投稿日:2025年8月19日

保証期間を過剰に延長させられるリスク問題

はじめに:製造業における保証期間延長問題とは

製造業に携わるバイヤー、調達購買担当者、サプライヤーの皆様は、「保証期間の延長」に関して一度は課題を感じたことがあるのではないでしょうか。

とくに近年、顧客や取引先から保証期間の延長を求められるケースが増えています。

これは、グローバル競争の激化や供給リスクへの不安、デジタル分野での不具合トラブルの増加など、複合的な要因が背景にあります。

一方で、過剰な保証期間延長はメーカーやサプライヤーにとって大きなリスクとなり得ます。

本記事では、昭和時代から根強く残る「長期保証」神話の弊害と、現在の現場実態、さらにどう対策すべきかを、20年以上の現場経験をもとに現実的な視点から解説します。

なぜ保証期間延長要求が増えているのか

製品の長寿命化と顧客志向の転換

21世紀に入り、製造業全体で製品の品質と耐久性が飛躍的に向上しました。

その結果、エンドユーザーは「製品は壊れないもの」「長く使えるのが当たり前」という認識を持つようになりました。

それに乗じて、取引先バイヤーも「保証期間延長こそが競争力」と考え、極端な要求をすることが常態化しています。

サプライチェーンのグローバル化と責任の増大

部品や材料の外部調達が進み、サプライチェーンは複雑化しました。

たとえば海外の取引先では10年保証、20年保証といった契約が当たり前のように交わされている場合もあり、その余波が国内マーケットにも波及しています。

バイヤー側はリスク回避とコスト最小化の観点から可能な限り保証を延ばしたい。

一方で、その実態が自社やサプライヤーの現場にどれほどの負担をもたらしているかには無頓着なケースも多いです。

法規制や環境要件の強化

製品安全や環境面の規制強化も、保証延長要請増加の要因です。

リサイクル法や長期使用製品安全点検制度などが整備されたことで、メーカーとして保証責任の範囲が、従来より格段に広がっています。

過剰な保証期間延長がはらむリスク

潜在的なコスト増加と収益圧迫

保証期間を無闇に延長すると、製品や部品の品質管理コスト、交換・修理コスト、在庫管理コストが爆発的に増えます。

とくに電子部品や化学素材は経年劣化が避けられないため、10年単位で保証責任を負う場合のリスクは計り知れません。

コストアップ分を吸収しきれず、損失計上や収益悪化に直結します。

「昭和型責任論」の呪縛と温存される文化

昭和時代の製造業では、「自分でつくったモノには死ぬまで責任を持て」という価値観がありました。

素晴らしい理念ではあるものの、現代の複雑なサプライチェーンでは、すべてを自社1社で管理することは極めて難しいです。

それにもかかわらず、「長期保証は誠実さの証」といったレトリックが依然として強く残り、非合理な現場運用がまかり通っているのが現実です。

サプライヤーへの無理な責任転嫁

バイヤーの立場の強いメーカーが、サプライヤーに「自社と同じ保証責任を負わせる」と全責任を押し付けてくることも増えています。

サプライヤー側では部材調達や生産変動など予見不能なリスクも多く、保証を約束するだけで現場には相当なプレッシャーや負担がかかります。

人件費・材料費の高騰、労働人口減による供給力低下にも拍車がかかり、現場の崩壊リスクすら孕んでいます。

膨らむ「品質保証範囲」の曖昧さ

日本の製造現場では、「どこまで対応すべきか」「どんな故障でも無償修理なのか」など品質保証範囲の線引きが曖昧なまま、安易に長期間の無償対応を約束してしまう懸念があります。

