投稿日:2025年12月5日

過剰品質になっている仕様を誰も見直せずコストが下がらない現実

はじめに:なぜ「過剰品質」問題は見過ごされ続けるのか

製造業に従事していると、ある種の「違和感」とともに仕事に向き合うことがあります。
その一つが、「うちの製品は高品質だ」と胸を張れる一方で、「その品質、本当に必要なのか?」という疑問です。

特に受注生産型やBtoB取引が中心の日本の製造業では、顧客からの仕様要求に忠実に従うあまり、実態以上の性能や品質レベルを維持することがよくあります。
結果として、コスト競争力の低下、リードタイムの延長、生産効率の悪化、といった現実が日常化しているのです。

本記事では、なぜ過剰品質が解消されず、現場でも積極的な仕様見直しが進まないのか。
そしてバイヤーやサプライヤーがどうこの課題に立ち向かえばいいか、現場目線で考察を深めます。

過剰品質はこうして生まれる:昭和的“安心”とその呪縛

顧客の「前例踏襲」が生む不合理な仕様

多くの製品仕様書や要求仕様には、「過去のトラブルをすべて潰す」ような内容が並びます。
5年前、10年前に一度だけ発生した問題を、それ以降すべての製品でリスク回避するために仕様化する。
あるいは、顧客担当者が「念のため、この基準も満たしてください」と言い足す。
こうした積み重ねで、現場は「なぜこの性能が必要なのか」という本質に立ち返る機会を失いがちです。

「品質神話」と現場の思考停止

日本の製造業は、昭和の高度成長期から「高品質」を最優先事項としてきました。
不良は絶対に出してはいけない。
納期は絶対に守らなければならない。
こうした強烈な理念が、現場作業者や管理職の「絶対に仕様は変えてはいけない」という思考回路を形成します。
そこでは「品質を落とす=手抜き=悪」とみなされ、コストダウンや仕様見直しの議論そのものがタブー視される空気が根付いているのです。

過剰な仕様が及ぼすコスト増のメカニズム

加工・調達コストの増大

過剰品質の仕様には、寸法公差が不必要に厳しく設定されていたり、使う材料が過剰に高性能だったりするケースが多くあります。
このため、現場では歩留まりの悪化・加工工程の複雑化・検査工程の増加が発生し、結果としてコストが跳ね上がります。
調達部門も「このスペックでないと納品できません」となれば、限られたサプライヤーに依存する危険性さえ孕みます。

生産リードタイムの長期化

過剰品質下の現場では、保管や検査の工程の増加により、リードタイムは必然的に長くなります。
これにより、短納期対応力が下がり、柔軟に市場ニーズへ応えるのが難しくなります。
さらには、品質トラブルが生じた際の対応も、「過剰な管理」を基準にする分、現場・技術者ともに余計な負荷がかかることになるのです。

なぜ誰も仕様を見直そうとしないのか

現場の「思考停止」と組織風土

「なぜこの仕様が必要なのか」との問いに、多くの場合「お客様がそう言っているから」「前回もそうだったから」という返答が返ってきます。
現場担当者も管理者も、リスクを取って仕様を見直すことに消極的になりがちです。
それにより「仕様は変えられない」という“雰囲気”が組織に根を張ります。

責任逃れのための保守的姿勢

万が一品質トラブルが発生した際、「なぜスペックを下げたのか」「なぜ仕様を変えたのか」と問われたくない。
リスクを最小化したいがために、むしろ余計な工程やチェックを自ら付け加える。
この悪循環から抜け出すのは簡単ではありません。

サプライチェーン全体に広がる「顧客第一主義」の弊害

日本の製造業界では、バイヤーもサプライヤーも「顧客の言うことは絶対」的な関係性が根強く残っています。
そのためサプライヤー側が仕様見直しを提案すること自体、失礼・不敬・生意気とみなされる文化がある企業も少なくありません。

業界の潮流:デジタル化の遅れが仕様見直しの阻害要因に

設計情報・レビューの属人化と非合理

昭和から脈々と続く「紙ベース管理」や設計ノート管理が、仕様検討の透明性を阻んでいます。
多くの部品設計は「○○課長の頭の中」や「○○さんしか分からない図面」といった属人化が進んでおり、仕様見直しの議論自体が難しい状態です。
また、デジタルで構成を管理している会社でも、設計変更や試験データのレビュー体制が旧態依然のままで、関係者全員が納得する判断材料がすぐに提供できないケースも多発しています。

