森林火災対策としての木材利用の新たな可能性

森林火災と木材利用の新しい関係

地球温暖化や土地利用の変化に伴い、世界各地で森林火災が激甚化しています。
日本においても乾燥した季節風が吹く地域や、過疎化による里山の荒廃が重なり、潜在的なリスクは年々高まっています。
従来、森林火災対策と木材利用は別々に語られがちでしたが、近年は両者を統合的に考えるアプローチが注目されています。
木材を積極的に伐り出し、資源として循環させることで、可燃物の量を減らしながら経済的価値を創出できるためです。

間伐材を活用した燃料低減戦略

間伐の役割

人工林では、適切な時期に間伐を行うことで樹冠の密度を下げ、地表に光を届けて健全な林床を保つことが重要です。
間伐が行われない過密林では、細い枝葉が絡み合い、ひとたび着火すると火が上下左右に急速に広がります。
したがって、間伐は森林火災の「燃料整理」という観点から最も効果的な予防策の一つです。

間伐材の製品化

間伐で得られる直径の小さい材は、これまで利用価値が低く放置されるケースが多く見られました。
しかし近年は、チップボードや合板、梱包材などの原料として需要が拡大しています。
さらに、パレットやアウトドア用品など小径材を活かした製品開発も進み、産業としての収益性が向上しています。
間伐材の価格が安定すれば、林業者は継続的な伐採と搬出を行いやすくなり、結果として山中の可燃物量を削減できます。

高付加価値木材製品が生む防火効果

CLTと耐火性能

厚さ数層から十数層の板を直交に接着したCLT（Cross Laminated Timber）は、構造材としての強度だけでなく、火災時の安全性でも注目されています。
一定の厚みを超えると表面が炭化層を形成し、内部に火が進行しにくくなる性質があり、欧米では高層建築での施工実績も増加しています。
高付加価値のCLT需要が拡大すれば、原材料としての国産材利用が加速し、伐採—搬出—加工の循環が強化されます。

木質バイオマスエネルギー

伐採残材や製材端材をチップ化し、バイオマス発電やボイラー燃料として活用する動きも広がっています。
発電所や地域熱供給施設が原料を安定的に購入する仕組みが整えば、山に残される可燃性残材の量が減り、火災リスク低減につながります。
さらに化石燃料代替によるCO₂削減効果も期待でき、森林火災対策と気候変動対策を同時に推進できます。

木材利用促進による地域経済の好循環

林業と防災の統合

自治体や森林組合が主導する「防災型林業」は、補助金に依存せず、木材販売収益を防火帯整備に再投資するモデルです。
具体的には、主要道路沿いや集落背後の林を優先的に伐採・更新し、火災時の延焼を抑える戦略的ゾーニングを行います。
こうした取組を民間企業の木材需要と結び付けることで、地域の防災力と産業力を同時に高めることが可能です。

雇用創出と住民参加

木材需要が伸びると、伐採から運搬、加工、販売まで多様な職種が生まれます。
実際、欧州のバイオエネルギー先進地域では、森林関連産業が地域雇用の10％以上を占める例も報告されています。
また、住民参加型の薪ステーションや、地元工務店による木造住宅キャンペーンは、木材利用を身近に感じてもらう絶好の機会です。

海外事例に学ぶ森林火災対策

北米のFuel Treatment

アメリカ西部では、燃料管理（Fuel Treatment）として、伐採跡地に残る細い枝葉を専用の粉砕機で処理し、チップ化する手法が一般化しています。
この燃料管理を実施したエリアでは、隣接地域と比べて火災の広がりを半分以下に抑えられたという研究結果があります。
粉砕チップはマルチ材や発電燃料として利用され、経済的インセンティブを伴う点が成功の鍵です。

ヨーロッパのバイオマス政策

フィンランドやオーストリアでは、国が長期固定価格買い取り制度を設け、林地残材のエネルギー利用を促進しています。
安定した需要があるため、林業事業体は伐採残材を山に放置せず、燃料として計画的に搬出できます。
結果として下層可燃物の蓄積が解消され、森林火災の発生件数・被害面積ともに減少傾向が続いています。

課題と今後の展望

サプライチェーンの整備

日本で木材利用を拡大するには、伐採現場から加工工場までを結ぶ物流コストの削減が不可欠です。
森林道路の老朽化やトラック不足が搬出量のボトルネックとなっているため、ICTを活用した搬出ルート最適化や共同配送の仕組みづくりが求められます。
また、需要側と供給側をマッチングするデジタルプラットフォームは、価格の透明性を高め、長期契約を結びやすくする効果があります。

テクノロジーとデータ活用

ドローンや衛星データを使ったリアルタイムの森林資源モニタリングは、どこに燃料が蓄積しているかを可視化します。
AIが解析した情報を元に、優先的に伐採すべきエリアを特定し、木材の需要予測と連動させることで計画伐採の精度が向上します。
さらに、火災発生時の延焼シミュレーションを都市計画や避難計画に組み込むことで、木材利用と防災の一体的なまちづくりが可能になります。

森林火災対策としての木材利用は、燃料低減・経済振興・気候変動緩和という複数の課題を同時に解決するポテンシャルを秘めています。
間伐材の有効活用や高付加価値製品の普及、サプライチェーンの整備が進めば、森林は「燃えやすいリスク」から「循環する資源」へと評価が転換します。
地域・企業・行政が連携し、木材を使うこと自体を防災行動と位置付ける社会システムを構築することで、持続可能でレジリエントな未来を実現できるでしょう。