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熱処理の種類を目的から選ぶ——焼入れ・焼なまし・表面硬化の使い分け

この記事のポイント(結論先出し)
熱処理の種類は、名前から選ぶのではなく部品に何をさせたいか(目的)から選ぶ。JIS の熱処理用語は、熱処理を「焼ならし及び焼なまし」「焼入れ、焼戻し及び時効」「表面硬化処理及び表面処理」などに分けている[1]。柔らかくして削りやすくする・内部応力を抜く・全体を硬く強くする・表面だけ硬くする、のどれが目的かで候補が決まり、次に材料の炭素量で絞られる(浸炭の加工規格が挙げる材料は低炭素の肌焼鋼、高周波焼入れの規格は S20C 以上の機械構造用鋼など)[4][5]。発注では、目的と処理の種類を記号で名指しする。品質の区分や変形の許容値は規格が「受渡当事者間の協定」に委ねているので[2][3]、硬さ・硬化層深さと合わせて発注側が決めて書く(書き方は熱処理の図面指定の記事で扱う)。
目次
「熱処理あり」と書いても、熱処理業者は決められない
図面や発注書に「熱処理」「焼入れ」とだけ書いてあると、熱処理業者は処理の方式、温度、冷却の仕方、どこを硬くするかを自分で選ぶことになる。選び方を間違えれば、硬さは出ても割れる、表面は硬いが芯がもろい、熱処理で曲がって後加工の取り代が足りない、といったことが起きる。しかも、発注側が意図を書いていない以上、仕上がりが期待と違っても「指定どおり」の扱いになりやすい。
この記事は、焼入れ・焼戻し・焼なまし・焼ならし・表面硬化といった熱処理の種類を、目的から選ぶ手順として整理する。硬さの範囲や有効硬化層深さを図面にどう書くか、どこで測るかは熱処理を図面で指定する記事で詳しく扱うので、ここでは「どの処理を選ぶか」に絞る。熱処理とは何か、各処理の一般的な特徴の概説は熱処理の種類と目的の記事にあるが、この記事はそれらの種類を JIS の分類と加工規格の記号・材料の表に当てはめ、発注書で名指しできる形にする点が違う。
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熱処理の種類は 4 つの群に分かれる
JIS G 0201(鉄鋼用語(熱処理)・2023 年改正・ISO 4885:2018 を基に作成)は、熱処理の用語を、熱処理一般/焼ならし及び焼なまし/焼入れ、焼戻し及び時効/表面硬化処理及び表面処理、の 4 つに分類している[1]。現場で「熱処理の種類」と呼ばれているものは、だいたいこのどれかに入る。用語の定義を短く拾うと次のとおりである[1]。
- 焼ならし:オーステナイト化した後、空冷する熱処理。目的は前加工の影響を除き、結晶粒を微細化して機械的性質を改善すること
- 焼なまし:加熱・均熱した後、室温に戻ったときに平衡に近い組織になる条件で冷却する熱処理。定義が非常に一般的なので、目的を表す言葉を付けて使うことが推奨されている(完全焼なまし、軟化焼なまし、応力除去焼なまし、球状化焼なましなど)
- 焼入れ:静止空気中よりも速く冷却する操作。冷却条件を表す言葉(水焼入れ、油焼入れなど)を付けることが推奨されている
- 焼戻し:焼入硬化の後などに Ac1 未満の温度で均熱して冷却する熱処理。一般に硬さが下がり、じん性が上がる。ただし温度によっては硬さが上がる場合もある(二次硬化)
- 表面硬化処理:高周波焼入れ(誘導加熱)、炎焼入れ、浸炭(表面層に炭素を拡散させる)、窒化(表面層に窒素を拡散させる)など
この定義から分かるのは、焼ならしと焼なましはどちらも「加熱して冷やす」処理で、違いは冷やし方と目的にあるということだ。焼入れと焼戻しは、焼入れで硬くし、焼戻しで硬さとねばさを調整する一対の処理として使われる。「焼なまし」「焼入れ」とだけ書くと目的や冷却条件が伝わらないので、規格自体が修飾語を付けて呼ぶよう勧めている。
目的から候補を選ぶ
部品に求める性質から、候補になる処理と、加工の規格・記号を並べると次のようになる。記号は各加工規格の表 1(加工の種類及び記号)による[2][3][4][5][6]。
| 目的 | 候補になる処理 | 加工の規格 | 記号の例 |
