投稿日:2025年8月22日

相手国規制対応を一方的に求められるサプライヤーの課題

はじめに――サプライヤーを取り巻く厳しい現実

日本の製造業界は、昭和時代から続く強固なサプライチェーンの仕組みを持ち、品質と納期重視の文化が根付いています。
しかしグローバル化の急速な進展とともに、これまでの常識や慣習が次々と変化を迫られています。
特に、相手国の規制対応というグローバル調達ならではの課題が、サプライヤー(供給側)に一方的に求められる場面が増えてきました。

これまでなら、バイヤー(購買側)とサプライヤーが同じ土俵で安全規格や品質基準をすり合わせてきたものが、国際取引では“バイヤー主導”でその内容が押し付けられることも多いのです。
サプライヤーの現場では、「なぜここまで…」と嘆きの声が聞こえることすら珍しくありません。

本記事では、20年以上の製造業現場経験を基に、サプライヤーが直面する現実の課題や、変わりゆく業界構造、そして今後生き抜くためのヒントを現場目線で解説します。

相手国規制対応を一方的に求められるとは?

規制対応の現実とは

日本国内でのモノづくりは、JIS、ISO、RoHSなど業界共通の規格に基づいて進められてきました。
一方で、海外バイヤーが求めてくるのは、各国独自の法令や指針(例:REACH、CE、FDA、中国RoHS、RoHS2.0基準、インドBIS認証など)への対応です。
欧米や中国、さらにはアセアン諸国など、それぞれに異なる“規制観”が存在します。

ここで問題になるのが、バイヤーが“自社に都合の良い解釈”や“独自要求”をサプライヤーに一方的に課すパターンが非常に多い点です。
例えば、中国の特定化学物質規制(中国RoHS)は対象部品や報告範囲、証票表示義務などが細かく規定され、準拠した部品提供や情報開示が必須となります。
何十、何百社に納入しているサプライヤーから見ると、バイヤーごとの違う書式や要求が雪崩のように押し寄せる構図です。

「できて当たり前」から“やらされ感”へ

かつては、バイヤーとサプライヤーが同じ島国文化の中で、暗黙の相互理解がありました。
しかし海外調達になると、「納入品は“相手国規制を100%満足したもの”だけを求める」「一部でもNGなら受け入れない」「書類の追加提出、証明書類、場合によっては自社検査費用まで請求」と、サプライヤー側の負担が一気に増します。

特に中小メーカーほど社内リソース・知見も限られており、「調達先が国外の外資系=厳しい要求+返事は即レス+コスト無視の改善要請」という元請け支配的構造が強くなっています。

業界動向――なぜこの構造は生まれるのか

グローバルサプライチェーンの複雑化

グローバル調達では、部品や原料が世界を駆け巡ります。
エンドユーザーが一体どの国で使用するか、製品のどの要件がどの国の規制に該当するか、瞬時に判断するには膨大な知識が必要です。
グローバルバイヤーはリスク最小化のため「どんな国にも通用する最大公約数の規制要求」をサプライヤーに一方的に押し付けがちです。
その背景にあるのは、リコールや訴訟、環境規制違反といったグローバルでの“製造物責任”や“SDGs対応”重視への姿勢です。
自社がリスクを負うより、“サプライヤー任せ”にする方がバイヤーには圧倒的に有利なのです。

日本の品質神話が招く落とし穴

日本の製造業は“カイゼン文化”“品質至上主義”で世界を席巻してきました。
その結果「日本メーカーなら要求を満たして当然」といったバイヤー側の過信が生まれ、突発的な規制対応やルール改定にも無理なく応えてくれるだろう、という期待が根強いのです。
昭和期から続く「断れない構造」「お客様は神様」的な意識が抜けきれず、サプライヤー自身も“言われるがまま従う”という現実が業界に温存されています。

サプライヤーが抱える代表的な課題

対応コスト・対応期間の見積もり困難

相手国規制対応には次のようなコストやリソースが発生します。

– 法規制や化学物質リスト等の最新情報の収集・分析
– 規格範囲に該当する原材料や成分の調査
– バイヤー指定書式への転記・報告およびエビデンスの提出
– 必要に応じた社内基準や工程・帳票の見直し
– 外部認証機関への申請や証明書類の取得

この一連の業務は“追加売上”抜きで“追加コスト”ばかりがのしかかります。
過去の納入品と僅かな仕様変更でも改めて“すべての根拠書類”の提出を求められ、作業負担は増大します。
しかも規制内容が頻繁に改定されるため、都度最新情報を取り直さなければなりません。

