投稿日:2025年6月19日

暗黙知の見える化と技術伝承への活かし方およびそのポイント

はじめに:製造業における暗黙知の重要性

日本の製造業は、「現場力」と「ものづくりの伝統精神」を強みに、世界を牽引してきました。

そこには、マニュアルや仕様書には書ききれない、熟練者の経験や“勘・コツ”が脈々と受け継がれてきた背景があります。

それこそが、いわゆる「暗黙知」です。

しかし、少子高齢化や人材流動化が進む現代、経験ある技術者が退職してしまえば、貴重なノウハウは会社ごと失われるリスクが高くなっています。

また、デジタル化・グローバル化が求められる令和の製造業界で、昭和のアナログ体質のまま「背中を見て覚えろ」のやり方では、後続の成長も立ち行かなくなります。

今回は、20年以上製造現場で歩んできた視点から、暗黙知をどのように見える化(形式知化)し、技術伝承へ活用していくべきか、その具体的な方法とポイントを解説します。

バイヤー志望者やサプライヤーの方にも、調達購買や現場の変革のヒントになれば幸いです。

暗黙知とは――現場力の源泉

暗黙知の定義

暗黙知とは、言語化されていない個人の知識や技能、ノウハウを指します。

例えば、職人が“仕上げの微調整”で手加減する力。現場リーダーがライントラブルの予兆を“肌感”で察知する判断力。

こうした知恵は暗黙知的で、マニュアル化が難しいものです。

対して、手順書やチェックリストのように言語・図解で明文化されたものが「形式知」と呼ばれます。

なぜ暗黙知は形式知化しにくいのか

暗黙知は、人の感覚や経験による部分が大きく、伝承には「現場を見て、肌で感じて、自ら体験」することが不可欠です。

こうした性質が、製造業の伝統である“OJT(On the Job Training)”文化を生みました。

ですが、現代は多品種少量生産や新人の早期戦力化が求められ、従来の重厚長大なOJTだけでは効率や再現性に限界が見え始めています。

暗黙知が失われるリスク

ベテラン1人に依存したオペレーションは、属人化が進みやすく、世代交代時に業務品質が急激に悪化する「技能伝承断絶リスク」があります。

大手メーカーでも“名人芸を持つ技能者の退職”を契機に、不良率が急増し経営被害を受けた例は後を絶ちません。

いまや、暗黙知を見える化し、チーム・現場全体の共有資産に変えることが、競争力そのものになっているのです。

暗黙知の見える化(形式知化)を進めるポイント

1. 現場で起きていることを徹底的に観察する

暗黙知は、机上ではなく現場に眠っています。

そのためには、「観察記録」が重要です。

たとえば、熟練者の手の動き、工程変更時の判断基準、トラブル時の対応優先順位——こうした行動や思考プロセスを「録画」「計測」「記述」することから始めましょう。

現場でのヒアリングやビデオ映像の活用が効果的です。

優秀なバイヤーや調達担当は、サプライヤー訪問時に“現場の人の動き・判断”まで確認し、納入品質の背景を捉えています。

2. 必要な情報を「構造化」して整理する

集まった情報を単なる“メモ”の山にせず、“ノウハウ地図”として構造化しましょう。

例えば、
・工程ごとに熟練スキルが発揮されるタイミング
・誰が、何を、どの順で判断しているか
・どんな感覚、基準で「良・不良」を見分けているか

こうした_points(ポイント)を、「フローチャート」「チェックリスト」「イラスト」や「動画マニュアル」として見える化することで、皆が理解しやすくなります。

昭和的な手書きノートを、そのままDX化すれば良いわけではありません。

現場の“なぜこうしたのか”まで掘り下げましょう。

3. ストーリー化し、共感と納得を得る

どんな名人技も、「それは自分の勘だ」「昔からこうしている」で終わってしまえば、若手・異分野の人には伝わりません。

そこで、暗黙知の伝承は“ストーリー化”が極めて有効です。

たとえば、
・こういう不具合が過去に発生した
・そのときベテランは、なぜこの方法を選択し、それによってどんな成果が生まれたのか

仕事の背景や意味、それを身につけることで「なぜ価値があるのか」まで語ることで、スキル継承のモチベーションが育ちます。

