ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)繊維の開発と環境負荷低減

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ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)繊維とは

ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)は、微生物が炭素源をエネルギーとして取り込み、体内に蓄積する天然由来のポリエステル系バイオプラスチックです。
生分解性が高く、土壌や海水中でも最終的に水と二酸化炭素へ分解されるため、廃棄後の環境負荷を大幅に低減できます。
PHAから紡糸されたPHA繊維は、従来の石油由来ポリエステル繊維に近い強度や柔軟性を持ちながら、使用後に自然環境中で分解可能という特長があります。
このユニークな特性が、循環型社会の実現を後押しする素材として注目を集めています。

PHA繊維開発の背景と目的

海洋プラスチック問題と生分解性素材のニーズ

世界のプラスチック生産量は年間4億トンを超え、その一部が適切に回収されず海洋に流出しています。
マイクロプラスチックは生態系や人体への影響が懸念され、国際的な規制が強まっています。
生分解性素材への転換は喫緊の課題であり、特に衣料業界では大量の繊維くずが海洋汚染の一因となっています。
PHA繊維は、海水中でも分解が進む数少ない素材として、サプライチェーン全体のサステナビリティ強化に貢献します。

従来繊維との比較

ポリエステル(PET)は優れた耐久性とコストメリットを持ちますが、分解までに数百年を要します。
一方でポリ乳酸(PLA)は生分解性があるものの、高湿度かつ高温のコンポスト環境が必要です。
PHA繊維は常温常圧の自然界で分解可能な点が大きな差別化要因です。
また、低アレルギー性や生体適合性にも優れ、医療用途でも期待が高まります。

PHA繊維の製造プロセス

微生物発酵によるPHAポリマー合成

糖質や植物油などのバイオマスを培地とし、クチバクターやバチルス属などの微生物を発酵槽で増殖させます。
栄養バランスを調整し、窒素やリンを制限すると微生物はPHAを顆粒として細胞内に蓄積します。
得られるPHAの組成は炭素源や菌種によって変わり、短鎖系(PHB)と中鎖系(mcl-PHA)で物性が異なるため、用途に応じた菌株選択が重要です。

抽出・精製とスピニング技術

発酵後のバイオマスは遠心分離で回収され、溶剤抽出や酵素処理によってPHAを高純度で分離します。
得られたポリマーを溶融紡糸または溶液紡糸し、繊維径や結晶性を制御することで強度や伸度を最適化します。
最近では、グリーン溶媒を用いた低環境負荷プロセスや、二軸延伸による高強度化技術が開発されています。

物性改良のためのブレンドと共重合

PHA単体では脆性が課題となる場合があり、ポリカプロラクトン(PCL)や天然ゴムとブレンドする研究が進んでいます。
また、3‐ヒドロキシヘキサノエートや3‐ヒドロキシオクタノエートを共重合すると靭性が向上し、繊維加工適性も高まります。
相溶化剤やポリマーブレンド設計によって、衣料に求められるしなやかさと耐久性を両立できます。

環境負荷低減効果の評価

ライフサイクルアセスメント(LCA)の結果

最新のLCA研究では、PHA繊維の製造から廃棄までのCO2排出量は、石油系ポリエステルに比べて約30〜50%低減すると報告されています。
再生可能エネルギーを発酵工程に導入すると、さらに削減幅が拡大します。
また、水消費量や酸性雨生成ポテンシャルでも優位性が示されています。

海洋・土壌での生分解性試験

ISO14851およびASTM D6691に準拠した試験では、海水中で180日以内に90%以上が分解する結果が得られています。
土壌環境でも同程度の期間で自然分解し、微生物群集に負の影響を与えないことが確認されています。
これにより、衣料品の洗濯過程や廃棄後に流出した繊維くずが蓄積しにくい利点があります。

CO2排出削減ポテンシャル

植物由来炭素を原料とするため、PHAはカーボンニュートラルに近いライフサイクルを実現します。
加えて、生分解時にメタンが発生しにくい点が温室効果ガス排出抑制に寄与します。
これらの要素が、企業のスコープ3削減目標達成を支援します。

PHA繊維の応用例と市場動向

アパレル・ファッション分野

欧州のアウトドアブランドでは、PHAを15%含むブレンド糸を用いたTシャツがテスト販売されています。
吸湿性と肌当たりの良さが評価され、100%PHAニットの商用化も検討されています。
染色プロセスでは低温加工が可能なため、エネルギーコストの削減につながります。

医療・ヘルスケア用途

PHAの生体適合性により、縫合糸や創傷被覆材としての研究が進んでいます。
分解生成物は体内に無害であり、再手術不要の吸収性繊維として高い期待があります。
マスクやフィルターの不織布も、使用後に分解できる点で医療廃棄物の削減に貢献します。

産業資材・農業用不織布

農業マルチフィルムや育苗ポットとして利用すれば、収穫後に土壌に鋤き込むだけで分解するため回収コストを削減できます。
産業分野ではオイルアブソーバーやフィルター材への応用が期待され、使用後の焼却量削減が可能です。

課題と研究開発の最前線

コスト削減と原料多様化

現状のPHAはポリエステルの2〜3倍のコストが課題です。
糖蜜や廃食用油など低価格原料を活用するバイオリファイナリー技術が注目されています。
遺伝子改変菌による高生産株の開発や、発酵残渣の飼料化による副産物利益の創出もコスト低減に寄与します。

物性の向上と長期耐久性

屋外での紫外線劣化や熱安定性を向上させるため、天然由来の紫外線吸収剤やヒンダードアミン系安定剤を組み合わせる研究が進んでいます。
ナノセルロースやバイオベースカーボンブラックをフィラーとして添加し、機械的強度と導電性を付与する試みもあります。
これにより、高機能スポーツウェアやウェアラブルデバイス用テキスタイルへの展開が見込まれます。

まとめと今後の展望

PHA繊維は、微生物由来の完全生分解性という強みを持ち、海洋プラスチック問題やCO2排出削減に対する実効的なソリューションとなります。
発酵技術のスケールアップと素材設計の最適化が進めば、石油系ポリエステルの代替として本格的に普及するポテンシャルがあります。
今後は、企業間連携によるサプライチェーン構築と、国際規格策定を通じた品質保証が重要です。
循環型社会を実現するキー素材として、PHA繊維の研究開発と市場拡大に引き続き注目が集まるでしょう。

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