投稿日:2025年9月9日

製造業におけるバイオマス素材の活用と環境貢献の可能性

はじめに:製造業とバイオマス素材の出会い

近年、多くの製造業現場で「環境対応」「サステナビリティ」「脱炭素化」といったキーワードが共通語になりつつあります。

特に2020年代に入り、グローバルバリューチェーンを持つ大手メーカーだけでなく、中堅・中小の現場でも『環境負荷低減』が避けては通れない経営テーマとなっています。

その中で注目されているのが「バイオマス素材」です。

従来の石油由来原材料ではなく、生物資源を原料としたバイオマス素材の活用は、メーカー各社の調達・購買戦略にも大きなインパクトを与えています。

この記事では、20年以上製造業の現場に携わってきた立場から、「バイオマス素材の現実的な導入方法と実践例」「環境貢献とビジネスメリット」「アナログ色の強い業界でも進む変革」「バイヤーとサプライヤー双方の視点」「今後の課題と将来展望」などをわかりやすく解説します。

バイオマス素材とは何か?実用材料と定義の再確認

バイオマス素材とは、動植物などの生物由来の有機資源をベースとして作られた原材料の総称です。

木材やパルプ、でんぷん、トウモロコシ、サトウキビ、藻類、あるいは食品廃棄物などが主な原料となります。

これを化学的あるいは物理的に加工・精製し、プラスチック・ゴム・繊維・燃料などの素材へと変換する流れが主流です。

バイオポリエチレン(PE)、バイオPET、PLA(ポリ乳酸)、バイオマス由来のナイロン、セルロース系繊維など、既存の生産設備で利用できる実用的な材料も次々と開発されています。

特に「バイオマス度(含有率)」と「コンポスト性(生分解性)」という観点が調達バイヤーにとっての重要指標です。

なぜ今バイオマス素材が注目されるのか

法規制・SDGs・カーボンニュートラルの潮流

背景には世界的な環境規制の強化があります。

EUのグリーンディール、日本でもプラスチック資源循環促進法や「2050年カーボンニュートラル」宣言といった動きが、調達購買の現場にも大きな影響を与えています。

調達仕様書やサプライヤー評価基準に「バイオマス利用率」を記載する企業も増え、「環境対応できる調達力」がバイヤーの新しい価値指標として認知されてきました。

コーポレートブランディング・顧客要請の現場感

消費者やBtoBの顧客企業の間でもサステナビリティアピールの重要性が高まっています。

製品カタログ、社内報、IR資料には「バイオマス〇%使用」「CO2排出量〇t削減」といった表記が溢れるようになりました。

生産管理や営業部門で「バイオマス原料を実証採用してほしい」という声が挙がる光景を、各製造会社の現場でも見るようになったのです。

現場が感じるバイオマス導入のハードルとその突破口

品質・安定供給の壁

バイオマス素材は環境に優しい反面、物性・価格・調達の安定性など、現実的な課題が常に付きまといます。

合成樹脂や金属素材で培ってきた品質基準に対して、バイオマス素材は「ロットごとのばらつき」「劣化」「成型性の違い」などがネックとなるケースが見られます。

特に、精度や耐久性が求められる工業部品用途は「標準化」と「生産プロセスの最適化」無しには本格導入が難しい側面があります。

コストと調達ルートの現実

従来の石化資源素材に比べ、バイオマス素材は「原料費が高い」「大量調達ルートが脆弱」「納期が長い」といったコスト・サプライチェーンのボトルネックがあります。

サプライヤー選定も「安さだけ」でなく、「グリーン調達へのコミットメント」「長期安定供給」「素材特性への技術力」が重視されます。

これをクリアするためには、既存サプライヤーへの協力要請だけでなく、「新興バイオマス素材メーカー」との戦略的パートナーシップ構築も鍵になってきています。

現場主導の品質評価・用途提案

昭和以来の「現場至上主義」や「経験値重視の文化」が色濃く残る日本のものづくり現場では、バイオマス素材の切替が上からの指示で強行されることはほとんどありません。

実際には、品質安全部門・生産現場のオペレーター・試作開発担当などが粘り強くトライ&エラーを積み重ね、「どの工程なら問題なく使えるか」「どこで歩留りが悪化するか」など泥臭い検証を繰り返して初めて量産採用となるのが主流です。

そんな中、「バイオマスを一部ブレンド」「パッケージや内装など非主要部品から段階的に切替」「新規グリーンブランド製品開発で先行導入」など、地に足のついた実践例が広がり始めています。

