投稿日:2025年12月8日

材料選定を急ぎすぎて最適解を逃すよくあるプレッシャー

はじめに:材料選定、その「急ぎ」の裏にある落とし穴

製造業に携わる方なら誰もが一度は「材料選定をもう少しじっくり検討したかった」と感じた経験があるのではないでしょうか。
調達購買部門や生産技術部門に限らず、設計、生産管理、品質保証など、ものづくりの現場では材料の選定はプロジェクト成功の命運を握る大仕事です。
ところが業界の実態として、「とにかく早く決めてほしい」というプレッシャーが根強く存在しています。

この現象は昭和から続くアナログな業界文化に根差し、業界全体で共通の課題となっています。
「急がなければ納期が守れない」「設計変更も頻繁だし、今決めないと全体が止まる」、そんな現場の声が飛び交い、本来“最適解”を探るべき大切な工程が“速さ”を理由に脇に追いやられてしまいがちです。

本記事では、なぜ材料選定が急がされるのか。
また、そのプレッシャーがどんなリスクをもたらすのか。
実際の現場経験をもとに、ラテラルシンキングで課題の本質に迫りながら、現状打破のヒントを探っていきます。

材料選定を急かす業界構造と背景

昭和体質が色濃く残るアナログな意思決定

製造業は長い年月をかけて築かれた伝統的な業界です。
特に“大手”メーカーでは、旧来型のピラミッド組織が今も根強く残ります。
技術部、設計部、調達部、生産部など縦割り管理が一般的で、決定権は上位職層に集中します。
こうした環境下で「とりあえず早く材料仕様を確定させて見積もりや発注に回せ」という声が上層から現場担当者に強く飛びます。

また、材料選定自体を“コストダウン”や“調達の都合”といった視点のみで捉える傾向も根深いです。
「前回これで問題なかったから今回も同じで良い」「急ぐから以前の実績品で」といった意思決定こそが、製造現場の“現状維持バイアス”を助長してきました。

プロジェクト管理と納期プレッシャー

一方で製品開発や量産プロジェクトには、厳格なスケジュール管理がつきものです。
特にグローバル競争が加速する現代、製品投入の“スピード勝負”が過熱しています。

調達購買部門でよくあるのが「材料が決まらなければ見積もり依頼も発注もできない」「遅れることで生産段取りが全て崩れる」といったリアルです。
そのため、現場担当は「できるだけ早く材料スペックをFIXしてほしい」という強いプレッシャーを絶えず上層や他部門から受けています。

この構造的な“急がせ文化”の下では、長期的視野での技術的検討、サプライヤーとの共創、サステナブルな材料開発などは蔑ろにされがちです。

急いで決めた材料選定、その見過ごされがちなリスク

コストリスク:安さを優先、結果的に高くつく落とし穴

「短納期で」「なるべく安いもので」という調達現場ではよくある話ですが、これが材料選定の大きなリスクになります。
たとえば単価重視で決めた材料が、実際の現場で加工しづらい、歩留まりが悪いといった致命的な問題につながるケースは後を絶ちません。

また、安さだけに目を奪われて他のスペックや供給安定性、二次加工性を見落とした場合、再選定や設計変更によるコスト増大も発生します。
さらにはサプライチェーンの“調達リスク”まで見落としがちです。
たとえば、災害や国際情勢でサプライヤーからの材料手配が突然ストップするなどの非常事態には、拙速な材料選定による“代替不在”リスクが表面化します。

品質リスク:仕様条件の想定外トラブル

「時間がないから実績品で済ませる」。
「確認試験や分析工数を圧縮する」。
そんな決定が、工程内不良や顧客クレームの温床となることも少なくありません。

材料選定を急ぐことで、企業として本来実施すべき耐久性試験、変化点管理、品質証明書取り寄せなどの検証工程が甘くなりがちです。
結果として、長期信頼性や環境対応、メンテナンスコストといった将来的課題が“想定外”として噴出し、トータルコストで不利な状況に陥ります。

