投稿日:2025年8月20日

輸送費高騰分を転嫁できず収益を圧迫するサプライヤーの課題

はじめに:輸送費高騰がもたらす現実的な打撃

ここ数年、世界的な物流混乱やエネルギー価格の上昇、新興国の人件費高騰、円安などが重なり、輸送費の高騰が製造業全体を強く揺さぶっています。

工場現場やサプライチェーンの中核を担うサプライヤー(部品や原材料の供給元)は、「価格転嫁」ができずそのコスト圧力を自社で吸収せざるを得ないことが多く、結果的に収益悪化、ひいては経営の危機に直面している企業も少なくありません。

本記事では、なぜサプライヤーは輸送費高騰分を適切に転嫁できないのか、その背景構造や業界慣習を現場目線で解き明かし、さらに打開へのヒントや今後の業界動向を考察します。

製造業サプライヤーを苦しめる「転嫁難」の深層

1. 数十年変わらぬバイヤー優位の構造

多くの日本の製造業は、昭和時代から続く「親会社優位」かつ「系列主義」という取引構造が根強く残っています。

元請メーカーや商社がサプライヤーの価格交渉に厳しく、リードタイムや納品品質は絶対要求されるにも関わらず、「〇〇円で納めてほしい」「これ以上は上げられない」といった一方的な交渉となりがちです。

そのため、サプライヤーは原材料費の高騰ですら十分に転嫁できない状況が長く続いており、運賃などの管理外コストはなおさら転嫁しにくいのが現実です。

2. アナログ慣習と実力差、「SMI(サプライヤー主導の取引)の壁」

取引先との年間契約や個別の納入価格見積もり方法も、エクセルや紙を使ったアナログ運用が一般的です。

部品単価やコスト計算が曖昧になり、サプライヤー自身も自社コストの内訳を明確にエビデンス提示できず、説得材料として弱いことが交渉不利につながっています。

また、グローバル展開している大手サプライヤーに比べ、中小サプライヤーは情報収集・交渉力ともに弱く、「いわれるがまま受けるしかない」状況です。

3. 年度単位の価格改定リードタイムとその限界

一部の自動車業界や大手メーカーでは年度や半期に一度、材料市況の変化分を「協議」する場があります。

しかし、それも「年に一度だけ」、しかも過去半年~1年分のコスト変動しか反映できません。

急激な原油高騰や国際物流事情の影響を、リアルタイムでは反映できず、サプライヤーはそのタイムラグ中の損失をずっと背負うことになります。

なぜ輸送費だけが特に転嫁しにくいのか

1. 「変動コスト」とみなされる厳しさ

輸送費は、製品価格に占める割合が少ない傾向があり、また毎日の市況や納品頻度、台数、条件で「変動」するため、仕入れ先に「決め打ちで転嫁しろ」といいづらい性格があります。

「コスト変動が大きいから、今はたまたま高いだけ。いずれ下がるのでは?」とバイヤー(購買担当)は言いがちです。

2. 下請け心理とそのジレンマ

「値上げ交渉」イコール、「取引継続リスク」「競争力喪失」「取引停止もありうる」と恐れるサプライヤーは多いです。

とくに過去に「じゃあ他に頼むよ」と取引を切られた経験を持つ現場のサプライヤーならなおさらで、結局泣き寝入りしてしまう構造的な弱さが残っています。

3. バイヤー側にもある「帳尻調整」発想

購買サイドも、自社利益を守るため調達価格の安定が命題です。

輸送費高騰を「一時的なもの」とみなし、下請けに「とにかく吸収してほしい」と強く求めます。

また、過去に長期的に運賃が下がり続けてきた時期(いわゆる過去のデフレ時代)には、それを「しっかり値引きには反映していなかった」という“片手落ち”の運用もありました。

