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生産拠点の移設提案をTCOで評価し中期原価を下げる

目次
はじめに:製造業の移ろう地政学リスクと生産拠点の再考
近年、製造業を取り巻く環境は刻々と変化しています。
中国をはじめとしたアジア諸国の経済発展、為替相場の変動、そして米中摩擦や地政学リスクの高まりなど、グローバルに事業を展開する企業にとって「どこでどう生産するか」が極めて重要な経営課題となりました。
かつては「現地生産・現地消費」の原則、あるいは圧倒的なコスト差を追い求めて低コスト国への生産移管一辺倒だった時代も、今や様変わりしつつあります。
このような状況下で注目されているのが、「TCO(Total Cost of Ownership、総保有コスト)」という概念です。
単なる製造原価や労務費にとらわれず、中長期目線での総合的なコスト評価による最適な生産拠点の見直し・移設提案が、これまで以上に求められています。
本記事では、昭和的な「人件費だけ」で判断しがちなアナログ思考から一歩踏み出し、TCOのフレームワークを活用した実践的な生産拠点移設の評価手法、そして中期的な原価低減の実践例をご紹介します。
実務現場で培った知見をもとに、購買・調達担当者、現場管理職、サプライヤー双方の視点から深掘りします。
TCOとは何か? 〜単価比較とは一線を画す評価法〜
TCOに含めるべきコスト要素
TCOは単なる仕入原価の総額や単価比較を指すものではありません。
所有期間中に発生するすべてのコストを網羅し、中長期的な視点で「本当に総合的なコストメリットがどこにあるか」を見極めるためのものです。
主なTCO構成要素は以下の通りです。
– 製造原価(材料費、労務費、経費)
– 輸送・物流費
– 関税/税制上のコスト
– 品質に関するコスト(歩留まり、仕損品、再検査費用 等)
– 在庫・リードタイム増加に伴う資金コスト
– 現地法規・規制(コンプライアンス)コスト
– サプライチェーン・リスク(地政学的リスク、災害リスク等)
– 為替変動・インフレリスク調整
– コミュニケーションコスト(現地スタッフ教育・管理、文化の違い対応)
昭和的な時代は「人件費差 = コスト差」と単純化して意思決定する例が多く見られましたが、現代では「安い人件費だけを求めた結果、長期的には逆に高コスト体質に陥る」ケースも多々あります。
TCO評価を徹底することが、中期原価の低減、ひいては企業の持続的成長に直結します。
なぜTCO評価が必要なのか?
かつてのグローバル調達は、「どこが一番安いか」探しに終始していました。
しかし、現地で製造・調達した製品や部品が、輸送リードタイムの長大化や品質問題、突発的な政情不安・感染症流行などで安定供給できなくなる例が相次ぎ、単なる価格比較ではリスクマネジメントの観点で不十分であることが明確になりました。
また、目先の製造コストだけで判断した結果、品質の低下や納期遅延、想定以上のサプライチェーン管理コスト発生など、予見できなかったコストのために「全体最適」どころか大きな損失を被る企業も見受けられます。
TCO評価は、こうした「見えないコスト」「想定外コスト」も予め織り込み、中長期の安定調達・安定生産を実現するために不可欠な手法なのです。
生産拠点の移設提案:TCOを軸にした進め方の実践
1. スコープ設定と現状分析
まず、自社が対象とする製品・部品の製造コストと、現状の生産体制について定量的に洗い出すところから始めます。
どの製品、どの構成部品が「移設」や「現地最適生産」の候補となるかをスクリーニングし、影響範囲(対象生産量、年間調達量、重要部品かどうか等)をチェックします。
この段階で、定性的な「従来からのやり方」を一旦リセットし、データで現状を“見える化”することが重要です。
2. 候補拠点のTCOシミュレーション
次に、国内外の複数候補地について「TCOシミュレーション」を行います。
例えばA国、B国、国内A地域、国内B地域などそれぞれ環境が異なる複数拠点をリストアップし、
– 工場建設・既存施設活用の設備投資コスト
– 想定される製造原価(各現地材料・労務・経費)
– サプライチェーン全体の物流コスト(陸海空輸送、通関、保険を含む)
– 主要な取引先・顧客拠点との物理的距離や納期リスク
