投稿日:2025年8月14日

サプライチェーンリスク管理:災害・政治・疫病の代替ルート設計

はじめに:なぜ今サプライチェーンリスク管理が重要なのか

製造業において、サプライチェーンリスク管理は今や、最前線の経営課題です。

長年、現場主義を貫いてきた日本の製造業ですが、世界規模のサプライチェーン寸断という課題に、これまでの「勘と経験」だけでは立ち向かえない事態が増えています。

昨今では、局地的な自然災害だけでなく、地政学的なリスクや新興感染症など、かつて想像もしなかった事象がサプライチェーン全体に大きな影響を及ぼしています。

本記事では、サプライチェーンリスク管理の重要性と、現場が即対応可能な代替ルート設計の実践的方法、更にはアナログな業界文化にも適った具体的な対策をご紹介します。

長年、調達購買・生産管理・品質管理といった現場のリアルを経験してきた私の体験や知見を交え、バイヤー・サプライヤー双方の目線で「今、何をすべきか」を掘り下げます。

なぜサプライチェーンはもろいのか?リスク要因の再確認

サプライチェーンの脆弱性は、単に一つの工場の問題ではおさまりません。
ここ20年で明確に言えるのは、部分最適化の積み重ねが「全体最適」の毀損につながってきた実例が後を絶たない、という現実です。