DX導入の本質的な遅れ

近年、多くの製造業では“DX(デジタルトランスフォーメーション)推進”が叫ばれていますが、単なる紙のデジタル化で終わっている会社も少なくありません。
「なぜ過去にこの仕様決めが行われたのか」「どの顧客からの要求なのか」といった履歴が、簡単に検索できないため、仕様への疑義を提起すること自体がコスト高・リスク高になりがちです。

打破のために必要な「現場主導」のファクトベース思考

なぜ今「仕様見直し」が経営課題となるのか

グローバル競争の激化、原材料価格の高騰、働き方の変革。
これからの製造業では、単なる品質至上主義だけで生き残るのは難しくなっています。
「仕様=お客様の言いなり」ではなく、自社にとって合理的かつ付加価値のある品質・コスト・納期への見直しが、経営的にも不可欠です。

具体的アクション:現場受付からのボトムアップ改革

まずは、現場担当者が「この基準、なぜ必要?」と日常的に疑問を発する習慣を作ることが重要です。
製造工程日報の中に、コスト高や検査工程増加の理由欄を設け、担当者が自由にコメントできる仕組みを作るのも有効です。

さらに、仕様関連会議では現場の担当者も同席させ、問題点やムダ工程をその場で議論できる場を設けます。
たとえば「この部分の寸法公差を緩和できませんか?」と技術・調達・製造全員が持ち寄って相談することで、形式的な妥協ではなく、実務上納得のいく落としどころを探せます。

データエビデンス主義へ

「過去に本当にどれだけのトラブルがあったのか?」
「この材料に替えるとどれくらいコストが下がるのか?」
過剰品質に対する見直しは、感情や雰囲気ではなく、明確なデータと論理で推進すべきです。

そのためにも、例えば生産や検査の実績データと不良発生率を継続的に記録・可視化し、スペック緩和による影響評価を現場レベルでPDCAで回すような仕組み作りが不可欠です。

バイヤー・サプライヤーそれぞれが果たすべき役割

バイヤー(購買)の実践アプローチ

バイヤーは単なる「言われた通りの見積依頼」から脱皮し、スペックと価格の「意味」を現場や技術者と一体で考える立場です。
「最低限、ここさえクリアしてもらえれば安全」「逆にこれ以上は過剰では?」という提案型バイヤーが、サプライヤーとの健全なコストダウン関係を構築します。

また、自社設計部署とのコミュニケーションも不可欠。
調達の立場から、「この公差の根拠は?」「安価な海外調達材に変更できないか?」と、なぜ仕様が維持されているかを粘り強くヒアリングし、条件に応じてリラックスできる部分を徹底的に洗いなおします。

サプライヤーの立場:顧客と対等に協業する

サプライヤーもまた、お客様の要求水準に過剰順応するのではなく、「このスペックであれば、御社コスト目標に正面から貢献できます」「こちらの仕様に緩和いただければ、納期短縮も可能です」と率直に提案しましょう。

もちろんその都度定量的な根拠(試作サンプル、トライ&エラーの検証結果、不良分析データなど)を整え、「図面上はこうなっているが、用途的には問題になったことがない」「海外の他社はこの仕様で通っている」など、エビデンスを伴った説明力が必須です。

まとめ:現場から新時代の「適正品質」へ

過剰品質の見直しは、単なるコストカット運動ではありません。
顧客志向とコスト競争力を両立させ、持続可能なものづくり戦略へ進化するための根源的なテーマです。

現場が本音で意見を出し、バイヤー・サプライヤーがスピーディに意見交換し、ファクトベースで仕様を見直す。
こうした風土を構築できれば、日本の製造業は“昭和の呪縛”から解放され、真の付加価値創出企業へと生まれ変わることができるはずです。

今こそ、現場主導で新しい思考とアプローチを模索する時です。
皆さんの現場で、まずは「なぜこの仕様が必要か?」という問いから改革を始めてみませんか。

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