保証範囲が不明確なままでは、トラブル発生時に余計なコストやクレーム対応に追われてしまいます。

現場で起きている生々しいトラブル事例

納品後8年目に発覚、膨大な交換費用

ある中堅サプライヤーでは、大手メーカーに納入した部品の保証期間を10年と設定していました。

8年目になって海外拠点から大量の交換要請が届きましたが、当該部品は既に廃番生産終了品で、交換には数千万円規模の新規投資が発生。

現場は想定外の出費に悲鳴を上げました。

この背景には、初期契約の際にバイヤー側がリスク説明やコスト加算なしに長期保証を迫った問題がありました。

「善意の無償修理」累積負担の温床

ある工場では、エンドユーザーが直接不具合品を持参してきた際、「長年のお取引だから」と現場の判断で無償対応するケースが続出。

結果的に有償で対応できたはずの案件も積み重なり、1年後にはかなりの金額分が赤字化していました。

保証基準の不統一、現場裁量任せの運用が大きな損失を招いた典型事例です。

バイヤー・サプライヤーが知っておくべき保証交渉のポイント

保証期間はデータ・根拠をもとに決定する

保証期間を決める際、ただ「多いほど競争力になる」「少ないほど不誠実」などの思い込みで動くのは危険です。

過去の故障・不良データやフィールドリターン実績、部品の設計寿命、使用環境ごとの影響など、客観的な事実に基づいて検討・設定すべきです。

現場から故障事例や統計資料を必ず取得しましょう。

保証範囲と責任範囲は明確に合意・文書化する

修理・交換の範囲、故障の定義、ユーザー責任との線引き、サプライヤー分担範囲などは詳細に文書化し、合意することが重要です。

「何があっても無償修理」とあいまいにせず、部品ごとの寿命や操作条件なども取り決めておきましょう。

保証延長分はコスト加算・契約見直しをセットで提案

どうしても保証延長を求められる場合は、「その分コストも発生します」「追加契約が必要です」といった合理的な対案を提示しましょう。

いたずらに値下げ要求を呑むより、長期的な信頼関係につながる交渉を目指します。

現場社員を守る基準・ガイドラインを策定する

現場の営業・品証・サービス部門が困らぬよう、保証期間や内容の基準を「社内規定」として明文化しておきます。

そのうえでイレギュラー対応が生じた場合も、「ルールに基づき議論できる空気感」をつくることが組織を守るカギです。

昭和的発想からの脱却と、これからのビジネスパートナー関係

「無限保証」の限界と、現場からの発信の重要性

「お客様は神様」の精神は、日本のものづくり現場を長年支えてきました。

しかし、デジタル化、グローバル化、法規制強化によって、現場リソースやリスクの所在は格段に複雑さを増しています。

「無限責任を背負い込む」文化は、もはや持続可能とは言えません。

今こそ、現場から経営層や取引先に対して「現実的な保証ルールの必要性」を発信し続けることが、業界全体を発展させる出発点となります。

バイヤー・サプライヤー双方の「共創」時代へ

これからの製造業は、「一方的な責任の押し付け合い」から「Win-Winのパートナーシップ」へと価値観を転換すべきフェーズにあります。

バイヤーはサプライヤー現場が負う負荷・リスクを正しく認識し、双方が納得できる保証範囲を作り上げる。

サプライヤーも単なる「御用聞き」から、一歩踏み出してリスクや契約上の課題を伝え、対案を積極的に提示する。

その積み重ねが信頼関係構築と企業競争力の最大化につながります。

まとめ:保証延長リスクをチャンスに変えるために

製造業の「保証期間延長」問題は今後さらに激しさを増すでしょう。

しかし、それを単なるリスクととらえるだけではなく、現場のデータや経験値を活かして“合理的な保証”を提案していく——。

これこそが、成熟産業である日本の製造業が次なる成長を遂げるカギです。

もし今、保証契約や顧客要求に違和感を覚えている方がいれば、一度立ち止まって自社の保証体制やルールを現場目線で見直してみてください。

バイヤーとして、サプライヤーとして、20年後も輝き続ける現場を、共に目指していきましょう。

You cannot copy content of this page