投稿日:2025年8月23日

ばらつきに強い冗長設計で検査レベルを下げるトレランス戦略

はじめに

製造業の現場では、製品の品質を維持しつつコスト削減を図ることが永遠のテーマです。
とりわけ、品質検査の負荷を減らし、工程効率を上げることは多くの工場、バイヤー、サプライヤーが現場で苦心している課題といえます。
「ばらつきに強い冗長設計で検査レベルを下げるトレランス戦略」は、こうした現場目線の悩みに強力にアプローチできる考え方です。
本記事では、現場経験と理論を交えつつ、アナログな業界にも根強く浸透している検査地獄の実態、ばらつきの本質、冗長設計の手法、そして実践的なトレランス(公差)戦略のノウハウまで、分かりやすく丁寧に解説します。

製造現場に根付く「検査」の文化と課題

なぜ検査負荷が減らせないのか

日本の製造業は、「不良流出ゼロ」を目指すあまり検査に頼りすぎている傾向があります。
工場内では全数検査や過剰な抜き取り検査が日常化し、「試験に受かった部品だけが現場を通り抜ける」状態が続いています。
これは品質保証としては理にかなっているように見えますが、実際にはコスト増大、人手不足、現場の士気低下を招いています。

昭和時代の残像:人海戦術と精神論

多くの現場では、昭和の高度成長期から続く「現物を見ろ」「職人技で仕上げろ」という属人的な指導が根強く残っています。
デジタル化・自動化の波が押し寄せても、設計・調達・製造それぞれで公差に対する知見や、ばらつきを吸収する設計思想が十分に共有されていないため、「念のため検査」「余計な検査」が急増しやすい状況です。

「ばらつき」の正体とその本質

ばらつきは完全になくせるのか

あらゆる量産品には自然界・工業的な「ばらつき」が宿命として付きまといます。
寸法・表面粗さ・硬度・強度、これら全てでロットや個体ごとに微差が生じます。
完璧なコピー品を1個たりとも作れない以上、いわゆるばらつきゼロに近づける方向で工程管理と改善活動が行われています。
しかし、現実には「ばらつきを根絶できる」という考えは幻想であることを、現場が一番よく知っています。

バイヤー・サプライヤー間で認識のすれ違い

「サプライヤーは高い品質を守りきれ」とバイヤーが厳しいトレランスを要求し、サプライヤーはその要求に応えるために、より厳しい検査、高級な設備、時に過剰な手戻りを発生させます。
本当にそのトレランスが必要か、ばらつきをカバーする設計変更や組み立て方法による吸収策がないのか、対話が十分に行われていない企業も多いものです。

冗長設計とトレランス戦略とは何か

冗長設計の本質

冗長設計(リダンダントデザイン)とは、製品本来の機能・性能を損なわずに、個々の部品や工程に生じるばらつきを吸収・無力化できるよう、設計段階であらかじめ工夫を施しておく思想です。
「設計の余裕」とも言い換えられます。

たとえば、厚さのバラつきがある部品を「圧入+グリス充填」という組立方式にすれば、多少のばらつきは吸収できます。
また、ネジ穴の位置決めに溝状の長穴を用いることで、大きく公差を緩めつつ機能維持も可能となります。
こうした冗長設計を積み重ねることで、極端な寸法管理や高コストな検査設備への依存度を下げられます。

トレランス戦略のキモ

トレランス(=公差)は、「どこまでなら性能・信頼性を保証できるか」の範囲を明示した設計上のルールです。
トレランスを厳しく設定しすぎると、コスト・検査負担・歩留りの全てが一気に悪化します。
逆に、公差を広げるには「どこまで広げてもOKか」の実証や、工程能力とのマッチング、場合によってはエンドユーザー理解も必要です。

トレランス戦略のポイントは、「重要保安部」「信頼性に直結する箇所」には当然慎重なトレランス設定が必要ですが、性能への影響が少ない部分には原則として大胆な緩和・吸収設計を組み合わせることです。

