投稿日:2025年6月30日

マルチフィジックス計算科学基礎と製品開発へ活かすシミュレーション事例

はじめに:なぜ今「マルチフィジックス計算科学」なのか

製造業の現場が抱える課題は、年々複雑化しています。
コストダウン、品質要求の厳格化、開発期間の短縮など、市場はますますシビアになっています。

このような時代において、従来の“経験と勘”だけでは戦えません。
理論と数字、そして現実(リアル)の往復が不可欠です。
その中心になるのが、マルチフィジックス計算科学です。

マルチフィジックス(Multi-Physics)とは、熱・流体・構造・電磁場など、複数の物理現象を同時に扱う解析手法です。
この基礎や実際の製品開発への応用例を、現場目線でわかりやすく解説します。
新しい時代のものづくりに役立つ具体的なヒントをお届けします。

マルチフィジックス計算科学の基礎

1.マルチフィジックスとは何か?

単一の物理現象だけを追うCAE(Computer Aided Engineering)は、もはや過去のモノになりつつあります。
例えば、「金属部品の強度解析」だけを行うのでなく、
「加熱時の熱膨張→その歪みが応力分布にどう影響し、結果としてどう壊れるか」
「水流による冷却→熱の伝搬→その温度分布が材料特性をどう変えるか」
など、“物理現象の連鎖”ごと仮想的に再現する考えが主流です。

これこそが、マルチフィジックス計算科学の真骨頂です。
現実世界では、複数の物理現象が同時に・密接に絡み合いながら製品は動作します。

2.主なマルチフィジックスの組み合わせ例

– 構造×熱(例:エンジンピストンの熱応力解析)
– 構造×流体(例:ポンプの羽根車の変形&水流相互作用)
– 熱×流体(例:電子基板の冷却制御)
– 電磁場×熱(例:モータのコイル発熱)
これら複合領域を再現・予測するための計算力学や解析ツールが今や不可欠となっています。

3.身近なCAEとの違い&導入時の課題

従来のCAD/CAEツールとの大きな違いは、
「複数分野の連携を扱うことによるモデル化の煩雑さ」と
「計算リソース(時間・マシンスペックなど)の必要性」にあります。

加えて、実験・現場データとの整合をどうやってとるか(バリデーション)、
現場の日程や社内稟議とどう擦り合わせるか、
エンジニアの教育・リスキリング問題…
マルチフィジックスの導入は“理論以上に現場の肝”も問われます。

製品開発での具体的なシミュレーション事例

1.自動車部品の例:エンジン部品をどう最適化するか?

自動車のエンジン周辺では、熱・流体・構造・材料劣化など多様な物理現象が絡みます。
例えば、ピストンやシリンダーヘッドの開発プロセス。

従来は「高温でも壊れなければOK」という設計基準でした。
今は違います。
「燃焼温度がどう伝わり、熱応力がどこに集中し、冷却水流はどんな挙動か、油膜は崩れないか」
あらゆる点を数値で予測し、最適化する時代です。

この過程でマルチフィジックスは、
– 熱解析(燃焼ガスによる昇温・伝熱経路の解析)
– 流体解析(冷却水・オイルの流れ・冷却効率)
– 構造解析(温度勾配による熱応力・繰り返し応力)
を“同時に”扱い、製品寿命の最長化やコスト削減につなげています。

2.電子機器製造:ヒートシンクと基板冷却の最適化

半導体部品や電子機器では、放熱(冷却)設計も肝です。
「電子部品の発熱→熱伝導/対流→筐体の温度上昇→最終的に動作限界がどうなるか」
この流れをマルチフィジックスで詳細に再現できます。

例えば、ヒートシンクの形状最適化では、
– 電子部品からの熱移動
– ヒートシンク自体の熱伝導
– 周囲空気の流れによる放熱
– 局所的な熱ダレや材料劣化
これらの要素を同時解析して設計できます。

昔なら“物量頼み”だったフィンの厚みや素材も、今は数値で裏づけし最小化・最大効率化できます。

3.射出成形:成型不良の複合解析

樹脂成形の現場では、「金型内の樹脂流動解析」と「冷却速度」「反り」「エア溜まり」など複合的なトラブルが発生します。
従来の勘や作り込み・現物検証では、歩留まり改善にも限界がありました。