調達購買・バイヤーの役割とこれから求められる視点

グリーン調達規準・LCA対応をどう設計するか

今後バイヤーに求められるのは「バイオマス素材の採用=単なるスペック変化」ではありません。

製品単位でLCA(ライフサイクルアセスメント:原材料調達から廃棄までの環境負荷評価)に基づいた素材選定・調達戦略の再構築が不可欠となります。

そのため、単なる原価低減志向ではなく、「素材~部品~製品~リサイクル」まで一気通貫で捉える“全体最適志向”が次世代バイヤー像と言えるでしょう。

サプライヤーとの共創・価値創造型パートナーシップ

従来の「仕様書どおり・コスト比較優先」の取引から、サプライヤー側の素材開発ノウハウ・生産技術を巻き込む『価値共有型調達』が主流化しています。

サプライヤーと一緒にLCA算定を行う、素材改良の提案を受け入れる、共同で環境価値をアピールする――これらをリードできるバイヤーは、社内外からの存在感が格段に高まります。

バイオマス素材による現場実装の成功事例・応用展開

自動車部品:内装パーツ・エンジンカバーのバイオ樹脂化

日本の大手自動車メーカーでは、インパネやドアトリム等の内装樹脂部品をバイオPE化、リサイクルPETの内装布に切り替える動きが活発化。

バイオ素材の物性低下や異臭対策など、生産技術とQCの現場力でクリアし、本格量産に漕ぎ着けた例が増えてきました。

価格面で依然として従来品に比べ割高ですが、「エコカー減税」「グリーンイメージ戦略」「海外顧客アピール」といった副次的メリットが導入拡大を後押しします。

エレクトロニクス:家電筐体や電子部品キャリアに展開

家電業界では乃至はプラスチック筐体、ボタン、運搬用キャリアトレーなど非機能部品を中心にバイオマスグレード素材の導入が進んでいます。

自動化ラインや大型モールド成形工程へのスムーズな適応を目指した“段階導入”と“初期不良率低減活動”の積み重ねが現場の成否を分けました。

包装・物流:バイオマスフィルム、再生紙段ボールの活用

販売促進の観点からも「パッケージのグリーン化」は非常に効果的です。

特に食品・化粧品・日用品メーカーで、バイオPE、バイオPETフィルム袋、非木材紙由来の段ボールへの切替等が本格化。

物流現場では「強度劣化」「耐水性」などの課題をサプライヤーと共同チューニングし、認定スペックの更新を繰り返して導入拡大を実現しました。

昭和的“アナログ現場”における意識改革と推進策

昭和時代の大量生産とコスト至上主義が色濃く残る現場では、バイオマス素材導入に「懐疑・抵抗・面倒くささ」が入り混じるのも事実です。

けれども実際の導入プロジェクトでは、「QCサークル」「現場カイゼン」の名のもとに現場従業員・オペレーターを巻き込んだ小集団活動が有効でした。

職人肌のベテラン作業員にも「会社の未来・子供たちの未来のため」というストーリーを持たせることで、意識が変わり、生産現場での創意工夫が生まれるのです。

こうした現場文化を尊重しつつ、経営層と現場とを結ぶ、いわば『バイオマスコミュニケーション・チャンネルの構築』こそが、日本の製造業における環境変革の強みだと感じます。

今後のバイオマス素材活用の展望と課題

量産最適化と用途開拓の進化

バイオマス素材単体での性能限界を補うため、複合材化、ハイブリッド素材化、さらにはナノテクノロジーによる強度向上やコストダウンも急速に進展しています。

今後は「バイオマスだから使う」から、「バイオマスにしかできない価値」で差別化する製品・プロセスの開発競争が本格化するでしょう。

国際情勢・原料安定供給への備え

バイオマス素材の原料となる農産物や副産物、廃棄物は、国際的な需給バランスや地政学リスクの影響を受けやすい側面があります。

中長期的には、原料自給率向上やスマートアグリ連携、地域循環モデルといった『サプライチェーン新構想』が不可欠です。

まとめ:バイオマス素材が描く製造業の未来図

バイオマス素材の導入は「表面的な環境アピール」だけでなく、調達購買・生産管理・品質管理・現場カイゼン、全てを巻き込む“構造改革”です。

そしてそれは、バイヤーの新しい役割(全体価値の構築・現場との橋渡し・サプライヤー協創リーダーシップ)をいっそう重要なものにしています。

今なお昭和のDNAを色濃く残すアナログ現場でこそ、バイオマス素材は未来への突破口になり得ます。

まずは一歩、小さな実践から。

そして、現場の泥臭さと最先端のサステナビリティを両立させ、製造業の新しい地平線を切り拓いていきましょう。

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