投稿日:2025年5月11日

強度設計・耐久性向上に活かす「熱応力」の基礎と解析手法および活用のポイント

はじめに―熱応力を制す者が強度設計を制す

製品の軽量化や高速化が加速する一方で、使用環境の温度条件はますます厳しさを増しています。
これに伴い、設計段階で熱応力をどう扱うかが、機器の信頼性・耐久性を左右する重大テーマになっています。
本稿では、20年以上の工場経験で得た知見をベースに、熱応力の基礎から解析手法、そして調達・生産・品質の各部門で活かすポイントまでを総ざらいします。

熱応力とは何か

温度差が生む「見えない力」

材料は加熱・冷却により膨張係数の違いから歪みを生じます。
拘束条件があると、その歪みが応力へ転嫁される現象を熱応力と呼びます。
機構部品、半導体パッケージ、溶接構造など、温度変化を受けるあらゆる製品が対象になります。

代表的な発生要因

1. 異材ボンディング(アルミと銅をろう付けなど)
2. 温度勾配冷却(鋳造品の局所冷却)
3. 繰返し加熱(車載ECUのエンジン周辺など)
4. 瞬間的加熱(レーザー溶接、ハンダ付け)

熱応力がもたらす不具合例

・はんだクラックによる導通断
・溶接ビード近傍の遅れ破壊
・セラミック基板のチップ欠け
・樹脂部品の寸法ずれ、嵌合不良

強度設計で押さえるべき基礎式

線膨張の基本式

ΔL=α・L0・ΔT
ここでαは線膨張係数、ΔTは温度差です。
まずは部品ごとにαデータを正確につかむことが要です。

熱応力の簡易推算

σ=E・α・ΔT (一軸拘束の場合)
E(ヤング率)が高い金属ほど、同じΔTでもσは大きくなります。
樹脂インサート金属の応力集中はここから説明できます。

解析手法の選定ガイド

手計算/エクセルでの一次評価

開発初期の概念検討なら、前述の簡易推算と安全率設定で十分なケースも多いです。
フェールファストの思想で、まずは大まかなリスク箇所を洗い出しましょう。

有限要素法(FEM)の基本設定

メッシュ密度:応力勾配部(角・溶接端)に局所細分化
材料物性:温度依存E、α、熱伝導率kをテーブル定義
境界条件:対流・放射境界、接触熱抵抗を適切に設定
解析でありがちなNGは「室温の物性値だけを入れてしまう」ことです。
温度20℃基準の物性を200℃環境に流用すれば、誤差は数十%に達します。

熱疲労寿命予測

コフィンマンソン則 Δεp=C・N^−β を用いた低サイクル疲労評価が主流です。
熱サイクル試験結果との相関付けには、平均応力補正(ミナー則拡張)が欠かせません。

実験的検証手法

・赤外線サーモグラフィによる温度分布可視化
・ひずみゲージ/DIC(デジタル画像相関)による熱歪み測定
・実稼働負荷を模擬したサーマルショックチャンバー試験
解析と実験をループさせる“シミュレーションベーストデザイン”が短期開発の鍵です。

耐久性向上の設計ポイント

材料選定での工夫

・線膨張係数を近づける異材ペアリング
・熱伝導率が高い材料で温度勾配そのものを低減
・析出硬化系合金や繊維強化樹脂によるクリープ抑制

形状最適化

・応力集中する角部にR付け
・肉厚勾配を緩やかにし、温度勾配を緩和
・スリット/リリーフ孔で熱ひずみを逃がす

接合・組付の注意点

・はんだ印加熱履歴を均一化するリフロー曲線設計
・溶接順序を温度シミュレーションで最適化
・締結トルクと座面粗さを管理し、温度後の緩みを最小化

バイヤー・サプライヤー視点の熱応力マネジメント

調達部門が押さえるべきチェックリスト

1. 材料仕様書に温度依存特性(E, α, k, σ0.2)の記載はあるか
2. 加工サプライヤーが熱処理炉の均熱性を年次校正しているか
3. はんだ材料の鉛フリー移行による熱疲労リスク評価は済んでいるか
4. 検査治具が60℃以上のライン環境でも寸法再現性を保つ設計か

サプライヤーが差別化できる提案

・熱応力解析付き試作一括受託サービス
・赤外線カメラ貸与によるオンサイト温度マッピング支援
・熱サイクル試験データのクラウド共有で設計者とリアルタイム協業

昭和的アナログ現場の落とし穴

「長年同じ条件で焼き入れしているから大丈夫」という属人的管理は要注意です。
熱電対の劣化や炉内断熱材の変形で実温度は変わっている場合が多々あります。
IoT温度ロガーで毎ロット監視し、異常トレンドを早期につかむ仕組みを導入しましょう。

工場全体での熱応力低減アプローチ

自動化ラインでのリアルタイム温度制御

ロボットハンドに赤外線センサを搭載し、搬送途中でワーク表面温度を測定。
設定値外なら自動バッファに逃がし、急冷・急加熱を防ぐ制御が実用化されています。

エネルギーマネジメントとの両立

ピーク電力カットのために急冷水を多用すると、熱応力はむしろ悪化します。
昇温プロファイルを平滑化し、総エネルギーを抑えながら熱ダメージも下げる最適化がポイントです。

ケーススタディ―車載インバータ用パワーモジュール

1. 課題:SiCデバイスを高温側(175℃)で動作させるため、はんだ層の熱疲労が顕在化。
2. 解析:FEMでΔT 150℃、N=10^6サイクルに対応できるか評価。
3. 対策:
・銀焼結ペーストを採用し、線膨張差を低減。
・ベースプレートにCu代替でAlSiCを採用し、熱伝導率を確保しつつαをデバイスに整合。
4. 結果:熱サイクル試験2000サイクルでクラック発生なし。
5. 調達:材料コストは+20%だが、保証期間延長による顧客要求をクリア。

まとめ―熱応力設計は全社横断で取り組むテーマ

熱応力は材料・形状・工程が複雑に絡み合うため、一部署だけで完結することはありません。
設計、解析、試作、量産、品質保証、そして調達までが同じデータを共有し、早期に改善ループを回すことがカギです。
昭和的な経験値頼みから脱却し、デジタル解析と実験フィードバックを融合することで、強度設計と耐久性は飛躍的に向上します。
バイヤーは技術理解を深め、サプライヤーは解析提案力を磨く。
その相乗効果が、日本の製造業が世界で勝ち続けるための必須条件になるでしょう。

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