投稿日:2025年8月17日

標準時間の最初の一歩は実測十件の中央値で決める

はじめに:標準時間の決定がもたらす現場の変化

製造業に携わるすべての方にとって、「標準時間」をどう設定するかは、生産性のみならず現場の雰囲気や働き方にも大きな影響を与える重要なテーマです。

とりわけ、工程改善やコストダウンを目指す現場では、標準時間をどうやって決めるのかが命運を分けると言っても過言ではありません。

今回は、私が20年以上にわたる現場管理職経験を通して学んできた「実測十件の中央値」という、極めてシンプルかつ再現性の高い標準時間の決め方についてご紹介します。

この手法は、昭和時代から脈々と受け継がれてきた「現場主義」のエッセンスが詰まっており、今なお実用的な方法です。

バイヤーやサプライヤー、そして現場管理者が共通言語として活用できる実践手法として、ぜひ参考にしてください。

標準時間とは何か?なぜ必要なのか?

標準時間の定義と役割

標準時間とは、ある業務や作業において「標準的」な作業者が、一定の条件の下でその工程を完了させるのに必要な時間のことです。

これは経営指標の一つであり、工場の工程設計や原価計算、生産計画、労務管理、さらには外部への見積もり算定など、あらゆる分野の基礎となります。

仮に標準時間が不適切であると、不必要なコスト増や納期遅延、人手不足・過剰などの現場トラブルに直結します。

なぜ「感覚」ではなく「数値化」が必要なのか

製造現場では、ベテラン作業者の「だいたいこれぐらいかな」という経験値が大事にされてきました。

しかし、業界を取り巻く環境が高度化・多様化した現代では、感覚による属人的な数値では継続的な改善や合理的な調達が困難です。

誰がやっても迷いのない、また売り手・買い手の双方が納得できる根拠として、現場データから導き出された標準時間の数値化は避けて通れません。

標準時間の設定方法に潜む旧態依然の課題

「大体」「こんなもの」がはびこるアナログ現場

製造業現場では、昭和時代から「経験と勘」に頼った暗黙知で作業時間が設定されてきました。

その弊害として、次のような状況が今なお見受けられます。

– 作業者Aと作業者Bで2倍近い作業時間のばらつきがある
– 毎年現場責任者が交代するたびに標準時間が変わる
– 見積もり基準がコロコロ変わり、サプライヤーとの信頼が揺らぐ

このような状態では、工程改善や労務交渉、発注側との価格協議がスムーズに進みません。

慢性的な非効率の温床

標準時間が正しく設定されていなければ、「うちの工場は忙しい」と思い込んでいたものの実は作業効率が低かったり、逆に「楽勝」だと見なしていた製品が実際には利益を下げていたという事態も多発します。

一見小さな数字のずれが、年間としては数千万円規模のコスト差を生むのです。

実測十件の中央値という“現場主義”の王道

なぜ「十件」なのか?

ベテランの現場責任者や職長がよく使うのが、「実作業を十回計ってみた平均か中央値で標準時間を決める」というやり方です。

十件という数字は、統計的な信頼性を担保しつつ、かつ現場の負荷も抑えられる「現実的なサンプル数」として、数十年来様々な工場で用いられてきました。

なぜ「中央値」なのか?その本質的な意味

平均値は計測値のばらつきに左右されやすく、たとえば一人だけ慣れている人、逆に体調や手順ミスで極端に遅い人がいる場合、標準から外れてしまうことがあります。

それに対して中央値(メディアン)は、実態に即した「真ん中」の値です。

ばらつきや外れ値の影響を受けにくく、一般作業者や新人、他部署担当者が作業しても納得しやすい“万人の基準”となります。

中央値による標準時間決定プロセスの手順例

1. 対象作業を十回分、異なる作業者や異なる日付・条件で計測します。

2. 計測値を昇順に並べます。

3. 六番目と五番目の値を並べ、その平均(またはぴったり六番目が中央値)を使って標準時間とします。

この過程を見積もりにも活用することで、「うちの作業条件、やりにくい日も考慮に入れて決めた真ん中の値です」と自信を持って根拠を説明できます。

現場での実施例:こうやって役立てる実測十件の中央値

工程設計と標準作業書の精度向上

新製品導入時や、工程改善を行う際、まず実作業を複数回測定・記録しましょう。

たとえば「装置への部品セット」「検品」「箱詰め」といった基本工程を新人とベテラン両方にやってもらい、時間をストップウォッチで計測します。

その結果から中央値を導くことで、極端に速い・遅い作業者による「アンフェアな標準化」を防げます。

この現場データを基に標準作業書を作成することで、アナログ現場でも納得性と合理性を両立した標準時間を全員で共有できるのです。

見積もり・価格交渉での武器に

サプライヤーの立場で見積もりを出す場合、実測十件の中央値による標準時間で根拠を提示できれば、バイヤーからの「なぜこんな時間なのか?」という突っ込みにもロジカルに対応できます。

逆にバイヤー側でも、サプライヤーと標準時間の見解が食い違ったら、「実測十回の中央値を提示してください」と求めることで、双方にフェアな関係を築けます。

これは、単なる数字合わせを超えて“現場の納得感”の土台を作る一歩です。

「見える化」と働き方改革の促進

標準時間のデータを現場にオープンに示すことで、作業者同士で効率的な手順や動作について自主的に改善提案が出やすくなります。

また作業の負荷をデータで把握できるため、不必要な残業や属人的ハイパフォーマンスに頼る現場体質から脱却し、持続可能な働き方改革にもつながるのです。

一歩深く、ラテラルシンキングで考える“標準のパラダイム”

「現場で使える」vs「経営が納得する」標準時間

この「実測十件の中央値」は非常に現場目線ですが、同時に経営層や外部顧客に向けた説明力にも優れています。

『三現主義(現場・現物・現実)』の精神を大切にしつつ、数値の根拠を示すことで社内外への納得性・透明性を確保できるのです。

ここからさらに発展させて、ITデータや自動収集システムと融合すれば、もっと高度な標準時間管理が可能になります。

AI・IoT時代にも通じる“人間の目”の重要性

昨今では作業分析にAIや画像認識、IoTデバイスが活用されることも増えています。

ただ、いくらテクノロジーが発展しても、「現場でまず十回計測し、それをひたすら眺めて議論する」ことは、ものづくりの本質です。

1サンプルの自動データより、現場担当者全員で納得した「十件の中央値」の方が、文化的・心理的にも現場に定着しやすいのです。

まとめ:標準時間の“地に足のついた”決め方で現場を変える

標準時間は、生産現場の「血液」とも言えます。

その決め方一つで、生産性・品質・コスト・現場の士気まで大きく左右されます。

まずは今日から、重大な工程や見積もりの根拠に「実測十件の中央値」を採用してみてください。

この地道な一歩こそが、アナログ時代から抜け出し、フェアで開かれたモノづくり現場の土壌を作る最短ルートです。

製造業に携わる方、バイヤーを目指す方、そしてサプライヤーとして信頼関係を築きたい方々が、この手法を現場改善の新たな武器として活用されることを心から願っています。

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