投稿日:2025年12月14日

多能工化が必要でも実際は誰も教える時間が取れない現場の限界

はじめに:多能工化の現実と理想のギャップ

近年、製造業界全体で「多能工化(マルチスキル化)」がトレンドワードとなっています。
コストダウンや人手不足対策、フレキシブルな生産体制構築のために、従業員が複数工程を担当できるようにする取り組みは、どの現場でも重要性を増しています。

しかし、理想と現実は大きく異なり、多能工化が必要だとわかっていても、「誰が教えるのか」「そもそも教育する時間も余裕もない」が現場の本音です。
工場の管理者や調達購買、時には品質管理でも、多能工化という言葉は知っていても、現実は昭和から続く『職人の経験と勘』に頼るアナログな体制が根強く残っています。

本記事では、20年以上現場で奮闘してきた筆者の経験をもとに、なぜ多能工化が進まないのか、その限界と乗り越えるための現場視点のアプローチを深掘りします。
現場のリアルな実態と、そこから強みを生み出すヒントもご紹介します。

多能工化が求められる背景と目的

人手不足と技術継承の危機

少子高齢化による人手不足は、製造業全体に大きな影響を及ぼしています。
一人ひとりが複数の作業工程を担当できる体制を整えることで、現場の柔軟性が上がり、欠員が出てもラインを止めずに済むメリットがあります。
また、ベテランの勘や経験が属人化すると、退職時に技術が継承されず、業務の品質自体も低下してしまうリスクがあります。

変種変量生産への対応

顧客のニーズが多様化する中で、製品のバリエーションや小ロット多品種生産への対応が求められています。
柔軟に人を配置するためには、一人の作業者が「この工程しか担当できない」では、ライン効率が下がる一方です。
多能工化しておくことで、工程間のサポートやヘルプが可能になり、停滞リスクも最小限に抑えられます。

なぜ現場で多能工化が進まないのか

最大の壁は「教える時間が取れない」こと

工程ごとにOJTや座学の時間を確保しようとしても、現場の毎日は「今日の生産計画をどう乗り切るか」で精一杯です。
納期へのプレッシャーが強く、「教える余裕なんてない」という声がほとんどです。

リーダーや班長に教育を任せようにも、そのリーダー自身も他の工程に入る余裕がないのが現実です。
業務改善や品質向上活動と比べても、「多能工教育」は優先順位が後回しになりがちです。

技能習得の難しさと要求レベルの高さ

日本のものづくり現場は「一人前になるには10年かかる」が美徳とされてきました。
そのため、一人前になる前の「そこそこできる」状態で他の工程も習得することに、抵抗を感じるベテランも多いものです。
現場としても「どうせやるならキチンと覚えてから」と手順も厳しくなりがちで、結果的に多能工化が進まない要因となっています。

評価制度や人事制度との不整合

多能工化に貢献した人が報われる仕組みがない場合、「できる仕事が増えても給料は変わらない」「逆に負担だけ増える」といった不満が生まれ、モチベーションが上がりません。
現場を知る管理者ほど、このしがらみに頭を悩ませています。

昭和的アナログ文化が根強い現場

「背中を見て覚えろ」による教育のブラックボックス化

日本の製造業では、「技は見て盗め」という精神が根強く残っています。
教科書的なマニュアルよりも「経験して体で覚えろ」という風土が支配的で、熟練者の暗黙知がブラックボックス化しがちです。
新たに入社した若手や派遣社員、外国人技能実習生が増えても、こうした文化をいきなり変えるのは至難の業です。

デジタル化の波とアナログ抵抗勢力

近年は「スマートファクトリー」「IoT」「ペーパーレス化」などのデジタル化が進んでいますが、現場の抵抗感は思いのほか根強いです。
特に「現場ノート」による申し送りや、「あのおじさんだけが知っているノウハウ」など、紙と記憶に頼った運用が今も当たり前の現場が多いでしょう。
これにより多能工化の推進も「現場主導でやらないと浸透しない」「会社が推進しても現場がついてこない」といった問題が発生します。

現場目線で徹底討論:教える時間をどう作るか

生産効率を保ちつつ「教える」を日常に組み込む

根本的な解決には、「教える業務」を現場の生産活動の一部として正式に組み込むことが大切です。
例えば、1日10分の「交代時ミニレクチャー」や、前後工程との横断的ローテーションをルーチンワーク化するといった小さな工夫が有効です。
一度に大量に教え込もうとせず、短時間でも繰り返すことで確実に技術を浸透させることが可能になります。

マニュアルの可視化&動画活用で蓄積知を共有

現場の経験値をマニュアル化する際、「現場の手書きノート」をそのまま活用したり、「熟練作業者の手順動画」をスマホで撮影するだけでも劇的な効果があります。
マニュアル作りも過度な完璧主義を捨て、まずは「工程ごとの基本チェックリスト」や「注意点のメモ」などライトに始めるのが継続のコツです。
紙一枚・動画一つから始めて、現場の声を反映しながらアップデートしていきましょう。

スポット教育者・外部リソースの活用

新規増産やライン増設など繁忙期には、常時現場にいるベテランだけでは教えるキャパシティに限界があります。
派遣会社や技能実習生の送り出し機関などを活用し、短期的に「教育のためだけのリソース」を導入するのも一つの現実的策です。
一時的でも外部マンパワーで現場の負荷分散を図りつつ、自社の教育ノウハウ化を進めていくのがポイントです。

多能工化がもたらす意外な副産物と競争力

現場のチーム力と自律性が飛躍的に向上

多能工教育は当初「手間と時間がかかって大変」と見られがちです。
しかし、現場全体が多工程の知識を持つようになると、「自分ごと」として改善提案や問題解決に主体的に取り組む社員が増えます。
属人化が和らぐことで、「誰かがいないとできない」リスクも大幅に減少します。

調達・購買、品質・工程改善にも波及効果

多能工化が進むことで、調達や購買メンバーも現場理解が深まり、作業負荷や現場目線で発注仕様の見直しが進みます。
品質管理でも単なる「検査」から一歩進んだ不具合の発見や再発防止活動への貢献度が上がり、リードタイム短縮やコストダウンにも繋がります。

本質的な多能工化に向けた新たな一歩

昭和の「職人芸」+令和の「仕組み化」の融合

昭和型の「職人が現場を守る」精神は日本の強みですが、これからの時代は属人化を脱却した「チームによる現場力の底上げ」が急務です。
そのためには、熟練作業者の知恵を最大限リスペクトしつつ、「仕組み」や「見える化」で、誰もが学びやすい環境を整備することが何よりも重要です。

小さな成功体験から現場を巻き込もう

まずは一工程、一人のローテーションからでも良いので、小さく実験し、成果を関係者に共有しましょう。
現場で「やってみたら意外とできそうだ」「助かった」という気づきを積み重ねることが、多能工化という“新たな文化”を工場に根付かせる第一歩となります。

まとめ:現場の知恵と工夫が未来を拓く

多能工化の必要性を叫ぶだけでは現場は変わりません。
「誰も教える時間がない」という現場の本音を直視し、小さな工夫と日々の積み重ねから変革を始めることが、現場視点での本当の価値を生み出します。
バイヤー、サプライヤー、現場の各立場がそれぞれの業務理解を深めあうことで、従来の「昭和的アナログ文化」と「デジタル時代」の最適なバランスを見出し、競争力ある日本の製造現場を作り上げましょう。

You cannot copy content of this page