投稿日:2025年6月20日

触感の測定・定量的評価および触覚測定を活かした製品開発への応用

はじめに:製造業と「触感」の関係性

製造業において、製品の機能や安全性、耐久性は当然のことながら重要なポイントです。
しかし、近年加速度的に重視されているのが「触感」の価値です。
かつては、見た目のデザインや強度のみが主要な品質指標とされてきた時代もありました。
ですが今や、「人が触れたときの感触」そのものが、製品選択の大きな分岐点となる場面が増えています。

さらに昭和から続くアナログな現場感覚――たとえば熟練作業者の「この仕上げなら良い」といった感覚的な評価――が依然として製造現場には根強く残っています。
こうした感覚値をどのように数値化し、標準化し、量産や品質保証に応用できるかが、現代ものづくりの大きな課題といえます。

本記事では、「触感」という曖昧で感覚的な価値を、どのように測定し定量化できるのか、そして、その成果をどのように実践的な製品開発に活かしていくかを、実務者目線・バイヤー目線・サプライヤー目線の多角的な観点から解説します。

触感の定義と製品開発における重要性

触感とは何か?

触感とは、皮膚を通じて得る「ものの感触」や「表面性状に対する心理的印象」のことです。
「すべすべ」「ざらざら」「ぬるぬる」「しっとり」といった言葉で表現されるものは、まさに触感の例です。
視覚や聴覚による五感情報とは異なり、接触することで初めて得られる情報であり、消費者の製品評価に直結する重要な要素です。

触感が製品価値を左右するシーン

たとえば家電製品のスイッチに指を置いたときのクリック感、自動車のハンドルを握ったときのしっとり感、食品包装フィルムの開封時のつまみやすさ――こうした細かな触感が、「直感的な使いやすさ」や「高級感」など商品価値そのものに変換されます。
またBtoB領域においても、バイヤーは「サンプル品の触感による差別化」や「顧客満足度向上の手段」として触覚付加価値を重要視しています。

現場ベースでの課題

しかし現実の現場では、「ベテラン作業者の感覚」頼みになりがちで、標準化や若手への継承が困難な領域です。
これが品質トラブルの隠れた要因となったり、製品開発スピードのボトルネックになったりしていることが少なくありません。

触感の測定と定量的評価の最新手法

主観評価:アンケートとパネルテストの限界

これまで触感評価といえば、モニターやパネルによる官能検査が主流でした。
具体的には、複数人による「五段階評価」や「特徴語選択」などの主観評価です。
これは一定の傾向つかみに有効ですが、「個人差」や「再現性の低さ」が大きな課題となります。

機器による物理測定(定量化)の進化

近年では下記のような機械的手法による客観的評価が急速に普及し始めています。

  • 摩擦係数測定装置:表面のすべりやすさ、ざらつきなどを数値化。
  • テクスチャーアナライザー:力・変位データから柔らかさ、弾性、コシの強さなどを数値として表現。
  • 微細表面形状測定:レーザー顕微鏡やAFM(原子間力顕微鏡)でμm・nmオーダーの凹凸を可視化。
  • 振動解析・音響解析:皮膚に伝わる微細振動や音情報を使って間接的に触感を評価。
  • 人工皮膚センサー:人間の指先を模したセンサーを用いてリアルな触感情報を数値取得。

これらの定量評価技術の導入により、「曖昧な感覚」を「科学的根拠のある数値」として開発・生産管理にフィードバックしやすくなっています。

AI活用によるノウハウ継承・分析の発展

最近では、取得した定量データをAIに学習させ、「五感」と「物理値」の関係を可視化する取組みも各社で始まっています。
たとえば「ベテラン作業者の評価傾向」をAIがパターン化し、その感覚を若手や外部協力先へわかりやすく伝達する──といった応用も可能です。