新規サプライヤーとの知見共有や、全社掲示板での「失敗談」「反省会」もこの一環です。

技術伝承を実効性あるものにするための施策

OJT・OFF-JT・eラーニングの巧みな組み合わせ

伝統的なOJTは、“見て覚える”ことに重きを置きがちですが、新人や転職者には敷居が高いです。

一方、紙のマニュアル、パワーポイント、eラーニング動画だけでは暗黙知の細やかな機微は伝わりません。

最近は、タブレットやAR機器を使った「現場で動画マニュアルを確認・その場で実践」の形が人気です。

また、自分で説明資料を“要約”し直すワークや、「担当以外の工程も他部門ローテーションで習う」など、立体的な教育機会を設けましょう。

バイヤー視点でも納入先と「暗黙知共有会」を設けることで、部品品質や協働体制の強化に役立ちます。

現場コミュニケーションのデザイン

伝承のカギは、「教える・教わる」の双方向コミュニケーションです。

現場の日報や「気づきメモ」、カイゼン提案活動、社内SNS、朝礼ミーティング。

些細な意見も拾い、失敗談・成功例・仮説検証をオープンにし、「知恵のサイクル」を生み出すことが重要です。

昔は、昼休みに油まみれの生産現場で“語り継がれた武勇伝”が、結果的に暗黙知の伝達役割を担っていました。

今の時代は、オンライン掲示板や共用ノートの活用、分野横断ワークショップの開催が効果を発揮します。

「なぜ?」を繰り返し、“型”と“応用”を分けて伝える

技術やノウハウには「不変の型」と「現場ごとの応用」があります。

単なる手順ややり方だけでなく、「なぜそうするのか」理由を問い、“汎用部分”と“個別対応部分”を切り分けて共有しましょう。

たとえば、「この湿度条件では工程Nを先にやる」「この素材の時だけ補強する」など、具体的な背景まで説明します。

それこそが、ベテランの“ただ真似するな、理由を聞け、考えろ”という熱意の裏にある本物の伝承です。

昭和アナログ業界の根強い課題とその解決アプローチ

アナログ現場でこそDXが活きる理由

日本の製造業の多くは、依然としてアナログな工程管理や紙ベースの記録に頼っています。

これは「現場主義」の強さの裏返しでもあり、責任感と職人気質に支えられた経営文化でもあります。

しかし、今日のグローバル競争では、「属人化したまま」では企業体力が持ちません。

デジタルツールを導入し、職人の手仕事の様子や不良分析・保守ノウハウを動画・データベース化することで目に見える資産として残し、全社の競争力に高めることが可能です。

シニア人材とデジタル人材の“知の共創”

ITスキルにやや弱いシニア世代が、単なる“指導者”になるのではなく、「あなたたちなりに工夫して見える化を進めてほしい」と若手にバトンを渡し、コラボレーション型でノウハウ共有を進化させるのがコツです。

こうしたプロジェクトは、人材のダイバーシティ(多様性)育成や現場の心理的安全性の向上にも寄与します。

現代バイヤー・サプライヤーに必要な「製造現場力」

調達購買・バイヤー職も、単なる「価格交渉役」から一歩抜け出し、サプライヤーと現場レベルでの暗黙知を共有し、ものづくり文化そのものを高める「パートナー」へ進化が求められています。

サプライヤーも「QCD+E(クオリティ・コスト・デリバリー・環境)」を満たすだけでなく、現場の知見や課題意識を分かち合う姿勢が求められます。

まとめ:暗黙知を資産に変え、製造業の未来を創る

暗黙知は、製造業の一番の“武器”であり、同時に最大の“リスク”でもあります。

だからこそ、
・現場での徹底観察・録画・記録
・マニュアルやストーリーによる形式知化
・進化した教育×コミュニケーション設計
・旧来型アナログ慣習とDXのベストミックス
この4つの視座から、“見える化→伝承→共創”をサイクルとして回し続けましょう。

それが、ものづくりの現場で皆が活き活きと働き、世代や職種を超えて知恵が連鎖する日本型イノベーションの原点であると、私は感じています。

この記事が、暗黙知伝承の推進や、現場力の再発見の一助となれば幸いです。

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