投稿日:2025年8月22日

事業継続計画で特定国の地政学リスクを回避する多国間調達の組成

はじめに ― 変化する世界と製造業の新常識

近年、製造業はかつてない地政学リスクに晒されています。

新型コロナウイルスのパンデミック、ロシア・ウクライナ情勢、米中対立など、予測不能な事態がもたらす混乱は、部品や原材料の安定調達にも影響を及ぼしています。

また、急激な円安やエネルギー価格の高騰も、サプライチェーン全体に打撃を与えてきました。

こうした背景から、多くのグローバルメーカーが改めて見直しているのが「事業継続計画(BCP)」です。

事業を継続させるためには、特定国への依存度を下げ、多国間で調達先を分散させるアプローチが不可欠といえるでしょう。

この記事では、現場で実際に多国間調達を組成・運用してきた立場から、その重要性と実践ポイントを具体的に解説します。

製造業の事業継続計画(BCP)と地政学リスク

なぜ「特定国リスク」が改めてクローズアップされるのか

日本の製造業は1990年代後半以降、コストダウンのために中国・東南アジアへの生産・調達シフトを加速してきました。

調達先の集約によるスケールメリットや、現地サプライヤーとの長期的なパートナーシップ構築は多大な成果を生みました。

しかし、グローバル化の恩恵の裏側には「一国依存型」の脆さが潜んでいます。

ひとたび、その国で政変や災害、パンデミックが発生すれば、部品供給が途絶するという重大なインパクトが常につきまとってきました。

いまや、BCPの観点から「特定国だけに依存するビジネスモデル」は時代遅れとなりつつあります。

経営現場でいま起きていること

現場のバイヤーや生産管理は、かつてならコスト・納期・品質の最適化に専念していれば高評価を受けました。

ところが近年は「想定外への備え」こそが経営の最優先テーマとなっています。

経営層からは、
– 「○○国情勢が悪化した場合、どう対応するのか?」
– 「その部品は他国からも入手可能か?」
– 「代替調達ルートを構築しているか?」
こうした問いかけが日常的に飛んできます。

調達現場も、単純な価格競争力・取引の便益だけでなく、地政学リスクを評価・回避する力を強く求められているのです。

多国間調達とは ― 事業継続の切り札

多国間調達の基本的な仕組みと実践形式

多国間調達とは、同じ部品・原材料を複数の国・地域から同時に、あるいは選択的に調達する手法です。

これにより、どこか1国が麻痺しても、他の国をバックアップとして機能させることができます。

多国間調達の主な型としては、
<Aパターン>分散発注型:最初から複数国に一定比率で分散発注
<Bパターン>バックアップ型:主ルートとサブルートに分け、停止時だけサブを稼働
<Cパターン>同時育成型:どの国のサプライヤーもすぐ切替できる体制を維持
が挙げられます。

どの型が最適かは、業界特性・部品の汎用性・品質要件・在庫の持てる余裕などによって変わります。

昭和的な「一本足打法」からの脱却

かつての日本の製造業は「良きパートナーとは長く一緒に」との信念で、同じサプライヤーとの長期安定取引を旨としてきました。

これは贈答や季節の挨拶、現地訪問など「昭和流バイヤー文化」とも直結しています。

もちろん信頼は大切ですが、今や「調達リスク分散こそ企業防衛の第一歩」という認識こそが不可欠です。

実際、2022年以降は「親密サプライヤーが中国国内のロックダウン被害で出荷停止」「ロシアの紛争で原材料が輸入不能」といった事例が大量発生しました。

いま昭和流の意識変革が求められています。

多国間調達の実現に必要なステップ

1. 取引先データベースの構築と見直し

まず重要なのは、現状で「主要な部品がどの国から調達されているか」の見える化です。

部品ごとにサプライヤー名・国名・シェア・リードタイム・評価実績をリストにまとめましょう。

同時に、候補となりうる新規国サプライヤーの情報も収集します。

とくに欧州・北米・ASEAN・インド・トルコなど、多国間調達で現実的な補完バランスを担える国を選定します。

2. サプライヤー評価の新指標(地政学リスク評価)導入

従来のQCD(Quality=品質、Cost=価格、Delivery=納期)に加えて「Country Risk Index(CRI)」つまり国ごとの地政学リスク点数を導入すべきです。

