置の導入が求められます。
違反があれば行政指導や改善命令、最悪の場合は操業停止のリスクがあるため、規制値ギリギリではなく安全幅を持った運用が推奨されます。

排出基準と管理義務

従来型グラビア印刷機の場合、排気中VOC濃度は600ppmC程度ですが、基準値は200ppmC前後となるため、濃縮+燃焼式の揮発成分処理装置が必須となります。
また、原材料の受入量と排出量を記録し、年次報告書として自治体へ提出する義務があります。

VOC削減の課題

現場が直面する課題は「技術的障壁」と「コスト」の二つに大別されます。

技術的障壁

・水性インキは乾燥速度が遅く、生産性への影響が懸念される。
・UVインキは光源機器の初期投資が高い。
・溶剤回収装置は高濃度排気を前提としており、低濃度ラインでは効率が落ちる。

コスト面の課題

省溶剤化のための設備投資は数百万円から数億円規模になる場合があります。
さらに運転コストとして電気代や補助燃料費が発生し、利益率の低い中小印刷会社ほど導入に踏み切りにくいのが現状です。

具体的なVOC削減の解決策

技術選定に当たっては、工程特性、製品品質、投資回収期間を総合的に評価する必要があります。

水性インキへの置換

水性グラビアインキはVOC含有率を90%以上削減できます。
最近は耐摩耗性や光沢も溶剤系に匹敵し、食品包装や紙器分野で採用が拡大しています。
乾燥効率を高めるためには、熱風温度の最適化と乾燥ダクトの断熱強化が効果的です。

溶剤回収装置の導入

活性炭吸着+蒸気再生方式やロータリー濃縮+触媒燃焼方式が主流です。
溶剤を再利用できるため、年間数百万円規模の溶剤費削減が見込めます。
ただし、活性炭の交換周期や燃焼触媒の劣化を考慮した保全計画が必要です。

プロセス最適化と5S

小ロット多品種化が進む中、洗浄回数の増加がVOC排出を押し上げています。
段取り替え時間の短縮、色替え手順の標準化、不要洗浄の削減など、5S活動による工程改善は低コストで即効性があります。
また、洗浄溶剤をウエスではなく全閉循環式洗浄機で使用するだけでも、飛散量を30%以上削減できます。

補助金・支援制度の活用

環境省の低炭素投資促進補助金や中小企業庁のものづくり補助金では、VOC削減設備が対象となるケースがあります。
補助率は1/2から2/3で、上限1億円規模の採択例もあります。
申請には排出削減効果の定量評価が必須であり、事前に測定データと削減計画を準備することが成功の鍵です。
また、自治体独自の利子補給制度や、リース会社との環境リースプログラムも活用することでキャッシュフローを平準化できます。

まとめと今後の展望

大気汚染防止法の強化により、印刷業界はVOC削減を経営課題として真正面から捉える必要があります。
水性インキ、UV硬化、溶剤回収装置などの技術は成熟段階に近づき、品質面の懸念は着実に解消されつつあります。
一方で、中小企業が単独で投資を行うのはハードルが高いため、産業クラスターでの共同装置導入や、商社・インキメーカーとの協調が求められます。
今後は脱炭素の観点から、省エネルギーとVOC削減を同時に達成する装置への需要が高まるでしょう。
規制遵守にとどまらず、環境配慮型製品を武器に新たな市場を開拓する企業が、生き残る時代がすでに始まっています。

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