収益圧迫の現状と現場に生じる問題

1. サプライヤー利益率の悪化

輸送費高騰分を転嫁できず赤字納品が続くと、当然ながら利益が減少します。

もともと薄利で運用している中小・中堅サプライヤーほど、直接的な倒産リスクにつながる可能性が高まります。

2. 設備投資どころか省力化もままならぬ

十分な収益が確保できなければ、設備の更新や生産性向上のための自動化投資に資金を回せません。

現場では「人手不足」の解消も、「カイゼン(改善)」活動も停滞し、取り残されやすくなります。

3. 優秀な人材流出リスク

利益が出ない→賃上げできない→営業や生産管理担当の「流出」→現場力が落ちるという、負の連鎖にも直結します。

一度人材が流出すれば、特に地方企業では補充が困難です。

昭和から続く業界慣習が転嫁交渉を阻む

1. 顧客第一主義から変わる気配がない

「お客様から見捨てられないことが最優先」という考えが、今も日本の製造業現場には根付いています。

顧客の要望を断る、生意気と思われる値上げ交渉はタブー視されがちです。

2. 「系列による囲い込み」と「価格統制」

自動車や電機の“系列”構造で、長年「見積書の書き方」「交渉の進め方」は親会社指導のもとで習慣化し、バイヤー側とすり合わせる文化もありません。

これが透明な価格転嫁や公平な取引の障壁となります。

ラテラルシンキングで考える打開策

1. コストブレイクダウンの明確化とエビデンス提示

自社で「運賃」「エネルギー」「材料費」などコスト内訳を明確にし、いつ・どのように・どの分が増加したかを数値でエビデンスとして提示できる体制がまず必要です。

エクセルや表計算ツールでもよいので、細かな記録と「見積根拠の明確化」が信頼・交渉材料となります。

定期的な「logistics費見直し報告書」をバイヤーへ公式に提出し続けると、いざ大幅な変動が起きたとき「吸収できる範囲を超えた」の根拠が説得力を持ちます。

2. 「共同交渉」や調達団体の活用

中小サプライヤーが単独で交渉するのは難しいため、業界団体や商工会経由で「相場ベースでの転嫁」をバルクで働きかける方法も有効です。

年1回の業界平均値公表や大手バイヤー連名での是正要求など、「自社だけ」の戦いとならない工夫が大切です。

3. 輸送手段や物流モード自体の見直しとDX推進

従来のトラック・物流依存から、近距離なら共同配送やモーダルシフト、倉庫シェアなど新たなスキームも模索しましょう。

物流最適化ツールやAIによる「配車最適化」導入、大手物流キャリアとの協業も、現場視点でDX導入の価値が急速に高まっています。

4. 「値下げ優先」から「フェアな原価転嫁」への意識転換

親会社・バイヤー側もまた、下請けの「適切な価格転嫁」を認める取り組みが不可欠です。

最近は経産省も「パートナーシップによる価値創造戦略」の中で、「取引適正化ガイドライン」の普及を強化しています。

サプライヤー企業としても、「カイゼン」や独自努力のPRを行いながら、「吸収しきれない部分は転嫁させてほしい」という“対等なパートナー”意識で、きちんと発言・交渉すべき時代が到来しています。

バイヤー志望者・サプライヤー双方へのメッセージ

バイヤーになる方へ

単なる値切り屋でなく、現場の苦しみやコスト構造の理解こそが「良い調達バイヤー」の資質です。

一方的なコストダウン要請ではなく、サプライヤーの改善努力・正当な転嫁「その先のものづくり全体の競争力向上」に意識を向けてほしいです。

サプライヤー側からバイヤーの考え方を知りたい方へ

バイヤーは「QCD(品質・コスト・納期)」だけでなく、リスク回避・自社経営への責任や、社内決裁の厳格さから厳しい姿勢を取らざるを得ない場合が多いです。

ですが、コスト転嫁のための“数値”と“理由”が明確なら、時に柔軟な対応もしてくれます。

双方の論理やルールを知り、フェアなKeieiパートナーとしての土台作りが重要です。

まとめ:製造業の持続的発展へ

輸送費高騰分を転嫁できず、収益を圧迫されるサプライヤー問題は、日本ものづくり産業の「昭和的慣習」と「業界構造」の複合課題です。

ですが、現場で汗をかくサプライヤー・工場経験者こそ、新たな慣習やデータベース活用、物流改革に挑戦し、業界の新たな地平線を切り開ける存在だと信じています。

今こそバイヤーもサプライヤーも、所属や立場を超え、「ものづくり」という同じ目的地を見据えて現場を変革する時です。

地道な工夫と正当な主張が、持続可能な製造現場の未来を築いていくのです。

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