|---|---|---|---|
| 柔らかくして削りやすく・曲げやすくする | 完全焼なまし、軟化焼なまし、球状化焼なまし | JIS B 6911 | HAF、HASF、HAS |
| 鍛造・圧延の影響を除き、組織をそろえる | 焼ならし | JIS B 6911 | HNR |
| 組織を変えずに内部応力を減らす | 応力除去焼なまし、低温焼なまし | JIS B 6911 | HAR、HAL |
| 部品全体を硬く・強くする | 焼入焼戻し(冷却の仕方で 8 種類) | JIS B 6913 | HQO-HT(油)、HQW-HT(水)など |
| 必要な面だけ硬くし、芯はねばく残す | 高周波焼入焼戻し | JIS B 6912 | HQI-HT など |
| 表面層の炭素を増やして硬くする | 浸炭焼入焼戻し、浸炭窒化焼入焼戻し | JIS B 6914 | HCG-HQ-HT(ガス浸炭)など |
| 表面層に窒素を入れて硬くする | 窒化、軟窒化、酸窒化 | JIS B 6915 | HNT-G(ガス窒化)、HNC-G(ガス軟窒化)など |
表の「焼入焼戻し(冷却の仕方で 8 種類)」は、JIS B 6913 の表 1 が水焼入焼戻し・水溶液焼入焼戻し・油焼入焼戻し・空気焼入焼戻し・ガス焼入焼戻し・熱浴焼入焼戻し・マルテンパ焼戻し・オーステンパの 8 つを挙げていることによる[3]。焼なましの系統も、JIS B 6911 は焼ならし(HNR)に加えて完全焼なまし・等温焼なまし・軟化焼なまし・低温焼なまし・応力除去焼なまし・球状化焼なましの 6 つを別々の記号で分けている[2]。発注書に「焼なまし」とだけ書かず、このうちどれかを名指しすれば、目的が熱処理業者に伝わる。
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全体を硬くするか、表面だけ硬くするか
迷いやすいのは、硬さが要る部品で「焼入焼戻し」と「表面硬化」のどちらを選ぶかだ。目安になるのは、硬さが要るのが部品全体か、摩耗や接触を受ける面だけかである。歯車の歯面や軸の軸受当たり面のように、表面は硬く、内部は衝撃や曲げに耐えるねばさが要る部品では、表面硬化が候補になる。JIS G 0201 は高周波焼入れを「主に、鋼材の任意の表面又は部分焼入れを行う場合に用いる」と注記しており、部分的に硬くしたいときの処理として位置づけている[1]。
焼入れ後の焼戻しの温度で、同じ焼入焼戻しでも性質は大きく変わる。JIS G 0201 は、焼入れ後に約 400 ℃以上の比較的高い温度で焼き戻す操作を「調質」と定義している[1]。現場で「調質材」と呼ぶのはこの処理を受けた材料で、硬さより強さとねばさの釣り合いを優先した状態である。図面に硬さの範囲を書けば焼戻し温度は熱処理業者が決めるが、硬さだけでなく「衝撃を受ける」「疲れが問題になる」といった使われ方を伝えておくと、温度の選び方がぶれにくい。
材料の炭素量で、選べる処理が絞られる
処理の候補を決めたら、図面の材料と組み合わせられるかを確かめる。各加工規格の表 2(加工材料の種類)を見ると、処理ごとに想定している材料がはっきり違う[3][4][5][6]。
| 加工の規格 | 機械構造用炭素鋼(JIS G 4051)で表 2 に挙がっている範囲 | 合金鋼の例 |
|---|---|---|
| JIS B 6914 浸炭 | S09CK、S15CK、S20CK | SCr415、SCr420、SCM415、SCM420、SNCM220 など |
| JIS B 6912 高周波焼入れ | S20C〜S58C | SCM435、SCM440、SCr440 など |
| JIS B 6913 焼入焼戻し | S28C〜S58C | SCM430〜SCM445、SNCM439、SACM645 など |
| JIS B 6915 窒化・軟窒化 | S10C〜S58C と S09CK〜S20CK | SACM645、SCM415〜SCM445 のほか、ステンレス鋼の多くの鋼種 |
