投稿日:2025年6月21日

Phreeqcの使い方と化学平衡計算への応用

Phreeqcの基礎知識とその重要性

水処理技術や環境分析の現場で、いま最も注目されている化学平衡計算ツールの一つが「Phreeqc(フリーク)」です。
Phreeqcは、米国地質調査所(USGS)によって開発されたオープンソースのコードであり、世界中で水の化学平衡計算や溶液のスペシエーション(イオンの形態変化)解析、鉱物の溶解・沈殿予測に広く使われています。

日本の製造業、とくに水処理や廃液管理の分野でも導入が進みつつありますが、実際に現場で効果的に活用できている事例はそう多くありません。
ここでは、Phreeqcの基本的な使い方と化学平衡計算への応用について、実践的な視点とともに詳しく解説します。

Phreeqcの概要と特徴

Phreeqcは、主に以下のような特徴を持っています。

1. 溶液の化学種分布を計算できる

溶液中にどのようなイオン形態(種)が存在しているのか、その分布を化学平衡の原理でシミュレーションできます。
これにより、例えば重金属イオンがどの形で存在するのか、毒性評価や除去処理の検討に大いに役立ちます。

2. 鉱物の溶解・沈殿挙動がわかる

水質条件が変化したとき、鉱物が溶解するか沈殿するかを計算により予測できます。
これにより、工場排水のスケール対策や、水質調整用薬品の最適設計などに応用できます。

3. さまざまな入力インターフェース

テキストベースの入力・出力方式に加え、Expert版やGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)も利用でき、プログラミングが苦手な方でも敷居が下がっています。

4. 豊富なデータベース

標準で用意された熱力学データベースにより、さまざまな化学反応が扱えます。
独自のデータベース追加も可能で、現場特有の条件改変にも柔軟に対応します。

Phreeqcを使いこなすための基本プロセス

Phreeqcの運用は、主に4つのステップで構成されます。
現場担当者、特に調達購買や品質管理部門の方が押さえておくべきポイントも併せて説明します。

1. インストールと初期設定

Phreeqc公式ページから最新版をダウンロードし、Windows/Linuxでインストールします。
現場での導入はセキュリティ部門との調整が必要なことも多いので、プロキシやユーザー権限に注意しましょう。

2. 入力ファイル(INPファイル)作成

計算条件を記述したテキストファイル(.inp)をつくります。
例として、原水の水質組成(pH、Ca、Mg、Na、Clなど)をINPUTします。

この際、分析データの単位変換(mg/L→mmol/Lなど)は漏れやすいミスなので、必ずWチェックが必要です。
製造業の現場では、「納入仕様値」や「異常データ混入対策」といった視点でもチェックが不可欠です。

3. シミュレーション実行

Phreeqc本体に入力ファイルを読み込ませ、計算実行します。
出力ファイルに、計算結果(例えばpH、各種イオン種分布、飽和指数、鉱物の沈殿可能性など)が記載されます。
現場では、日々の「工程変動」や「薬品投入条件」などをパラメータに含めることで、よりリアルなシナリオが検討できます。

4. 結果分析と意思決定

出力ファイルから必要な情報を抽出し、現場の設備調整や購買条件の変更などへ反映させます。

たとえば、pHが微妙にずれるだけで想定外のスケールが発生するケースも珍しくありません。
Phreeqcのシミュレーションは、そうした「予防保全」「影響度評価」に直結します。

実際の工場でのPhreeqc活用事例

水処理プロセスの最適化

ある精密機械部品メーカーでは、工場排水に含まれる重金属の沈殿処理が課題でした。
従来は経験的に薬品投入量を調整していましたが、Phreeqc導入によりCa, Mg, SO4等の共存イオンの影響を数値で把握。
的確なpH制御・薬品選定が可能となり、薬剤コストが10%削減できた上に、流出金属イオン濃度も安定化しました。