マルチフィジックス解析では、
– 樹脂の充填流動(流体)
– 冷却工程中の熱分布(熱伝導)
– 固化時の収縮・変形(構造)
– 金型自体の温度応答(材料特性変化)
これらを丸ごと解析し、成形不良・不具合発生率の予測&削減に貢献しています。

不良が「なぜ」「どう生じるか」まで逆算し、金型設計を“理にかなった”ものへ進化できます。

4.製造現場の自動化&省エネ設計

設備の保全・異常検知や、生産ライン全体の省エネ化にもマルチフィジックスは効果的です。
例えば、モータの発熱解析から効果的な冷却タイミングを逆算したり、
エア搬送装置の空気流をシミュレートし最適なエネルギーマネジメントを設計するケースです。

現場担当者‐保全マン‐管理者が一体となり、“実感のある省エネ”を実現できます。
これもまた“昭和的な勘”を“平成‐令和の数値科学”にアップデートする好例です。

バイヤー・サプライヤーの立場で知るべきポイント

1.バイヤー目線:サプライヤーに求めるシミュレーション力

バイヤーがサプライヤーに発注・外注依頼する際、「もの(完成品・部品)だけ」でなく、
“どれだけ科学的根拠が積み上げられているか”を重視する傾向が強まっています。

– どんな解析を実施し、どの領域まで考慮しているか
– モデルやパラメータ選定の妥当性
– 実験や試作の裏付けがどれだけあるか
– 異常時シミュレーション(フェイルセーフ設計など)の有無

これらを説明できる技術力は、「価格競争以外の差別化」そのものです。

サプライヤー視点では、単なる“図面通り”から一歩踏み込み、
「設計意図」「想定ユースケース」が読み取れるシミュレーション体制の構築が、今後ますます重要になります。

2.サプライヤー目線:バイヤーが重視する“リスク説明責任”

今はクレームや品質問題が大きな経営リスクとなる時代です。
サプライヤーは「納品します」という従来型から、
「どこまで対応検証したか」「どんな前提なら不具合が起こりうるか」まで含め、バイヤーへ分かりやすく説明するスキルも必須です。

マルチフィジックス解析を使った
– リスクアセスメント(何がボトルネックか、リスクはどこに潜むか)
– バリデーション・テスト基準の論理的説明
これが“ビジネス上の信頼”も左右します。

昭和から令和へ…業界動向とアナログ現場が抱える壁

昭和型製造業は、「現場第一主義」「失敗の経験蓄積」によって進歩してきました。
ですが、グローバル化や品質クレームリスクの高騰に伴い、“理論”と“数字”に裏付けされた開発・生産が必須の時代です。

その中で、アナログな手法―例えば
– 属人的な手練手管
– 「前と同じでOK」という設計変更プロセス
– 報連相に頼る課題抽出
これらは“ブラックボックス化”というリスクも合わせ持っています。

マルチフィジックス解析の本質は、“現場の知恵”と“理論・解析”の接続にあります。
たとえ高度なシミュレーションツールが導入されても、結局は現場担当者が
「どのパラメータを変えると現場で何が起こるのか?」
「どの計算結果が実際の一時不良やクレームにつながりやすいのか?」
を読み解く力が求められます。

この“現場カルチャーの壁”を超え、現代にふさわしい「デジタル・サイエンス融合型ものづくり」に進化するためには、
– シミュレーション活用ノウハウの見える化
– 教育・人材リスキリング
– 現物×バーチャルの相互確認(バリデーション活動の重視)
といった取り組みが今強く求められています。

まとめ:明日の製造業は「マルチフィジックス思考」から

マルチフィジックス計算科学は、単なるIT化や効率化技術ではありません。
現場の知見とシミュレーションを“対等に行き来できる新しい思考方法”です。

バイヤーにとっては、「期待通りの性能が、どうしてその条件下で発揮できるのか?」を科学的に確認し、リスクを逆算できる武器であり、
サプライヤーにとっては、「根拠づけ」のある製品提案力を高め、従来型価格競争から一歩抜け出す差別化要素となります。

アナログから脱却できない製造現場でも、
小さな解析から現場観察とつなげていく工夫が、きっと大きなブレークスルーを生み出します。

ぜひ皆さんの現場や業務にマルチフィジックス思考を取り入れ、“ものづくりの進化”を共に体感しましょう。

You cannot copy content of this page