プロバイオティクスの耐熱性向上による乳製品の発酵安定性強化

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プロバイオティクスと耐熱性の基礎知識

プロバイオティクスは、宿主の腸内フローラを改善し健康利益をもたらす微生物の総称です。
ヨーグルトやチーズなどの乳製品は主要なキャリアであり、日常的に摂取できる手軽さから市場規模が拡大しています。
一方、乳製品製造では加熱殺菌や高温充填が必須工程となるため、プロバイオティクスは熱ストレスにさらされやすく、生残率の低下が課題です。

プロバイオティクスとは

代表的な菌種にはLactobacillus属、Bifidobacterium属、Streptococcus thermophilusなどが挙げられます。
これらは整腸作用、免疫調整、アレルギー軽減など多岐にわたる機能性を示します。
しかし、プロバイオティクスとして機能を発揮するには摂取時点で一定量以上の生菌数が必要とされ、国際基準では1 gあたり10⁶〜10⁸CFUの生残が推奨されています。

乳製品製造における熱ストレスの問題

HTST殺菌(72 ℃15秒)やUHT殺菌(135 ℃数秒)は、病原菌や一般細菌を死滅させる一方、プロバイオティクスにもダメージを与えます。
高温下での膜タンパク質変性、DNA損傷、細胞内pH崩壊が主因とされ、結果として発酵力の低下や目的菌の不足を招きます。
耐熱性を高めることは、加工時の生存率を保つだけでなく、発酵過程の再現性と品質安定化にも直結します。

耐熱性向上の主なアプローチ

耐熱性株のスクリーニングと育種

自然界には高温環境で生きる菌や、偶発的に耐熱性を獲得した変異株が存在します。
耐熱処理後に生残したコロニーを選抜する「ヒートショックスクリーニング」は古典的ながら効果的です。
これを反復し、発酵性能と安全性を確認しながら純化することで、実用的なスターターカルチャーが得られます。
近年はゲノム解析を併用し、耐熱性に関与するシャペロン遺伝子や膜脂質合成遺伝子の有無を確認することで効率が向上しています。

マイクロカプセル化技術

アルギン酸やゼラチン、耐酸性デンプンを用いたマイクロカプセルは、物理的バリアとして熱伝導を緩和し、細胞外の過酷環境から菌を保護します。
スプレードライと比較して凍結乾燥はコストが高いものの、生存率が高く機能保持に優れます。
カプセルサイズを20〜200 µmに調整することで口腔内での離解性を保ち、官能評価への影響を最小限に抑えられます。

ストレスアダプテーションとプレバイオティクス併用

サブレベルの熱ストレスを段階的に与える「アダプティブラボエボリューション」は、菌自身の防御応答を誘導し、後続の高温処理への耐性を強化します。
併せて、オリゴフルクトースやガラクトオリゴ糖などのプレバイオティクスを培地に添加すると、細胞内に保護溶質が蓄積し膜安定化を促進します。
この相乗効果により、生菌数の減衰率を30〜50 %低減できた事例が報告されています。

遺伝子工学による機能強化

CRISPR‑Cas9を用いて熱ショックタンパク質Hsp70や小型Hspの発現を増強することで、45 ℃以上の環境でも増殖できるLactobacillus株が開発されています。
さらに、脂肪酸合成経路を改変し、膜中のシクロプロパン脂肪酸比率を高めると、膜流動性が低下し熱安定性が向上します。
遺伝子組換え体は国や地域によって食品利用の規制が厳格なため、アセプティックライン限定での使用やDNA消失型プラズミドの採用など、法対応が不可欠です。

耐熱性向上がもたらす発酵安定性のメリット

発酵速度と一貫性の確保

耐熱プロバイオティクスは初期接種量を多く維持できるため、pH降下曲線にばらつきが生じにくく、生産ラインのタクト管理が容易になります。
これによりシフト間のロス時間が短縮し、設備稼働率が向上します。

風味とテクスチャーの均一化

発酵が安定すると乳酸生成量やエステル類のプロファイルが一定になり、ロット間での酸味・香りの差が縮小します。
さらに、EPS(エクソポリサッカライド)産生が揮発しにくくなり、粘度とクリーミーさが持続します。

品質保持期間の延長

高温充填後も生菌が十分に残存するため、販売期間を通じて目的CFUを維持できます。
同時に、プロバイオティクスが生成する有機酸がpHを低下させ、カビや酵母の増殖を抑制する二次的効果も得られます。
結果として賞味期限末期の官能品質が改善し、返品率の低減につながります。

製造工程への導入ポイント

パイロット試験での検証手順

まず、耐熱処理前後の生菌数変化をプレートカウント法で測定し、対照株と比較します。
次に、200 Lスケールで実際の配合乳を用い、pH、酸度、粘度を時間経過で追跡し、目標スペックに収まるかを評価します。
官能評価では酸味強度、後味、口溶けを5段階でパネル評価し、市販品との非劣性を確認します。

スケールアップ時のモニタリング

生産ロット移行時にはオンラインpHセンサーとレドックス電位計を併用し、リアルタイム制御を実施します。
菌体濃度はフローサイトメトリーで死菌と生菌を迅速に識別し、異常時にフィードバック制御で温度や撹拌を調整します。

法規制と表示義務への対応

日本では食品衛生法、景品表示法、健康増進法に基づき、菌種名と含有量を明記する必要があります。
遺伝子組換え株の場合、消費者庁の定める表示指針に従い「遺伝子組換え」の文言をパッケージ表面に記載し、トレーサビリティデータを3年間保管します。
EUや米国輸出を視野に入れる場合は、EFSAやFDAのGRAS認証取得が推奨されます。

今後の展望とまとめ

耐熱性向上技術は、プロバイオティクスの健康機能を維持しながら乳製品製造の生産効率と品質安定性を両立させる鍵となります。
今後は、メタゲノム解析による新規耐熱遺伝子の発見や、AIを活用した発酵プロセス最適化が進む見込みです。
加えて、環境負荷低減を目的とした低温殺菌プロセスとの組み合わせにより、エネルギーコスト削減とサステナビリティを両立する動きも加速するでしょう。
企業は研究開発と並行して法規制、消費者理解、サプライチェーン管理を統合的に進めることで、競争優位を確立できます。
プロバイオティクスの耐熱性向上は、健康価値と経済価値を同時に高める戦略的アプローチとして、乳製品産業のイノベーションを牽引し続けます。

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