この指標は、政治安定度・貿易障壁・災害リスク・為替変動・労働市場の流動性などを掛け合わせ客観評価します。

近年は銀行や商社、シンクタンクが公開データを提供しているため、調達戦略に積極活用します。

3. 代替サプライヤー開拓 ― マルチロール訓練の実践

一度も取引経験のない国のサプライヤーに任せるのは、大きな不安がつきまといます。

そのため、まず少量・低リスク部品でテスト発注を始め、トラブル時の交換や納期遅延対応など実際の運用を現場と一体で検証しておきます。

また、図面や標準工程のやりとり、仕様の意思疎通には英語や各国語といった言語の壁も現れます。

実際に多国間調達を回すためには「テクニカルコミュニケーション力」や「ローカルルールへの適応力」を磨くべきでしょう。

現場目線で見る多国間調達 ― 成功と失敗のポイント

成功事例1:マレーシア・インドネシアを加えた基板調達の分散

大型家電の基板を中国一本依存から、マレーシア・インドネシアにも調達網を展開。

最初は品質安定や量産対応に苦労したものの、現地エンジニアとの技術交流を重ね、2年で全体調達量の約40%を複数国に分散できた実績があります。

2022年の中国ロックダウン時にも、他国サプライヤーへの迅速切替で一斉供給停止を回避できました。

成功事例2:欧州ルートの確保によるリチウム原材料の安定化

バッテリー原料の主要調達先を中国に強く依存していた自動車部品メーカーが、EUサプライヤーとの調達ルートを新規組成。

複数国(ポーランド、スペイン、ノルウェーなど)とのリスク分散交渉を重ね、価格上昇にもかかわらずサプライチェーン全体の安定を実現しました。

失敗事例:タイの洪水時にみる「実効性なきバックアップ」

タイの洪水リスクを懸念し、他国工場への転換計画を策定していたが、現地特有の生産技術や設備仕様の違いで、いざという時に生産移管ができず、大幅な納期遅延を発生。

紙のうえだけのBCPではなく、平時から実機検証や小ロット生産切替を繰り返す必要性を痛感する結果となりました。

バイヤー・サプライヤー双方の視点で考える多国間調達の心得

バイヤーに必要な視点

1. 「安さ」を最重視する単純指標から、「柔軟性と耐性」を軸にサプライヤーを評価する
2. 管理項目(リスク管理、サプライヤーとの密なコミュニケーション)に工数を惜しまない
3. 取引の多様化=企業価値向上という意識を全社で共有させる

サプライヤーに求めたいこと

サプライヤー側も「選ばれるためには多国展開やリスク対応提案が必須」であることを理解すべきです。

バイヤーの調達意図(なぜ多国間調達が必要なのか?地政学リスクとは何か?)を丁寧に説明し、互いの協力関係を強化する姿勢が大切です。

また、サプライヤー自身も自社調達のバックアップ体制を強化すれば、「調達される側」としての競争力向上にも直結します。

多国間調達の組成への現場的アプローチとDXの活用

デジタル化との連携 ― サプライチェーンDXの重要性

何十社、何百社と調達マップを広げると、人的な管理では限界が訪れます。

そこで、最新のサプライチェーンマネジメントシステム(SCMシステム)、リスクマッピングツール、AIを活用した異常検知や需給予測技術を積極導入しましょう。

これらITの力を借りることで、リアルタイムでの「国別リスク検知」や「自動バックアップ発注」「在庫の最適化」などが現実可能となります。

現場とDXの橋渡し ― 昭和的慣習を打破する意識づくり

・「昔ながらの電話・FAXだけ」が今なお主流の現場も多いですが、これではリスク変化に対応できません。
・現場・経営層が一体となり、デジタルツール導入の意義・メリットを理解し、従業員教育にも力を入れることが重要です。
・古い価値観から脱却し、「変化に強い現場力」を身につけるには、日々の地道な積み上げが不可欠です。

まとめ ― 製造業における多国間調達と新たな地平

多国間調達は、単なるリスク分散のテクニックにとどまりません。

それはグローバルで競争し続ける製造業企業の“生命線”であり、新たな時代のビジネス戦略そのものです。

バイヤーであれ、サプライヤーであれ、「一歩先の視点」で自社の調達体制と意識をブラッシュアップし続けましょう。

昭和的な「安定=一社依存」から「しなやかなレジリエンス」重視への転換こそが、事業継続と発展への最短ルートです。

変化の激しい時代を生き抜くため、多国間調達の組成と積極的なBCP推進を、あなたの現場から始めてみませんか。

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