原材料調達と品質保証への応用

大量の水を使用するセラミックメーカーでは、原水(地下水・上水)の品質変動が製品不良の原因となっていました。
Phreeqcでの定期的な原水組成シミュレーションにより、「どの成分に変動リスクがあるか」「どんな元素が沈殿または溶解しやすいか」まで逆算でき、調達購買段階からの品質保証プロセス強化につながりました。

サプライヤーとバイヤーの協業ツール

調達側(バイヤー)は、納入水質のスペシエーション評価をPhreeqcで実施することで、サプライヤーとの技術的打合せ・交渉時に「理詰め」の裏付けを持つことができます。
このロジックは、アナログな経験則に頼りがちな業界慣習を打破し、建設的な契約条件・品質協議のベースとなります。

ラテラルシンキング:Phreeqcで開拓する製造業の新たな地平線

ノウハウの明文化で属人化から脱却

昭和時代から続く「ベテラン頼み」「勘と経験」からの脱却は、Phreeqcのようなシミュレーターが得意とする分野です。
例えば、分析担当者が退職したとき、分析データに基づく定量的な水質管理シミュレーションが残っていれば、後継者は容易にノウハウを再現できます。
これこそ、「現場知の集約と伝承」に直結するラテラルな活用法です。

デジタルツインへの架け橋

いま製造現場では、IoTやAI、デジタルツインが盛んに叫ばれています。
Phreeqcによる化学平衡シミュレーションは、実データと理論モデルをセットで運用することで、物理的なプラントの「デジタルツイン化」への足掛かりとなります。

例えば、水質センサーやPLCのデータをリアルタイムでPhreeqcに反映させれば、「事象の予見→即時対策」という攻めの品質保証手法が導入できます。

調達・購買担当者が持つべき化学的センス

コスト主導の調達だけでなく、水質や原材料の変動リスクを「化学平衡」という目で可視化できるのは、今後ますますバイヤーに求められる資質です。
サプライヤーとの協議や、工程外注先との品質連携において、Phreeqcの出力結果をベースにロジカルな提案ができる人材は、今後社内外で高い信頼を得るでしょう。

昭和的アナログ習慣とPhreeqcの融合

日本の製造業には、「前例踏襲」や「帳尻合わせ」といった昭和的なアナログ文化が強く根付いています。
Phreeqcの導入時には、こうした文化とデジタル技術の摩擦が避けられません。

しかし、「すべてを数値で置き換えよ」とせず、まずはアナログ的な検証方法(例えば、現場テストや分析データ)とPhreeqc計算を突き合わせる「両輪運用」を心がけましょう。
現場の納得感を得やすく、徐々にデジタル活用範囲を広げるのが合意形成の近道です。

Phreeqcの今後とキャリア形成への示唆

Phreeqcの学習・運用ノウハウが社内に蓄積されると、バイヤー・サプライヤー、技術・調達・生産管理部門全体で「科学的根拠に基づく意思決定」が加速します。
今後はサプライチェーン全体で「数値を根拠にした協議・購買・品質保証」が一般的になり、各担当者にはその素養が求められます。

Phreeqcユーザーとなることで、単なるエンジニアから「現場の数字で語れるバイヤー」「サプライヤーから信頼される調達エキスパート」へと、一歩進化することが可能です。

まとめ

Phreeqcは、単なる化学平衡計算ツールに留まりません。
現場での水処理・品質管理・サプライヤー交渉において、論理的で根拠ある意思決定を可能にする武器です。
アナログ文化が色濃く残る製造業でも、その活用によって「勘と経験」に依存しないデータドリブンの現場が拓けます。

バイヤーを目指す方はもちろん、サプライヤーの立場でバイヤーが何を見ているのか知りたい方も、Phreeqcの導入・活用にトライしてみてはいかがでしょうか。
新しい地平線が、必ずやあなたのキャリアにも現場改善にも、力強いインパクトをもたらすはずです。

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