食品の二次構造変化を解析する円二色性分光法の応用

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円二色性分光法とは

円二色性分光法(Circular Dichroism:CD)は、円偏光を用いてキラル分子が示す吸収差を測定する分光法です。
主にタンパク質やペプチドの二次構造、すなわちαヘリックス、βシート、ランダムコイルの割合を迅速に推定できるため、生命科学分野では古くから利用されてきました。
食品分野ではタンパク質機能性と食感に直結する構造変化のモニタリングに重要な手段となりつつあります。
測定波長域は190〜260 nmが中心で、特定波長におけるシグナルの強度と符号から二次構造を解析します。
サンプル濃度が低くても測定でき、非破壊でリアルタイムに追跡できる点が大きな利点です。

食品タンパク質の二次構造と品質への影響

食品タンパク質は加熱、pH変化、塩添加、圧力処理などの加工操作で構造が大きく変化します。
二次構造の変化は保水性、粘弾性、乳化性、起泡性、さらには消化速度やアレルゲン性にも影響します。
たとえばαヘリックスがβシートに転換すると凝集しやすくなり、ゲル化や沈殿を引き起こす可能性があります。
逆にランダムコイル化すれば柔らかな食感や高い水分保持が得られる場合があります。
したがって、最終製品の品質を安定させるには、加工中の二次構造変化を定量的に管理することが不可欠です。

円二色性分光法による二次構造変化の測定手順

1. サンプル調製
タンパク質濃度は0.05〜0.5 mg/mLが推奨されます。
緩衝液は紫外域の吸収が少ないリン酸バッファーや水を用い、濁度を下げるために遠心またはろ過を行います。

2. 測定条件設定
セル長は通常0.1 cm。
190 nm以下では溶媒吸収が増えるため、窒素パージで脱酸素しノイズを低減します。
温度可変ジャケット付きセルホルダーを利用すれば、加熱や冷却による構造変化をリアルタイム追跡できます。

3. スペクトル取得
190〜260 nmを1 nm刻みで走査し、ベースラインとして緩衝液のみのスペクトルを差し引きます。

4. 二次構造推定
ALPHA、CONTIN、CDSSTRなどのアルゴリズムを使い、実測スペクトルを参照データベースとフィッティングして割合を算出します。

5. 結果の評価
加工時間、温度、pHなどのパラメータと二次構造割合を相関解析し、最適条件を決定します。

食品分野での具体的な応用事例

乳製品の熱変性解析

乳タンパク質は70 °C付近でαラクトアルブミンが、80 °C以上でβラクトグロブリンが変性します。
CD測定によりβラクトグロブリンのβシート増加を追跡した結果、加熱時間10分を超えると凝集が急激に進行することが明らかになりました。
この知見を基に、UHT処理条件を95 °C・5秒へ最適化し、風味と粘度を維持したまま殺菌効率を高めることに成功しました。

大豆タンパク質の凝集評価

大豆タンパク質分離物をpH 7で加熱するとβシート含量が増加し、ゲル強度が上昇します。
一方、還元剤を添加するとαヘリックスが回復し、柔らかなテクスチャーが得られます。
CD分光法を用いて還元剤濃度と二次構造の関係を定量化し、植物肉のジューシーさを向上させた事例が報告されています。

グルテンフリー製品の構造最適化

米粉ベースのパン生地にキサンタンガムを添加すると、CDスペクトルでランダムコイル成分が増加しました。
これにより生地伸展性が改善し、焼成後の比容積が14 %向上しました。
グルテン不在でもタンパク質と多糖の相互作用をCDで解析することで、食感制御が可能となります。

他の分光法との比較と円二色性分光法のメリット

赤外吸収(FT-IR)は水吸収の影響を受けやすく、サンプル前処理が必要です。
蛍光分光法は三次構造変化には敏感ですが、二次構造を直接反映しません。
これに対しCD分光法は水溶液中でそのまま測定でき、数分で二次構造を推定できる点が優れています。
さらにタンパク質濃度が低くても信号が得られ、食品原料のコストを抑えつつ高スループット測定が可能です。

解析データの定量化とAI活用

近年は深層学習モデルが大量のCDスペクトルとX線結晶構造の対応データを学習し、高精度な構造予測を実現しています。
食品タンパク質についても、加熱曲線やせん断履歴を入力パラメータとしたマルチタスク学習により、最終食感を高い相関係数で予測できるようになりました。
またオンラインCDセルと組み合わせた連続プロセスでは、AIがリアルタイムでスペクトルを解析し、温度や攪拌速度を自動制御するシステムが開発されています。
これによりバッチ間の品質ばらつきを減らし、省エネルギー化も図れます。

今後の展望と課題

食品複合系では脂質や多糖が多く、散乱によるベースライン揺らぎが課題です。
前方散乱補正セルや分光計側の散乱除去アルゴリズムの改良により精度向上が期待されます。
さらに紫外域下限を170 nmまで拡張する真空UV-CD装置が登場し、より詳細なベータターン解析が可能になる見込みです。
一方、装置コストと操作の専門性が普及の障壁となるため、ユーザーフレンドリーなソフトウェアと教育プログラムが必要です。

まとめ

円二色性分光法は、食品タンパク質の二次構造変化を非破壊・迅速に解析できる強力なツールです。
加熱、pH、圧力など加工条件と構造変化を定量的に結びつけることで、食感や機能性を高精度に制御できます。
乳製品、大豆タンパク質、グルテンフリー製品など多様な応用が報告され、AI解析との融合でリアルタイム品質管理も実現しつつあります。
散乱や装置コストという課題を乗り越えれば、CD分光法は食品開発と生産の標準プロトコルとしてさらに普及すると予想されます。

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