新素材・新技術の探索機会喪失

昭和的決断フローでは、前例踏襲・コスト中心主義がまかり通りますが、今や材料技術の進化やデジタル変革の動きも急速です。
AIやIoT向け高機能材料、カーボンニュートラル対応素材、サーキュラーエコノミーを支えるリサイクル材など新たな可能性が業界全体に広がっています。

ところが、急ぎの材料選定では「新しい選択肢を検討する余裕がない」「どうせ間に合わない」という理由で、これらイノベーティブな技術に目が向きません。
結果として、競合他社との差別化や環境対応力の面で取り残されるリスクが高まります。

選定リードタイム短縮と最適化の実践的アプローチ

マルチディシプリン(多職種)連携による初期徹底議論

従来の縦割り構造、部門間の“たらい回し”が材料選定を停滞させる大きな要因の一つです。
この打開策として、案件立上げの初期段階から設計、調達、品質、サプライヤー、場合によってはエンドユーザーまでを巻き込み、仕様協議の場を設計することが必要です。

いわゆる「フロントローディング」ですが、昭和的な体質から脱却し、アジャイルな議論や意思決定を加速させる方法です。
短期的でなく、サプライチェーン全体の視点から最適な材料選定を実現しやすくなります。

材料選定の意思決定フロー自体を見直す

これまで多くの現場で「承認が降りるまで社内稟議が延々と続く」「現場担当なのに決定権がない」などの課題が頻出してきました。
これに対し、各フェーズで誰が・どの観点で・どこまで決定できるのか事前に明確化する“段階承認プロセス”を導入する企業も増えています。

また、デジタル技術による社内ナレッジの共有、過去トラブル事例などの情報蓄積を活用し、「何を比較し、どこに重きを置くべきなのか」を共通認識として設計段階から持てるようにする仕組み作りが、今後ますます重要です。

サプライヤーとの共創による新たな価値創造

調達・購買担当者は“バイヤー”である前に“ビジネスパートナー”としてサプライヤーとの連携強化が不可欠です。
単なる価格交渉、リードタイム短縮のみならず「自社が求める機能・性能・品質に合致した新材料や加工技術をいかに一緒に創るか」が競合との差をつけるポイントです。

実際、現場主導でのサプライヤー参加型テクニカルレビュー、試作共同開発会議などを活用し、短納期かつ高品質、かつコスト競争力のある最適材料選定を実現した事例も多く存在します。

変革への道:昭和から令和へのブレイクスルー

“急がされる”から“素早く最適解を生み出せる”組織へ

材料選定をただ“急ぐ”こと自体が問題ではありません。
重要なのは、短納期と最適解を両立できる体制や社内文化への変革です。

たとえば欧米では意思決定権限の現場移譲、オープンイノベーションによる材料選定のスピード化、データ活用による比較検討のシステム化など、既に日本より一歩進んだ事例が見受けられます。

国内企業も「型にはまったアナログ業務」から脱却し、情報と意思決定の流れ自体を設計し直すことが求められています。
過去の“経験”、見た目の“安さ”、上司の“指示”に頼る時代は終わりです。
現場とマネジメント層、サプライヤーも含め業界全体で「何のための材料選定なのか」を問い直すことが、製造業の未来を変える第一歩になります。

まとめ:現場目線とバイヤー視点で“最適な材料選定”を

材料選定のプレッシャーは、製造業における構造的な課題です。
しかし、現場で培った知恵や、バイヤーとしての本質的な目線を持つことで、単なる“急ぎ”の裏に潜むリスクを回避し、真の最適解を創出することができると信じています。

製造業の皆さん。
バイヤーやサプライヤーとして活躍されている皆さん。
そしてこれから業界を担う次世代の皆さんへ。

「なぜ今この材料を選定し、その判断は会社の未来への投資になっているのか」。
材料選定の現場に“もう一歩”踏み込んだ本質的対話を巻き起こし、急がされるのではなく、素早く最適解に辿り着く生産改革の一助になれば幸いです。

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