技術と現場のコミュニケーションコスト

相手国規制の解釈で「バイヤーの言っている要求が本当に適正か」「どこまでやればクリアなのか」という認識齟齬がしばしば発生します。
技術用語が国によって微妙に違ったり、同じ規制でも運用ルールが違うため、打ち合わせや資料交換にも時間がかかります。
納期厳守の現場では、“付加価値を生まない作業”と見なされ疲弊感が増していきます。

中小サプライヤーならではの弱み

多品種少量の部品メーカーや単品受注企業では、社内の専任者を置く余裕がなく、都度担当者が奔走することになります。
また大手と違い「Noと言いにくい」「下請法の関係で条件交渉が難しい」などの立場的弱さも、現場のストレス要因です。
本来であればコスト増や納期遅延につながる規制対応ですが、それをバイヤーに主張しにくい空気が残っています。

バイヤーの裏事情・本音を理解する

リスク回避とコンプライアンス強化

バイヤー側も年々コンプライアンス意識が高まっています。
昨今では“SDGs経営”や“サステナブル調達”の視点から、環境へ配慮した調達基準を設ける会社が増加中です。
部材一つでも「グリーン調達ガイドライン」「CSR調査票」など、調達戦略の中核が規制対応になりつつあります。

バイヤー自身も相手国当局、最終顧客企業から常に厳しい目で監査されています。
「万が一違反品を使った場合は調達部門責任になる」という厳格なリスクヘッジ意識から、サプライヤーに厳しく求めざるを得ない、という一面も理解が必要です。

効率重視の管理システム運用

グローバルバイヤーはSAP、Aribaなどの大規模調達システムで規制判定やデータ管理を自動化しています。
そのため「書式やフォーマットが少し違っても弾く」「データ提出が遅いとペナルティ」「現地当局の認証書類は必須」などといった、機械的な判定や形式重視の傾向が強まっています。

サプライヤー側が“臨機応変に調整”したものが認められない、「一部でも不備があれば即NG」となりやすいのは、デジタル管理の副作用といえるでしょう。

サプライヤーができる“自衛策”と業界の新たな地平線

自社のポジションを見極める

サプライヤーは自社が「バイヤーにとって唯一無二の価値を持つ」領域に集中することが生き残りの鍵となります。
“どんな規制も対応できる”ことそのものが差別化ポイントになりますし、逆に“自社では対応困難な規制は早期にバイヤーと擦り合わせ、過剰サービスを回避する”という判断も必要です。

取引先ごとに要求が違う場合は、「どの納入先にどこまで準拠するか」をドキュメント化し、社内外で情報を一元管理するのが現実的です。
もちろん、バイヤーと定期的な意見交換の機会をつくり、“納入側の負担限界”や“コスト負担の合理的な分担”を素直に主張する姿勢も大切です。

情報収集・ネットワークの強化

近年では、日本貿易振興機構(JETRO)や業界団体が、相手国規制情報のデータ配信や無料セミナーを活発に開催しています。
また同業者間での情報共有、バイヤー側の担当者とコミュニケーションを密にして“最新のリスクトレンド”をキャッチアップすることも必須です。

大手サプライヤーは、「規制対応ラボ」「社外有識者との連携」「外部コンサル活用」など専任体制を整えていますが、中小でも共同対応やアウトソーシング、外部パートナーシップ利用が有効になります。

ラテラルシンキング(水平思考)での突破口も

従来の“言われた通りにやる”発想だけでは、永遠にバイヤーの言いなりです。
たとえば「同じ規制でも相互承認を使えるか」「根拠データを効率化できるSaaSツールの導入」「業界で帳票標準化プロジェクトを立ち上げる」「自社の強みと絡めた新たな付加価値提案」など、“水平思考”で今ある当たり前を疑うことが、サプライヤーの生き残りに直結します。
製造業の知の集積は、野生的な現場知と先進的テクノロジーの掛け合わせで進化してきました。
今まさにこの“日本的アナログ現場力”が、グローバル規制時代にこそ武器になるのです。

まとめ――サプライヤーの現場から明日を切り開く

相手国規制対応を「一方的に求められる」ことは、今後ますます増えていくでしょう。
サプライヤーはこれまで培った“現場力”と“柔軟な対応力”をベースに、規制対応を“差別化の武器”と捉えなおすことが大切です。
無理な要求にはきちんと交渉し、業界全体で情報共有や新たな標準を作る活動も不可欠です。

そして、アナログな現場知・人間関係が息づく日本の製造業だからこそ、“本当の現場目線”で価値を出し続けていくことができます。
一方的な規制対応を嘆くのではなく、“現場から発信する提案力”で日本の製造業の新たな地平線を共に切り開いていきましょう。

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