浸炭は表面層に炭素を足して硬くする処理なので、もともと炭素の少ない「肌焼鋼」が並び、焼入焼戻しや高周波焼入れは、それ自体の炭素で硬くなる中炭素の鋼が並ぶ。S45C の部品に「浸炭」と書いたり、S15CK の部品に「高周波焼入れ HRC 55 以上」と書いたりすると、規格が想定する組み合わせから外れる。
ただし、表 2 は「この材料でなければ処理できない」という限定ではない。どの規格も、加工材料は表 2 に挙げたもの又は加工品の品質が規格の品質の項に適合するものでなければならない、と書いている[3][5]。表に無い材料を使うなら、品質が規格どおりに出るかを熱処理業者と事前に確かめる、という扱いになる。焼入れでどこまで硬くなるか(焼入性)まで材料側で保証したいときの鋼材の選び方は、S45C・SCM435 の材料指定の記事で扱っている。
表面硬化の 3 つ(高周波・浸炭・窒化)をどう分けるか
表面だけを硬くする処理は、熱の入れ方と、表面に何を足すかで性格が違う。用語の定義に沿って並べると、次のように整理できる[1]。
- 高周波焼入れ:誘導加熱で表面を加熱して焼入れする。表面に元素は足さない。材料自体の炭素で硬くなるので、中炭素の鋼が前提になる。任意の面や一部分だけを処理しやすい
- 浸炭:鋼材をオーステナイト状態(Ac3 以上)に加熱し、表面層に炭素を拡散させる。浸炭した鋼材は焼入焼戻しを行って使うのが普通で、これを肌焼きと呼ぶこともある
- 窒化:鋼材を加熱し、表面層に窒素を拡散させる。定義に焼入れは含まれず、JIS B 6915 の加工の種類(ガス窒化、プラズマ窒化、ガス軟窒化、プラズマ軟窒化、塩浴軟窒化、ガス酸窒化、プラズマ酸窒化)にも焼入れを伴う記号は無い[6]
同じ「硬化層深さ」という言葉でも、処理ごとに測り方と限界硬さの決め方が違う。浸炭の深さと高周波の深さを同じ数字で比べられない理由と、深さの範囲の書き方は有効硬化層深さの記事で詳しく扱っている。処理の種類を決める段階では、どこまでの深さが機能に要るかを設計と確かめておけば足りる。
部分的に硬くしない場所があるとき
ねじ部や後で穴をあける面など、硬くしたくない場所があるなら、それも処理の選び方に関わる。浸炭の規格は、浸炭防止部に使用上有害となるような浸炭があってはならないとしており(鉄系焼結材料の防止部の品質は附属書で受渡当事者間の協定によるとしている)[5]、窒化の規格は窒化防止を「以後の機械加工及び使用上支障がないように、めっきその他適切な方法で防止する」としている[6]。防止したい範囲は図面で示し、防止の方法(めっき、防止剤など)を熱処理業者と決める。防止部が多い部品では、はじめから部分的に処理しやすい高周波焼入れのほうが合う場合もある。
処理の順番と、熱処理の後にやること
熱処理は単独では終わらない。焼入焼戻しの規格は、割れや変形などの欠陥を出さないように焼入れ後速やかに焼戻しを行うか、適切な温度に加熱して置割れを防ぐこと、加工後に曲がりを矯正するときは矯正による残留応力が以後の機械加工や使用に支障を生じないようにし、必要なときは応力除去焼なましを行うことを求めている[3]。焼入れと焼戻しの間を空けない、矯正したら応力を抜く、という順番は熱処理業者の側の管理だが、発注側も工程表を見るときに確かめられる。
発注側が決めなければならないのは、機械加工との順番である。熱処理の前に仕上げ寸法まで削るのか、熱処理後に研削で仕上げるのかで、熱処理業者に渡す寸法と、硬化層の深さをいつの時点で測るかが変わる。研削で仕上げる部品の深さの書き方は前出の有効硬化層深さの記事に譲るが、熱処理を外注するときは「この部品は熱処理後に何を加工するか」を工程表に書いて渡しておく。
発注で決めること
処理を選んだら、その選択を発注書・図面・購買仕様書に書く。この記事の範囲で決まるのは次の 2 つである。
| 項目 | 書くこと | 根拠・参照先 |
|---|---|---|
| 目的 | 何のための熱処理か(削りやすく/応力除去/全体を硬く/表面だけ硬く) | 焼なましは目的を規定する表現が推奨されている[1] |
| 処理の種類 | 加工の種類か記号(例:HAR、HQO-HT、HCG-HQ-HT) | 各加工規格の表 1 |