ばらつきに強い冗長設計の実践ノウハウ

1. 機能分解で「本当に必要な精度」を見極める

現場でよく起こるのが、「先輩の設計図をそのまま引用」「過去のトレランスをそのまま踏襲」「バイヤーが鵜呑みにしたトレランス」を無批判に維持し続けているケースです。
まずは製品・部品単位で機能分解を行い、「この寸法はなぜ、その範囲でなければならないのか?」を都度疑う姿勢が不可欠です。
計算結果や実験値として裏付けが取れるものだけを厳格に管理し、それ以外の部分は冗長設計・吸収設計でばらつき対応できるかを検討しましょう。

2. 組立・現場現物でのマッチング

現場で試作品を組み立て、「最小実装公差」「最大締結トルク」「クリアランス確認」など、実機での当たり付きや動きの余裕を必ず確かめましょう。
ここを面倒がって省略したり、図面の上だけで公差を決めたりすると、後工程で不良が噴出します。
設計と現場、開発と調達、バイヤーとサプライヤーの壁を越えて、現物合わせ・現場合意による公差最適化こそが最短のトレランス戦略です。

3. プロセス能力指数(Cpk)で工程と公差をマッチング

製造現場では工程能力指数Cpkを使い、「この工程ならどのくらいのばらつきで生産できるか」を数値で把握できます。
その上で、「工程側のばらつき > 設計トレランス」なら設計緩和・吸収設計、「設計トレランス > 工程能力」なら新たな冶具や工程改善が必要です。
工程を理解し、設計・品質保証・現場がワンチームで公差設定を判断する文化を確立しましょう。

4. システム冗長化・ソフトウェア冗長の導入

機械部品のみならず、近年ではIoTや自動化システムでのばらつき吸収も重要なテーマです。
センサーの出力値がばらつく場合、ソフトウェア側で平均化・スムージングをかける。
機械の変位やすきまも、AIや判別ロジックによる「見守り制御」「未然検知」を活用することで、装置全体として安定性を確保できます。
ハード設計とソフトウェア造りの両面からの冗長設計が、DX時代の新たなトレランス戦略になります。

トレランス戦略で生まれる現場のメリット

品質改善とコスト競争力の両立

冗長設計によって検査負担や高価な部品調達が減ることで、工場全体のコストダウン、納期短縮、品質安定の好循環が生まれます。
サプライヤーも「検査地獄からの脱出」「工程改善に集中できる」など、モチベーション向上にも繋がります。

現場力・設計力の底上げ

作る側と設計する側が常に「なぜその精度か」「どこまで緩められるか」を議論することで、結果として両者の技術レベル、交渉力、プロジェクト管理力も底上げされていきます。

バイヤー・サプライヤー間の信頼関係の構築

ギリギリまで突き詰めて設定したトレランスには双方納得感があり、「納品不良」や「文句だけの品質指摘」も減ります。
バイヤーも、トータルでのコスト最適化・競争力強化が図れるのです。

これからの「ばらつき×冗長設計」—製造業の地平線を開拓しよう

ばらつきをゼロにすることを目指し過ぎるのではなく、現実のばらつきを受け入れ、想定し、うまく使う。そのために設計で余裕=冗長性を最大限活かし、工程側との対話で最適トレランスを突き詰める。

これこそが、本当の「現場力」だと私は考えます。
ラテラルシンキング(水平思考)に基づいた、「あえて許容する」「ゆるくても壊れない」設計思想は、もはや最新工場の特権ではありません。
昭和的なアナログ現場でも、目線を少しずらせば今日から取り入れられます。

バイヤーを目指す方も、サプライヤーの立場の方も、この「ばらつきに強い冗長設計で検査レベルを下げるトレランス戦略」を、ぜひ明日から自社の現場や設計会議で議題に取り入れてみてください。
きっと、全体最適化への新たな一歩が踏み出せるはずです。

まとめ

本記事では、製造業の現場で深く根付いている検査過多の実態、ばらつきの本質、冗長設計と公差戦略の考え方・実践ノウハウについて、現場目線で解説してきました。
検査のレベルを下げつつも、「壊れない、文句の出ない」現場を実現するには、設計と現場が一体となったトレランス戦略が必要不可欠です。

ぜひ、ばらつきの概念を再解釈し、「余裕のあるモノづくり」で、未来のものづくり現場に新しい価値を生み出してください。

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