– 想定される現地の為替変動・インフレ率リスク
– 税制・現地法人維持コスト・法規制対応コスト
– 現地労働力の質・獲得難度(技能・語学・教育面)
– 現地工場管理コスト(管理職人員追加、ローカルスタッフ教育費用)
を細かく積算します。
時系列で中期的な推移(5年、10年単位)で比較することが肝心です。
実例として、ある大手製造業で東南アジアから国内回帰を検討した際、調達コストは確かにアジアの方が低く見積もられましたが、長期的には高騰する労務費・中国元の上昇、現地コミュニケーションコスト増加、品質トラブルの頻発で、国内増産への回帰の方が「TCOで有利」と試算され、最終的に意思決定につながった事例もあります。
3. リスクシナリオの織り込み
単なる「数字上の最適値」だけでなく、サプライチェーンに起こりうる突発リスク(自然災害、地政学的問題、感染症流行、現地ストライキ等)に備えた「想定外シナリオ」を必ず織り込みます。
リスクが現実化した場合の影響度・損失見込みを評価(BCP:事業継続計画も含む)し、定常時と異常時をミックスした「期待値」を割り出すことが重要です。
サプライヤー側からしても、バイヤーが「コスト」「リスク」を包括的に把握し意思決定しているかどうかで、長期的な信頼関係やパートナーシップの質も大きく変わります。
安易な移設は危険:昭和的「アナログ発想」の盲点
旧来型マネジメントでは「コストダウン=海外移転」「アジアに拠点があれば安心」という思い込みが根強く残っています。
しかし、海外での人件費インフレや現地法改正、品質事故、シャットダウン命令リスク、日本企業にとっては想定外のカルチャーギャップなど、「現場に行ってみなければ分からなかったコスト・リスク」が必ず隠れています。
私自身が経験した例として、現地で納期遵守が続かず、結局追加倉庫費用・緊急空輸コストが本来の原価メリットを完全に帳消しにした、という苦い過去もあります。
加えて、頻繁な品質トラブルや、安定したオペレーション体制を構築するための日本人技術者常駐コストも、累積すると莫大でした。
このような「アナログ発想」のまま意思決定することの危うさを、現場目線で強調しておきたいと思います。
中期原価低減のため、TCOに基づく生産拠点戦略の実践ポイント
1. 定期的なTCOレビューを制度化する
一度決めた生産拠点も、為替や法制度、人件費・インフレ率の変化で数年単位で大きく環境が変わります。
定期的にTCO見直しを行い、「意思決定後もアジャストできる」PDCA体制を現場に根付かせることが大切です。
2. DX・自動化の観点で「国内回帰」も積極評価
昭和型の「安い国に行けば勝ち」から一歩進み、AI・IoT・ロボット技術を組み込むことで国内生産による規模の経済も実現しやすい環境が整いつつあります。
工場の自動化、スマートファクトリー化による「国内コスト構造の転換」もTCO評価に含めましょう。
3. サプライヤーとのパートナーシップ強化
バイヤー目線だけでなく、サプライヤー側の「安定稼働」「品質安定」への投資・協力体制を築くことで、TCOを下げ続ける長期的な関係が生まれます。
単なる価格交渉から、「バリューチェーン全体の最適化を目指す協創関係」へのシフトがこれからの主流です。
4. サステナビリティも評価軸に追加
ESG(環境・社会・ガバナンス)経営の潮流を受け、CO2排出量、地元雇用創出など従来のコスト項目にない「価値」もTCOの一部として評価すべき時代です。
未来志向で「目に見えない価値」も意識して、より広義のTCO評価を行いましょう。
まとめ:TCOで“意思決定の質”を一段引き上げよう
今や、単純な原価低減の発想だけでは競争優位性を持続できません。
TCOという複合的で実践的な評価軸を持つことで、従来見逃され続けてきた「潜在コスト」「未来リスク」も織り込んだ合理的な拠点戦略が描けます。
とりわけ、昭和的なアナログ業界においてこそ、こうした“ラテラルシンキング”による新しい手法が競争力を高める武器となります。
この記事が、製造業に勤める方、バイヤーを志す方、サプライヤーとしてバイヤー思考を深く知りたい方にとって、新たな地平線を切り開く一助となれば幸いです。
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