「目的」は規格の項目ではないが、熱処理業者が条件を決めるときの手がかりになる。処理の種類を書いたうえで目的を一行添えておくと、指定に抜けがあったときに熱処理業者から問い合わせが来やすくなる。
そのほかに、規格が受渡当事者間の協定に委ねている項目がある。焼ならし・焼なましの規格は、表面硬さのばらつきの許容値を品質の区分で分けてその選定を協定によるとし、変形の許容値も協定によるとしている[2]。焼入焼戻しの規格も同じつくりである[3]。品質の区分の選び方、硬さと硬化層深さの書き方と測る位置、熱処理業者に求める記録と納品時の表示、基準を発注時に書いておく理由は、熱処理を図面で指定する記事にまとめてある。処理の種類を決めたら、続けてそちらで指定を埋めてほしい。
よくある質問
図面に「調質」とだけ書いてある。何を確かめればよいか
JIS G 0201 の定義では、調質は焼入れ後に約 400 ℃以上の比較的高い温度で焼き戻して、トルースタイト又はソルバイト組織にする操作である[1]。ただし、同じ規格の注釈は、ステンレス鋼線や鋼帯などで伸線加工・冷間圧延・熱処理を施して行う処理も「機械的調質」又は「調質」と呼ぶとしている[1]。言葉だけでは内容が一つに決まらないので、材料と、求める硬さの範囲を合わせて確かめる。
焼なましと焼ならしのどちらを指定すればよいか分からない
定義の上では、焼ならしは前加工の影響を除いて結晶粒を微細化し、機械的性質を改善する処理で、冷却は空冷である。焼なましは平衡に近い組織になる条件で冷やす処理の総称で、目的ごとに完全焼なまし・軟化焼なまし・応力除去焼なましなどに分かれる[1]。削りやすくしたいのか、鍛造品の組織をそろえたいのか、溶接や粗加工の後に応力を抜きたいのか、目的を設計と確かめてから JIS B 6911 の記号で名指しする[2]。
表面硬化の処理を、仕入先の得意な方式に変えたいと言われた
浸炭から窒化へ、高周波から浸炭へと方式を変えると、使える材料、硬化層深さの測り方、変形の出方、防止部の扱いが全部変わる。材料の組み合わせは各規格の表 2 で確かめられる[4][5][6]。方式を変えるなら、図面の指定を変更として扱い、試作で硬さ・深さ・変形を確かめてから量産に入る。
まとめ
熱処理の種類は、目的→処理の群→材料との組み合わせ、の順で選ぶ。JIS は熱処理を焼ならし・焼なまし、焼入れ・焼戻し、表面硬化などに分け、加工の規格ごとに記号と想定する材料を示している[1][2][3]。処理を選んだら、規格が協定に委ねている品質の区分・変形の許容値・防止部を発注側で決め、目的と合わせて発注時に書く。図面への書き方と測り方は、熱処理の図面指定の記事で続きを確かめてほしい。熱処理の後にめっきや化成処理をかける部品は、表面処理の種類と記号の記事も合わせて読むと、処理の順番を決めやすい。板金部品で熱処理と曲げが重なる場合は、板金の曲げ加工でできないことの記事も参照してほしい。
出典・参考資料
- JIS G 0201:2023 鉄鋼用語(熱処理)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2023 年 5 月 22 日改正)
- JIS B 6911:1999 鉄鋼の焼ならし及び焼なまし加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS B 6913:1999 鉄鋼の焼入焼戻し加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS B 6912:2002 鉄鋼の高周波焼入焼戻し加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS B 6914:2002 鉄鋼の浸炭及び浸炭窒化焼入焼戻し加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS B 6915:1999 鉄鋼の窒化及び軟窒化加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
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