印刷物の抗菌加工と医療・食品業界での採用事例

抗菌加工とは

抗菌加工とは、素材の表面に微生物の増殖を抑制する成分を付与し、細菌やカビなどの繁殖を防ぐ技術です。
印刷物の場合、インキやニスに抗菌剤を練り込む、もしくは印刷後に抗菌コーティングを施す方法が採られます。
JIS Z 2801やISO 22196に基づく抗菌性試験をクリアした製品は、抗菌効果が公的に認められていると判断できます。

抗菌加工を施した印刷物が注目される背景

新型コロナウイルスの流行以降、接触感染リスクの低減が社会的課題となりました。
医療施設や食品工場では以前から衛生管理が求められていましたが、オフィスや店舗を含むあらゆる場面で「触れるものの清潔さ」が重要視されています。
印刷物は名刺、パンフレット、メニュー、ラベルなど日常的に手に触れるため、抗菌加工による付加価値が高まっています。
SDGsの観点から長寿命化や安全性を訴求しやすい点も、導入を後押しする要因です。

医療業界での採用事例

病院内サイン・掲示物

病院内では案内板やフロアマップが多数設置され、来院者が頻繁に接触します。
抗菌加工を施した大型パネルやポスターを導入することで、院内感染対策の一助となります。
特に小児科や高齢者向け病棟では免疫力の低い患者が多く、抗菌サインの需要が高いです。

診察券・患者向けリーフレット

診察券は患者が長期間携行し再利用するため、表面の清潔性が求められます。
耐久性のあるPETカードに抗菌ニスをコーティングすることで、汚れや擦れにも強い診察券が実現します。
また、手術説明書や投薬指導冊子などは繰り返し閲覧されるため、抗菌印刷により安心感を付与できます。

医療機器ラベル

医療機器の管理ラベルやバーコードシールは、アルコール消毒を頻繁に受ける環境下でも剝がれにくさが重要です。
抗菌・耐薬品性を両立したフィルムにUVインキで印刷することで、長期使用に耐える仕様が実現します。

食品業界での採用事例

商品パッケージ

直接食品に触れない外装箱や帯ラベルでも、抗菌加工が施されていれば店頭での衛生イメージ向上に寄与します。
冷凍・冷蔵環境下でも抗菌効果が維持される銀イオン系の添加剤が多用されています。

店舗什器・メニュー表

飲食店の卓上メニューは不特定多数が触れるため、ラミネートフィルムに抗菌剤を混合する採用例が増えています。
加えて、テーブルマットやトレーの下敷きを抗菌印刷で製作し、使い捨てを減らしつつ衛生面を保つ取り組みも進んでいます。

流通段階でのラベル

加工食品の製造ラインでは、製造日やロット番号を表示するラベルが水分や油分にさらされます。
抗菌フィルムを用いることで菌の繁殖を抑制し、品質クレームを未然に防ぎます。

抗菌印刷物の効果と検証方法

抗菌性能は、試験菌を付着させ一定時間経過後の生菌数を対照と比較し評価します。
一般的に2.0以上の抗菌活性値があれば99%以上の細菌抑制効果があるとされています。
実運用下の拭き取り検査やATPふき取り検査を併用すると、より現場に即した効果検証が可能です。

抗菌技術の種類と印刷工程

もっとも普及するのは銀系無機抗菌剤で、広範な菌種に効果があり変色が少ない利点があります。
亜鉛、銅などの金属イオン系もありますが、着色やコストの面で用途が限定されます。
印刷工程では、オフセット印刷なら抗菌ニスや水なし印刷と組み合わせ、UVインキに直接混合する手法が一般的です。
シール印刷やデジタル印刷でも、インキメーカーが提供する抗菌グレードを選択するだけで、特別な設備投資なく導入できます。

導入メリットと留意点

最大のメリットは、物理的に削れない限り抗菌成分が表面に残存し続けるため、長期間効果を維持できる点です。
利用者の安心感向上やブランドイメージの差別化も図れます。
一方、耐薬品性や耐候性が求められる用途では、事前に摩耗試験やアルコール耐性試験を行う必要があります。
抗菌効果はウイルスに対しては直接的ではないため、「抗ウイルス」表示には別途ISO 21702などの試験が必要です。

法規制・表示基準

日本では、抗菌加工製品の表示に関して具体的な法律はありませんが、景品表示法の「優良誤認」に該当しないよう注意が必要です。
SIAAマークを取得すれば、試験法・安全性・適正表示の三要件を満たしていると示せます。
食品に直接触れる包装資材は、食品衛生法やポジティブリスト制度の対象となるため、使用原料の確認が必須です。

コスト試算とROI

抗菌印刷は通常の印刷に比べ5〜15%程度のコストアップが一般的です。
たとえばA4パンフレット1000部を抗菌ニスで加工した場合、1部あたり3〜6円の上乗せにとどまります。
院内感染や食品の自主回収に伴う損失を考慮すれば、導入コストを十分に回収できるケースが多いです。

抗菌印刷物を発注する際のチェックリスト

1. 抗菌剤の種類と安全性データシートを確認する。
2. JIS・ISO試験の成績書を取得する。
3. 用途に応じた耐薬品・耐摩耗試験を追加依頼する。
4. 景品表示法に準拠した表示内容を校正段階でチェックする。
5. 廃棄時のリサイクル適性を考慮し、分別しやすい素材を選択する。

今後の市場動向と技術革新

2025年には抗菌印刷市場規模が国内で600億円を超えるとの調査もあります。
水性インクジェットによるオンデマンド抗菌印刷や、再生紙対応の環境配慮型抗菌ニスが開発されており、サステナブル需要に対応しています。
また、光触媒と銀イオンを複合化したハイブリッド技術により、抗ウイルス性能を同時に付与できる製品が登場しています。
医療・食品以外にも、教育機関や公共交通機関での採用が見込まれ、市場はさらに拡大するでしょう。

まとめ

印刷物の抗菌加工は、感染症対策意識の高まりを背景に急速に普及しています。
医療現場では診察券や院内サイン、食品業界ではパッケージやメニュー表など、多様な採用事例が存在します。
銀系抗菌剤を中心に、印刷工程へ容易に組み込める技術が確立しており、コストも許容範囲内です。
導入時には試験データと表示基準を確認し、用途に適した素材・加工方法を選ぶことが重要です。
今後は抗ウイルス機能や環境配慮型材料との融合が進み、抗菌印刷物はより高付加価値なソリューションへと進化していくと予想されます。