昭和型アナログ文化を活かすラテラルシンキング的発想

アナログ現場の良さをデジタル化する

日本のものづくりは、現場の「感覚知」を核に進化してきました。
この感覚知とAI・センシングを組み合わせることで、熟練者の暗黙知を組織資産として蓄積し、「触感品質の伝承」や「属人的業務の平準化」を図ることができます。

また、「現場で培われた言語化しにくいノウハウ」を、デジタルデータの形で蓄積することで、事業継続や新規開発のスピードアップにも大きく寄与できます。

バイヤー&サプライヤーの新しい価値提案

バイヤーは発注先に対し「こういう触感を持つ素材・パーツが欲しい」と具体的かつ定量的なスペックを伝えられるようになり、無駄な試作づくりや手戻り、感覚のズレを大幅削減できます。
一方サプライヤー側も、「触感のスペック化」により差別化や高単価案件の獲得、技術的アピールがしやすくなります。

触感測定技術を活かした製品開発の実践例

自動車:内装部品の高級感と安全性

自動車内装部品では、単なる「見た目の美しさ」だけでなく、指でなぞったときの「しっとり感」「サラサラ感」も重視されます。
一流メーカーでは、表皮材の摩擦係数や表面粗さを徹底的に管理し、「触れたときのブランドイメージ」を科学的に設計しています。

家電・文房具:ユーザーインターフェイスとしての触感

ノートPCや家電スイッチは「硬すぎず柔らかすぎない」タッチ感、ペンや工具では「持った瞬間のしっくり感」や「手になじむグリップ感」が差別化ポイントになります。
こうした領域でも、センシングデータ×官能評価を組み合わせた設計開発が活発になっています。

パッケージ・食品業界:感性バリューチェーンの強化

食品トレーやラップ、和菓子包材などでは「包装フィルムのぬくもり」「手で開けやすさ」といった触感駆動型価値が重視されます。
メーカー各社は新材質の摩擦特性やフィルム厚み・形状を用途やターゲットユーザーごとに細かく最適化し、ブランドイメージ・売上向上につなげています。

現場が直面しやすい課題とその対応策

「測れないものは管理できない」という現実

現場では「いい感じ」「いつもの感覚で」という曖昧評価が常態化しやすいのが実態です。
しかし一度数値化・標準化されてしまえば、海外拠点や協力会社への仕様伝達もスムーズになり、品質トラブル・工程ロスの削減に大きく貢献します。

測定装置導入のコスト・リソース課題と解決アプローチ

測定機器やAIシステムの導入はコストも時間もかかります。
しかし、「評価軸の標準化(テンプレート化)」→「簡易測定+パネル評価」→「本格導入(高価装置)」といった段階的な展開を図ることで、現実的かつ着実な改革が進めやすくなります。

また、装置メーカーや大学・試験研究機関との連携による共同開発・外部委託の活用も効果的な選択肢です。

まとめ:触感を極めることの経営的・現場的メリット

製品開発の差別化と人財の多様性活用

触感定量化の取組みは、「オンリーワンの商品価値」や「新たな市場ニーズの創造」につながります。
さらには、性別・国籍・年齢など多様なユーザーへの最適設計を進めるうえでも、大変有用なアプローチです。

バイヤー・サプライヤーの好循環の創造へ

バイヤーは「付加価値提案能力」を向上させ、サプライヤーは「スペック提供力・選択肢提示力」を磨くことで、取引双方にとってのウィンウィンな好循環が生まれます。

昭和から続く現場力とデジタル活用の最前線

「感覚こそ現場の強み」と「数値で語れる開発競争力」。
両者をうまく融合することで、日本のものづくりがさらに世界で評価される時代がやってきます。

最後に:未来の触感開発を目指す製造業従事者の皆さまへ

私自身、昭和のアナログ現場からデジタル時代の定量管理まで、現場の泥臭い知見と最新技術の両方の恩恵を受けてきました。
これからは「人の感覚」と「テクノロジー」を重ね合わせ、業界の新しい地平線を開拓していく時代です。
「触感」を競争力に変える知的製造現場へ、ぜひ一歩踏み出してみてください。

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