自然災害による寸断のインパクト

日本では地震・台風・洪水といった災害リスクが常につきまとっています。

東日本大震災の際には、東北地方の部品サプライヤーが被災し、自動車・電子部品の世界中の工場がラインストップを余儀なくされました。

しかも、Tier3、Tier4というような下位サプライヤーの実態を把握していなかった企業が多く、ブラックボックス化、さらに調達先の一本化が裏目に出ました。

政治リスクとグローバル調達の罠

米中貿易摩擦、ロシアのウクライナ侵攻など、政治的な要因もサプライチェーンを直撃します。

一国への依存度が高いと、わずかな制裁や関税の変動だけでもコストが急騰し、納期遅延、場合によっては調達不可能になります。

長年「最安値」を追い、アジア各国へ調達網を集中させてきた結果、予測不能な地政学リスクによる打撃が現実味を帯びています。

感染症・疫病と突発対応の限界

新型コロナウィルスのパンデミックは、「人が動かなければモノも動かない」ことを痛感させました。

特に、従来は「お客様との対面重視」や「現場確認こそが命」とされてきたアナログ文化が、リモート対応や電子承認の限界を露呈しました。

また、物流インフラ自体が混乱し、「工場には材料も人も来ない」という未曽有の事態も現実となったのです。

昭和的調達の限界と、現場に根付く「もしも志向」の必要性

昭和から受け継いだ「御用聞き型」「内示と約束」「口約束文化」といった日本独特の調達観は、モノづくりの強みでもありました。

しかし、外部環境の激変にはこの発想だけでは対応しきれません。

なぜ「一社依存」が危険なのか

品質・コスト・納期(QCD)が優れている一社に頼るのは効率的ですが、逆に言えば、その一社に「弱み」を握られるリスクとも言えます。

現場では「どうせ、何十年も代替先など動かせない」という思い込みも未だ根強いですが、調達現場の個人技に頼ったサブ的なルート確保、これこそ「昭和流の裏ワザ」でした。

本当に経営資源を守り抜くためには、「もしも」を具体的に想定して、複線化、標準化、そして全体最適を志向する発想転換こそが必要です。

「属人化」からの脱却とナレッジ共有の重要性

現場のベテランバイヤーが「自分の経験と人脈」だけで何とかしてきた時代は、すでに終わりを迎えつつあります。

購買・調達ノウハウを全社共有し、業務プロセスの標準化、マニュアル化こそが、不測の事態でも動ける組織力を生みます。

「俺のやり方」ではなく「みんなの仕組み」を創る意識改革が急務です。

実践的サプライチェーンリスク管理:災害・政治・疫病別の対策

1. 災害リスクへの備えとサプライヤー多元化

地域分散型サプライチェーンの設計は、最もシンプルなリスクヘッジです。

例えば、主要部品の調達を同一県内2社、もしくは遠隔地サプライヤー含めて3社体制にする。

定期的に「もしA社・B社が調達困難になったら…」というシナリオを作成し、代替品の規格・品質評価も並行決定しておくなどの仮想訓練(テーブルトップ演習)も有効です。

昭和・平成時代の「一社名指し」仕様書から脱し、仕様を公開できる範囲で「複数の会社で作れる設計」へのシフトも必要です。

2. 政治・地政学リスクへの柔軟対応

新興国調達・グローバル購買においては、わずか数か月で最良ルートが「使えなくなる」現象が急増しています。

ここで重要なのは、当たり前のコツですが、「第二・第三の調達ルート」を開発し続けていくことです。

また、リスクの高い国に対しては「ローカライズ(地産地消)」や、現地法人での直接購買といった選択肢も取り入れましょう。

契約内容に「不可抗力(Force Majeure)条項」を盛り込み、急な為替変動や物流遮断についての調整余地をもった設計もポイントです。

3. 疫病・パンデミック対応とアナログ現場のDX推進

新型コロナ禍で得た最大の教訓は IT&ネットワーク活用の重要性でした。

しかし、全てを完全デジタル化するのは困難です。

現場目線では「ハイブリッド対応(紙+デジタル)」を推進する現実的アプローチが有効です。

例えば、緊急避難の発注書や協力会社とのコミュニケーションを電子化するだけでも、大幅なリスク削減となります。

更に、自社・サプライヤー双方でBCP(事業継続計画)を作成し、担当者が変わっても誰でも判断・行動できる資料作成・共有が急務です。

リスク管理の最前線で求められる「現場の知恵」とバイヤーの役割

サプライチェーンリスク管理の現場で、最も問われるのは「現場発の情報の質」と「バイヤーの意思決定力」です。

現場の声を活かす体制づくり

生産現場・品質管理・調達購買の連携を密にすることで、部品や物流の小さな変化も即座にリスクシグナルとして共有できる環境が必須です。

「報告・連絡・相談」だけでなく、「提案・判断」まで現場に任せる責任体制を構築しましょう。

また、生産現場で気づいた「改善余地」や「問題の予兆」を購買・経営層にあげやすい雰囲気づくりも、リスク未然防止につながります。

バイヤーがもつべき視座と選択肢の広さ

バイヤーには「調達価格を下げる」使命だけでなく、「供給の安定」を第一に考える役割があります。

リスクが顕在化した際には、意図的に高コストな調達も選択肢としつつ、将来的なサプライヤー開拓や国内回帰の検討も大胆に提案すべきです。

また、サプライヤー交渉の場でも「平時の信頼関係」と「有事の柔軟さ」の両立が重要です。

サプライヤーから見たバイヤーの視点を知ることの意義

サプライヤーの立場からバイヤーの行動原理や方針を知ることで、より効果的な関係構築が可能となります。

バイヤーが代替先を模索する理由や、「もしも志向」に基づく複数調達の意義を正しく理解し、不測の事態にもこころよい協力ができる体制を築きましょう。

また、自社の強み弱みを積極的にバイヤーに開示し、共同で課題解決プランを練る提案型姿勢もWin-Winの関係を作る大きなポイントです。

まとめ:サプライチェーンリスク管理は、現場力と共創力がカギ

サプライチェーンリスクへの対応は、一朝一夕には実現しません。

しかし、災害・政治・疫病それぞれの特性に応じて、「複線化」「ナレッジの共有化」「有事のシナリオ設計」といった地道な工夫が、強靭なサプライチェーンを生み出します。

そして、その実現には現場の“気づき”・“知恵”と、サプライヤー・バイヤー両者の情報共有、信頼関係が欠かせません。

昭和の現場力とデジタル新時代の知恵を組み合わせ、各自が「もしも」に備える日常業務こそが、未来の製造業の成長を支える最大のカギです。

リスク管理は、コストの圧縮よりも、事業の継続性と全体最適を生み出す“先行投資”であるという新たな視点で、今この瞬間から行動を始めましょう。

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